ウィントスの前世
風に乗り上機嫌に今後の旅に思いを馳せる俺ニール・トレイサー改めてウィントス・ミヤビ。
何故俺が貴族の地位を捨て父親と決別しつ冒険者になったのか、それを知るには俺の事を話さないといけない。
俺には前世の記憶がある。
前世の俺は日本で暮らしていた風見雅人っていう人間だった。
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前世の俺は何処にでもいる平凡な家庭の人間だった。
でも俺がガキの頃両親が離婚した。その時は理由は分からなかった。でも親父に一方的に離婚を切り出され母さんに無理矢理離婚届を書かし母さんと俺は手切れ金を握らされて出ていくしかなかった。
母さんの両親、俺のじいちゃんばあちゃんに当たる人だな。既に死んじまってて頼れる人がいなかった母さんは俺を育てる為に働くしかなかった。結婚してから専業主婦しかさせて貰えなかった母さんは慣れない仕事にも必死に働くしかなかった。必死に働いてくれていた母さんの為にも俺は幼いながらも出来る事は自分からするようになった。
親子二人、ボロアパートでの暮らしだったけど俺は幸せだった。いつも優しく笑ってくれた母さんが好きだった。
だがそんな生活は突然変わることになる。
母さんが倒れた。
それは中学の時だ。母さんが職場で倒れて病院に運ばれた。
倒れた原因は過労だが、過労が原因で免疫が下がり難しい病気になったと聞かされ入院が必要だと聞かされた。
それを聞かされて俺は、中学卒業後働く事を決めた。
勿論、母さんはじめ中学の仲間達や先生達、みんなから猛反対された。
俺は中学ラグビーをしていたんだけどそれがきっかけでアメフトの強豪校から推薦貰っててみんなから期待されてたんだ。なによりもアメフト選手になる事は俺の夢だったんだ。
でも俺はそれを蹴って、夢を諦めて卒業後働く事を選んだ。母さんの入院費も稼がないといけないしゆくゆくは手術も必要だとも宣告されていたから少しでも費用は必要だった。
中学卒業後、俺は現場の建設作業員として働き始めた。幸いにも職場の人はみんないい人達で働き次第で正社員登用もあるとの事もあって頑張って働いた。慣れてきた頃には許可を貰ってコンビニでも働きダブルワークで趣味やプライベートを惜しんで昼夜問わず働くようになった。コンビニオーナーは俺の境遇に同情してくれ廃棄予定の食品を優先的に回してくれた。あの時はマジで飯事は助かった。食費も削ってたからありがたかった。
父親以外には俺は人に恵まれていた。ホント、みんなに感謝しかなかった。
そんな生活を続けていた俺が17歳の時、暮らしているアパートに一台の高級車が停まっていた。俺を確認したのか中からいかにもな身なりのお上品な女性が出て来て声を掛けられた。
聞くところいいとこのお嬢さん。言うなれば社長令嬢って奴だった。話しを聞くとなんとあのクソ親父と結婚するらしいとの事を聞かされたが俺になんの関係があると尋ねると目の前の社長令嬢は不妊体質とのことで子供を望むのは難しいらしくクソ親父から俺の事を聞いて俺を引き取りたいとの事だった。
なんでも離婚してから母さんが面会を拒否しているだの遊んで養育費を使い込んで俺は高校にも行けず働いているだのと聞かされているようでなんとしても俺を引き取りたいと話していた。
社長令嬢は実家の会社が教育に関する仕事に携わっているらしく俺みたいに理不尽な理由で学校にいけない人間を助けたいと聞いてもないのにペラペラ話してくれそれとなく馴れ初めも聞いてみたら喜んで教えてくれた。そして最後には結婚式を行うから是非来て欲しいと招待状を受け取り令嬢さんは帰っていった。
結婚式当日、俺はあるものと招待状を片手にいつものニッカポッカ姿で式場に現れた。勿論披露宴会場で悪目立ちしていたが俺は気にしない。異様な空気の中司会が馴れ初めを話した時俺は動いた。
俺は母さんの戸籍標本を取り出して会場の人間に説明した。
クソ親父は浮気をしていた事を。
馴れ初めを聞いた時令嬢さんが告白されて付き合いが始まったのは離婚の半年前だったのに気が付いた俺はこの日の為に証拠をかき集めた。
つまり離婚の本当の理由はクソ親父の浮気。それを白日の元に晒した。
勿論クソ親父はああだこうだ言っていたが浮気の慰謝料請求は浮気の事実を知ってから3年、そしてその権利失効は浮気をしてから20年。事前に弁護士の無料相談をして聞いていた俺に抜かりない、全然問題なかった。それに離婚理由も一方的かつ離婚届も母さんを脅して無理矢理書かせた事も有り悪質として相場以上の慰謝料を請求出来るのも。
