プロローグ 後編
「寝言は寝て言えクソ親父!!」
突如放たれたニールの怒声に騒然となる執務室。予想だにしない状況にレーマン侯爵は勿論フレイや周りの使用人達も唖然に取られていた。
そして当のニールは軽蔑の眼差しをレーマン侯爵に向けながら腕を組み
「あんたの御託はどうでもいいんだ。要件言ってくんね?」
15歳の少年とは思えないくらいの低い声でレーマン侯爵に問い掛ける。その様を見た副団長のガラッゾが声を張り上げた。
「おい!貴様いい加減にしろ!貴様誰に口を「あ?俺はこのおっさんの息子なんだろ?このおっさん的に言わせればこれは親子の会話だ。なら問題はないだろ」なっ…!」
ガラッゾの怒声に怯む事なく顔も見ず淡々と反論するニールに思わず怯んでしまうガラッゾ。しかしガラッゾは焦点となる事を口にした。
「だ、だが!貴様がまだお館様の息子と決まった訳では…!」
「母さんの遺書に俺の出生の事が書いてあった。俺は間違いなくこのおっさんリックス・レーマン侯爵様の子供なんだと」
「っ…!」
この言葉に衝撃を受ける一同。ニールから告げられた事実にガラッゾでさえ言葉を失い沈黙する。静まり返る中話しが進まないと思いニールが口を開く
「レーマン侯爵、あんたが4年前から母さんを探していたのは母さんは知っていたよ。でも母さんは名乗り出なかった。なぜだか分かるかい?」
「エステルが…?何故だ…?」
「母さんは俺の夢を応援してくれたからだ。冒険者になるっていう俺の夢をな」
「えっ…」
「貴族?跡継ぎ?やだよそんなの俺は冒険者になるから。今日来たのも最初で最後になる俺の父親っていうあんたの顔を見に来ただけだ」
「どういう事ですか?」
ニール達の会話にフレイが割って入って来た。色々言いたいのかその表情は硬く怒りを孕んでおりニールを睨みつけていたがニールを体勢そのまま顔だけ振り向き
「そのまんまさ、俺は俺と母さんを捨てた男に今生の別れの挨拶をしに来たんだからな」
「な、なんですって…!」
「ま、待ってくれニール!私は君とエステルを捨てた訳では…!」
捨てたという単語が出たことで思わず声を上げるレーマン侯爵。その後も言い訳を並べようとしたがニールが遮る。
「じゃあ尋ねる。どうして母さんが追い出された時にあんたは追いかけなかった?現に16年前に抱いた女を今の今まで探してたんだ。本当に母さんを愛し大切にしていてならかなぐり捨てて追いかけたはずだよな」
「そ、それは…」
ニールの問に言葉を詰まらすレーマン侯爵。そのレーマン侯爵にニールは戯けた笑みを溢して答えを提示した。
「答えは簡単さレーマン侯爵。あんたは『母さん』と『地位』を天秤に掛けて地位を取ったんだ」
「ち、ちが「違うなんて否定はさせない、現にそうしたから今こうなっているんだろう」うっ…」
「確かにあんたは侯爵家の人間だ。前当主の判断は正しいだろう。今あんたが当主をやってるのを見るになんにも間違っちゃあいない間違っちゃあいないんだ」
そう言った瞬間ニールから戯けたような表情が消える。
「だが、それは結果だ。そしてそれはもう一つの結果を産んだ」
「もう一つの、結果…?」
「ああ、あんたが俺と母さんを捨てたって結果をな」
表情が消えていたニールの表情は怒りで満ちたように威圧的なものになっていた。その表情でレーマン侯爵に詰め寄るとレーマン侯爵は今にも倒れてしまいそうな顔を浮かべ思わず後退ってしまう。そして
「言い訳ばっかのあんたにもう一度言ってやる」
「お前は!俺と母さんを捨てたんだよ!!!」
屋敷中に響くような怒声に皆が15歳の少年に圧倒されてしまう。そしてレーマン侯爵は
