パトロン
【side シュウ】
「ふあぁ……」
あくびをこらえることもなく吐き出す。
これは頭に空気がちゃんと回っていないことが原因で起こると聞いたことがある。
しかし眠いな……一応ちゃんと寝てはいるんだけれど。
睡眠を削って研究する研究者がいるが、そいつらはみなすべてバカだ。
寝なければいけない人間がその時間を削れば、仕事のパフォーマンスは落ちる。
自分の頭が優秀だとわかっている人ほど、むしろ人一倍睡眠時間を確保するものだ。
「早く終わんないかなぁ……これならまだ、みんなの装備を整えてる方が楽だったよ」
目の前の光景に目をやる。
人間では持てないような重量であっても、ゴーレムにとっては大した負担にもならない。
僕が生み出した出来損ないのミスリルゴーレムは、今日も今日とて資材運びに精を出していた。
僕――シュウが言いつけられたことは、侯爵の力になるように防衛設備を整えること。
具体的には要塞の補修と、要塞周りの防衛施設の更新、衛生面での問題解決だ。
要塞の補修は簡単だ。
ゴーレムに重たい物を運ばせて、レンガや石で壁を作る。
あとは僕がそれ自体に『頑健』をかけてあげれば、それで終わり。
鉄壁よりも安上がりで、硬度はそれよりはるかに高い城壁のできあがりだ。
そして防御施設の更新は、要塞周りで細々と続けてもらっている。
魔物は単純な奴らがほとんどなので、罠に面白いくらいにはまってくれる。
バルクスでは罠やセリアの悪魔にアンデッドを使って、可能な限り数を減らしてから防戦にあたっていた。
ここではアンデッドも悪魔も使えないが、罠くらいは張っておこうというわけだ。
杭に堀、落とし穴に逆茂木に薔薇。
まず外周に魔法を使わない罠を置き、次に魔道具による本格的なトラップを置く。
僕は本職の罠師ではないので、できる罠も即死級とはいかない。
けれど中級魔法が飛び出る仕掛け筒くらいなら作れるので、既にいくつかを設置してもらっている。
ただ僕は魔道具を作る以外の作業が基本的に好きではない。
なので己の仕事量を減らすために、遺憾ながらミスリルを惜しみなく使った。
あとで侯爵が補填してくれるらしいが、それが返ってくるまで僕のマジックレアメタルを使う研究は止まってしまう。
大体、このゴーレムたちだってまったく好みではない。
僕は魔道具造りとは、芸術作品を生み出すことだと思っている。
神は細部に宿るという言葉がある。
これは正しく魔道具にも当てはまる。
魔力回路を如何にして構築するか。
構築した回路に対して、如何に効率的なルートや流れを作り上げるか。
集積させることや拡散させることで、効果を上げたり。
どのような魔力触媒を使えば魔力の動きがどう変わるか。
そういった細かい作業の繰り返しによって、最高の魔道具というものは生み出される。
僕は自分が作る魔道具は、全て芸術的であってほしいと思っている。
だからこそ、今目の前で動いているミスリルのゴーレムは落第点だ。
こいつは元々あったゴーレムの核を使い、溶かしたミスリルを土に流し込んで固めて作った、ミスリルゴーレムのパチモノみたいなものだ。
ゴーレムを作るなら素材は均一にしたいし、そもそも普通のゴーレムの修復した核など使いたくはない。
自然界にいるゴーレムの核には無駄が多い。
自作した核を使った方が、ずっと良い物ができる。
けれど悲しいかな、魔道具職人の希望というのは、常に顧客によって潰される運命にある。
何よりも速度をということで、僕は数分で作った出来の悪い木偶人形たちを、魔道具職人シュウの作品として売り出さなければいけないのだ。
パトロンの言うことには逆らえないという点も、芸術家に似ているかもしれないね。
彼らが描く貴族の肖像画は、必ず美男美女になる。
世の中、そういうものなのだ。
「サクラさん、これを」
「ありがとう、渡してくる」
今やっている防衛用の魔道具は、何かを考えながらの並列作業でも作れるようなものばかり。
僕は新たに作った『ファイアアロー』を射出する筒をサクラさんに手渡す。
彼女は嬉しそうな顔をして、職人たちのいる方へと駆けていった。
当たり前だが、罠の設置の作業は外周から行っている。
今頃木工ギルドなんかは大忙しだろう。
焼き固めた杭を、ノイローゼになるほど作り続けているはずだ。
「ふあぁ……」
またあくびが出る。
もしかすると眠いだけではなくて、退屈なことも原因なのかもしれない。
そう、この作業は退屈だ。
まるで隊長がいなくなった後のバルクスのように。
新しく赴任してきた『七師』は、火力が高すぎるせいでほとんど素材を残さなかった。
そして余っている素材を全て自分とその部下たちの懐に入れるものだから、僕たちはまともに仕事をしなくなった。
そしたら後方勤務になって……そして今に至る。
アルノード様のことは、尊敬している。
彼が出す論文は独創的だし、必要なものであれば際限なく投資をしてくれる。
それに空いている時間であれば、何をしても許されるからね。
隊長自身がやっているものも、僕への指令も少しばかり俗っぽいのが玉に瑕だが……それはあの人の生得的なものだろう。
誰にも必要のない形而上学ではなく、あくまでも実践的で、実際に使えるような研究を。 隊長の考え方は、常に徹底している。
僕に潤沢な予算と、普通なら手に入らない素材をあれだけ融通してくれるパトロンは、他にいないだろう。
――そうか、隊長は僕のパトロンなのか。
さっきした芸術家の例えがピタリとはまり、会心する。
(それならさっさと、この魔道具を作り上げなくちゃね。これさえ作れれば、僕はもっと引きこもっていても許されるはず)
そんな風に考えながら、僕は以前からずっと作り続け、既に人生が十回は終わるほどの金を注ぎ込んでも未だ完成の目処の立たない、とある魔道具と向かい合う。
『収納袋』から、小指サイズの精密腕を取り出し、目を細めながらガリガリとミスリルを削っていく。
僕は元来あまり器用な方ではないので、繊細な魔道具造りには精密腕が必要不可欠だ。
この精密腕は用途別に作られた、言わば僕だけが使える第三の手。
貴重なオリハルコンを惜しみなく使うことで魔力伝導率は僕の腕よりもはるかに高く、今では魔道具作りには欠かせない相棒となっている。
大きい精密腕を使えば、本来の僕が使えるよりはるかに大規模な魔法の行使が可能になる。
ゴーレムを生み出すために土とミスリルに干渉し形を変え大雑把な魔力回路を組めたのも、この腕のおかげだ。
そして小さい精密腕は、マイクロメートル単位での精密操作が可能だ。
本来の人間の腕では不可能な微細な調節を利かせることができる。
これを作ってくれた隊長には、本当に頭が上がらない。
僕が一廉の魔道具職人になれたのは、隊長のおかげだ。
そして今から造る魔道具には、この最小の精密腕によるコントロールが必要不可欠だった。
ほんのわずかでも削りすぎれば、劇的に効果が落ちてしまう。
そして少しでも予定より厚ければ、魔力の通りが五割は変わってくる。
加減は人力では不可能で、魔道具による補助が必須だ。
だがその分、見込まれる効果は劇的。
この『通信』の魔道具さえできれば、世界は変わる。
僕の名前もきっと、歴史に残るはずだ――。
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