取り敢えず式のご祝儀は俺の養育費の頭金として全額持って帰った。
後日俺と母さんの弁護士とクソ親父関係者での話し合いの結果示談が成立。慰謝料も残りの養育費も一括で貰え、特に令嬢の親からは口外しない事を条件に目ん玉が飛び出るくらいの慰謝料を払ってくれ相手は世間体もあり離婚しないがクソ親父は足りない分を令嬢の親に借金する代わりに平社員として令嬢の親の会社で一生コキ使われる事を告げられ時の呆然としてた面は爆笑ものだった。
そして全ての事実を知った令嬢さんからは泣いて謝られた。グズグズと被害者面して泣いていたのに腹がたったから言ってやった。
「自分のせいで未来ある子供の人生を滅茶苦茶に、夢を捨てさせた感想は如何ですか?」
言ったらめっちゃ泣いてた。クソ親父共々ざまあみろ。あんたには恨みはないがクソ親父に関わった時点で同罪だよ
そして俺は手に入れた合わせて8桁をゆうに超える養育費と慰謝料を全部母さんの病気に関わる費用に当てた。母さんは最初断っていたが
「俺がそうしたいんだ。今まで頑張ってくれてありがとう母さん。早く良くなってくれ」
そう押し切って最終的に首を縦に振ってくれた。幸いそれで俺の稼ぎの負担が減ってそれなりのアパートに暮らせるようになったし俺はそれで満足だ。
アメフト選手になるって夢は叶わなかった。でも俺は元気になった母さんと旅行に行きたい。それがその時の俺の夢だった。
それから10年、27歳の時に俺は現場での転落事故でこの世を去った。結局そのささやかな夢すら叶わくて死んじまったんだ。
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そのはずだったんだけど
「ニール?どうしたの?」
気が付いたら俺は外人になってた。
何を言ってるかわからないと思う、俺もわかんねぇもん。
ガラスに移った俺の姿は茶髪で緑色の目をした女みたいな子供で日本での見慣れたガタイの良い兄ちゃんの面影がカケラも無かった。母さんは薄い紫色の髪だったが緑色の目だったのを見てどうやら顔のパーツは母さん似なんだなと思ってたりしたが周りを見ても明らかに日本じゃないしで混乱したが
「どうしたのニール?お菓子食べたいの?お家帰ったらクッキー作ってあげるからね」
母さんの笑顔と握ってくれた手は安心した。そしてその後暮らしているうちに俺はここは日本がある世界ではないことが理解出来た。
「さあ、今日も美味しいの作らなきゃ、ファイア」
この世界は魔法があったからだ。こういうのはよくわからないがどうやら俺はファンタジーの世界に生まれ変わったみたいだった。言わば剣と魔法の世界ってやつだな。住んでたとこが田舎町でのどかな所だった。
そしてこの世界でも俺は母さんと二人暮らしだった。母さんは普段ハウスキーパーの仕事をしていて稼ぎはいいらしくそれなりに不自由していなかったし休みの日には沢山甘えさせてくれていた。俺はというと
冒険者に憧れた。
様々な遺跡やダンジョンを探検し旅をし未踏の地を冒険する。また子供に戻った俺は興奮したのを鮮明に覚えている。
ええな旅、観光地を巡るのもいいが未踏の地を探検なんて心踊るやん。Enjoy!ってな。興奮のまわり関西弁になった。住んだことないけど。大きくなったら冒険者になるなんてよく母さんに言ったもんだ。この世界で俺の夢は冒険者になっていろんな所を冒険することだった。
そうして冒険者になるべく身体を鍛え魔法の勉強をして胸を弾ませて暮らしていたんだ。でも
「母さん!しっかりしてくれ!」
俺が15の誕生日を迎える1週間前、母さんが流行り病にかかって倒れた。この世でもなんで俺が14の時に母さんが倒れるんだと自分を呪いたくなった。
だが前世と比べて状況は最悪だった。不幸にもこの町にいた唯一の医者もこの病にかかってしまい満足な手当が出来なかったんだ。小さな田舎町だったのが仇となり薬も足りなく医者もいなけりゃ魔法で病気を治せる治癒術士もいない。そんな中でも俺は必死に看病していた。でも母さんはどんどん悪化しているのが分かった。
「ニール…、ごめんね……」
「母さん、大丈夫だよね?」
「ごめんね、お母さん、お手紙書いたの、もし、お母さんに何かあったら、タンスのお手紙、呼んでね……」
その翌日、母さんは息を引き取った。
その流行り病で死んだ町人と合同で葬儀が執り行われて俺は正真正銘の天涯孤独の身となった。