「あ、あぁ…」
「お、お館様ぁ!?」
愛した女性との間に出来た形見とも言える息子に拒絶の意を表された事にショックを受け気を失ってしまう。レーマン侯爵に駆け寄るフレイ達や使用人達を尻目に
「ったく、気絶しやがった。本当は今までの養育費を請求したかったんだけどこれじゃ無理だな。まっいっか家売った金があるから旅費には困らないし」
全く悪気がないように一人ごちるニール。その言葉に反応したフレイと目が合うと
「あっ、そのおっさんに伝えておいて、母さんの遺品は全部燃やして処分したからって」
「な…」
「お姉さん達が来た時に俺焚き火してたろ?あれ母さんの遺品お焚き上げって言って燃やして処分してたんだよ。売っても良かったんだけどそのおっさんが買い集めそうだったからさ」
「な、なんて事を…」
「これで母さんに関わる物は残ってない。思い出として俺が持ってればいいからな」
じゃあと言ってくるりと回れ右をして出て行こうとするニール。思わずフレイが声を張り上げて
「待ちなさい!」
ニールを静止させようとする。だが
「待てと言って待つ奴いるかよ」
その言葉を皮切りにニールはあっと言う間に走って執務室を出て行った。
「待ちなさい!何をしているんですか、速くニール殿を追い掛けなさい!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「逃っげろー、脱走だー」
いやー、言いたい事言ってスッキリ爽快。あの父親には悪いけどホントの事言わせてもらった。
悪いね、俺前にも父親に捨てられてんのさ
こうなる事考えて必要最低限の装備で来て良かったぜ。でもここからどうする?行き当たりバッタリだなとメイドさん達を躱し走りながら思ってたら
(コッチダヨ)
おっ聞こえた。俺は声を頼りにドリフトするように滑り階段を駆け上がる。
「待ちなさい!」
ゲッ、あの姉ちゃん追い掛けて来やがった。しかも鎧着けてんのに速いねあんた。でもあの距離じゃ俺には追いつけない。俺は階段を駆け上がると
(マッスグ)
オッケイ真っ直ぐな。長い直線を突っ走りどん突きの部屋が開かれたと同時にトップスピードで滑り込むと目の前にバルコニーが映った。
(トンデ!)
任せとけ!俺は一切の躊躇もなくトップスピードを維持しバルコニーの手すりに足を掛け力を込める
「イッツァヘイルメリー!勝負だ!!」
渾身の力を込めて蹴り出した俺は宙を舞う。屋敷の人間が呆気に取られた瞬間…!
ビヨォーーーーーー!!!
「うわっ!」
「きゃあ!」
突如荒れ狂うように吹いた突風に煽られて俺は宙高く飛ぶように風に乗る。風に吹かれて足を止めてしまったあの姉ちゃん達を見下ろす形になったのを確認した俺は
「サヨナラバイバイアディオス!」
姉ちゃん達に別れを告げて突風に吹かれて屋敷を後にした。もう追ってくんなよ!
突風に乗った事であっと言う間に屋敷を離れる事に成功だ。尚も風に吹かれままの俺は宙を舞い空を見る。
「んん〜良い空だ。良い日旅立ちグリーンライトってね」
本当に、旅立つには良い天気だ。
吸い込まれるような青い空。
スッキリした心。
母さんの代わりに俺の旅立ちを祝ってくれるように吹く風。
最高だ。そして
「えっと『風』はウ、ウィンド、ウィン、ヴァン、ウィントス、ウィントス!あとは『雅』はみやびとも読むから、よし決めた!」
今後の事考えたらニール・トレイサーって名乗れ無いからな。新しい名前が必要だ。髪も染めるしどうせなら前世の名前から取って
「今日から俺は、ウィントス・ミヤビだ」
俺、ウィントス・ミヤビの旅の始まりだ。