俺は母さんが死んだ喪失感で3日位呆然としていた。食事も摂らずずっと呆然としていた。ご近所さんも様子を見に来てくれたけど大丈夫ですで何とかした。家を見回してももう母さんはいないそう思うだけで胸が締め付けられ沢山泣いた。そんな時に母さんの言葉を思い出した。
「タンスに、手紙…」
俺はタンスを漁り見つけた母さんの手紙を読んだ。
『ニールへ、これを読んでいるということはお母さんは助からなかったのですね。ごめんねニール。もっと貴方といたかったわ。こうして手紙で残したのは貴方の出生についてお話ししたかったからです。実は私は昔レーマン侯爵っていう貴族のお屋敷でメイドをしていたの、家政婦の仕事をしていたのもその為、ニールのお父様はリックス・レーマン。今のレーマン家の当主様。当時メイドとして仕えていた私はリックス様と恋に落ちて恋仲になったの、でもリックスのお義父様にそれが知られてお暇を出されてしまったの、その後貴方がお腹にいることが分かったわ。そしてリックス様が当主になられて私を探していると聞きました。でも、私はニールの夢を応援したい、冒険者になりたいって言って努力をしていつも嬉しそうに笑う貴方は私の宝物だからよ。でも、もしどうしようもなかったらお父様を頼りなさい。でもその時は冒険者を諦めないといけませんそれだけは覚悟をしなさい。お母さんはニールが冒険者になっていろんな所を冒険して夢を叶えて欲しいわ。だから立派な冒険者になって沢山お話し聞かせてね。 貴方の母エステル・トレイサーより』
「母さん…!」
俺は声を出して泣いた。母さんは自分の幸せより俺の幸せを願ってくれていた事に。
嬉しかった。前世でも今世でも母さんは俺を愛してくれて頑張ってくれていた。俺は母さんに報いたい。俺は決意する。
「なるよ母さん…!俺は冒険者になる…!」
その時だった。
(アナタ二、力ヲ)
「!?」
何だ今の声は、なんだか子供みたいな女性みたいな綺麗な声が聞こえたんだ。何が起きたか分からない。でもなんだか身体の感覚が変だ。
何だ何だと思って辺りを見渡すと消えた蝋燭が目に付いた。何を思ったか分からなかったが何だか魔法が使える気がしたんだ。俺は蝋燭を指差して
「ファイア」
母さんがやってたみたいにやってみると蝋燭にひとりでに火が灯った。
「何でだ…?何でこんな簡単に…?」
分からなかった。いくら魔法の勉強をしても俺は魔法を使えなかったからだ。でも今は何だか頭が冴えてるみたいに魔法の仕組みがパズルのようにカチカチとはまって組み上がるみたいに魔法の仕組みが分かるのだ。困惑していた俺だが何かに気が付いた俺は3日開けてなかった窓を開けたくなった
開いた窓から風が流れて来ると
(コンニチハ)
また声が聞こえたんだ。声の質は人間のものじゃないのは理解出来たが俺はまるで天国の母さんが応援してくれているように感じた。
「ありがとう母さん!俺は絶対冒険者に成る!母さんが自慢出来る冒険者に成るから天国から見ていてくれ!」
それからすっかり立ち直った俺は魔法の訓練に没頭した。訓練をしていくうちにどうやら俺は風に関する魔法との相性が良かったのが分かり特に風が吹くのがわかるようになっていた。特に俺に有益になるような風は声が聞こえてくるんだ。さっきみたいにな
15歳を迎えた俺は旅に出る準備を進めた。母さんの手紙が本当なら近いうちにレーマン侯爵の関係者が接触するだろう。それはそれで父親らしいレーマン侯爵には一度顔見ときたいからいいがそれまでに家を売るなり母さんの形見の家具は処分したり準備をしなきゃな
それで母さんの遺品をお焚き上げしてたら声を掛けられた。振り向くとそこにいたのはこの町で見たことない女騎士だった。
「貴方がニール殿ですか?」
「はい、貴女は」
「私はフレイ・クラウドと申します。マンハイム王国レーマン侯爵殿の騎士です」
とうとう来たか。丁度いいや、準備出来たし
「もう少し待って貰っても宜しいですか?もう少しで火は終わりますから」
そうしていると焚き火は燃え尽き一陣の風が吹き灰を巻き上げていった。
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と、まあその後はご存知の通りクソ親父にキッパリ別れを告げて屋敷を脱出したって事だ。
本当に良い空だ。今日から旅が始まるなんて胸がワクワクドキドキ略してワクドキって奴だな。楽しみだぜ!
どうか素敵な出会いがありますように