狩り
【side マリアベル】
テンタクルワームは真ん中から少し右、胴体と触手の付け根のあたりに魔石がある。
虫系の魔物は魔石さえ傷つけられれば動きが鈍り、ただの雑魚になる。
コンドラサーペントの弱点は、尻尾。
尻尾の先端にある毒針周辺の筋肉には、たくさんの神経が通っている。
だから毒針を打たせてから、そこにピンポイントに突きを差し込む。
後は痛みから意識を飛ばしかけているところに近づき、そっ首を落としてしまえばいい。
ブルーオーガは自然に気力を使いこなす。
身体能力自体は、私と同じくらい。
けれど使っている得物は、どこかから取ってきた大剣。
動きは速くとも、小回りは利かない。
人型魔物の弱点は、基本的には人間と変わらない。
だから足を傷つけるだけで動きは鈍り、内臓のどこかを痛めつけるだけで呻き声を上げるし、原始的な砂の目潰しだって効く。
隙を作れば、バカみたいに突撃してきた。
そこにカウンターを合わせ、脇腹を切る。
そして返す刀で、背中に切り上げた。
皮がぱっくりと開き、大量の血が噴き出す。
倒れたブルーオーガの後頭部に、すかさずトドメを刺す。
私にとって、戦いとは狩りと同じだ。
どこに一撃を入れるのが効率がいいのか。
どこならば攻撃をしても効果が薄いのか。
相手の弱点、されたら嫌なこと……そういった諸々を、今まで戦ってきた全ての経験を全て投じて導き出す。
戦いが始まれば、すぐに答えは出る。
というか戦い自体が、いくつもの答え合わせの連続でできている。
だから私は誤答をしないように、導き出した答えに従って動き続ける。
それを続けることが一番効率よく敵を仕留められる。
この考え方を、私は父から学んだ。
私――マリアベルは、属州ユシタはハルケケ族と呼ばれる部族の出身だ。
代々名馬の産出地として有名だった私たちユシタは、かつては気力を乗せた矢を放ち、鎧ごと敵兵を貫通させることができる強弓としてその名を馳せていた。
そして一部の優れた戦士たちは馬に己の気力を与える賦活と呼ばれる特殊技術を使うことができ、消耗を気にしなければ信じられないような速度で馬を進めることができた。
未だ魔法技術が発展する前は、この二つを使い相当にブイブイ言わせていたらしい。
けれど先進的な魔法技術を持ついくつもの王国が出現し、最後にデザント王国がその全てを統一したことで、気力優位の時代は終わりを告げた。
部族連合だったユシタはあっさりと飲み込まれ、属州になった。
父や祖父は、いつもそのことを悔いていた。
自分たちがもっと強ければ、デザントに負けず、未だハルケケの民として自由に草原を闊歩することができていたと。
だからお前はもっと強くなれと、彼らは私に気力の扱い方を教えてくれた。
そしてより戦闘経験を積みなさいと、私がデザントの属州兵になるための段取りまで整えてくれた。
周囲にいる大人たちも、多かれ少なかれ父たちと似たような考え方だった。
ユシタに集う部族がより強力な戦士を産出することができれば、いつかデザントに反旗を翻すことも可能だと、酒の席で聞いた回数は両手の指では数え切れない。
私は家族のことが大好きだし、一族の皆も大好きだ。
けれどその思考は――今では本当にバカなことだと思っている。
彼らは何もわかっていないのだ。
戦いとは狩りだと言う父は、一流の狩人だ。
しかし父さんは、狩人でしかない。
草原でしか生きてこなかった父は、広い世界を見れば、もっと大きな規模の戦いがあるということを知らない。
この世界の全てが戦いであるということに、気付いてすらいないのだと思う。
けれどハルケケを飛び出した私は、彼らより少しだけ大きな規模で物事を考えることができるようになった。
ユシタがデザントに下された一番の理由は、強者の不足ではない。
多くが死んだとは言え、併合される前のユシタには誇張抜きで一騎当千の猛者がゴロゴロ転がっていた。
けれど彼らは、実にあっけなく負けた。
今では私はその原因が、理解できている。
それを間接的に教えてくれたのは――他でもない『七師』のアルノード様だ。
気力を身につけるには、最低でも数年の期間がかかる。
そして一流の武人になれるほど気力操作に熟達するのには更に数年が。
賦活を覚えるのにだって、一年近い時間がかかる。
一人前の戦士を生み出すには、最低でも五年はかけなければならない。
対し、魔力に関してはどうか。
魔力もまた、身につけるには時間がかかる。
更に言えばこちらは気力以上に才能がものをいう世界なので、一流の魔法使いの絶対数は一流の気力使いよりはるかに少ない。
しかし彼らには――気力使いにはできない、あることができる。
それこそが……魔道具造り。
自分たちの持つ才能を、道具という誰でも使える物に変えて、他者へ貸し出すことのできる技術。
魔道具という形で、他人にも己の魔法を貸し与えることのできる優位性は絶対のものがある。
アルノード様が作った『ドラゴンメイル』を着ければ、弓の構え方も知らない人間であっても、父や祖父の一撃に耐えることができる。
アルノード様がいくつもの効果を付与した砦を、ユシタのどの部族も破ることはできない。
たとえそれを守るのが、新兵ばかりだったとしてもだ。
どんな兵にも、一騎当千の武人と戦えるだけの強さを与えることができる。
私は魔法技術のもっとも恐ろしい点は、その一点だと考えている。
更に言えば、魔道具を使う人間が戦いをこなし気力を身につけていけば……その戦闘能力は際限なく上昇していく。
それを体現した部隊こそ、私たち第三十五辺境大隊だ。
『七師』が己の魔法技術や稀少な素材を惜しみなく使い生み出した、強力な気力使いたちによる軍団。
こんなものがうちら以外にも大量に作られたのなら、恐らくデザントは世界を征服することだってできるだろう。
だが、そうなることはない。
デザントだととにかく攻撃魔法の威力が重視され、広域殲滅魔法が使えるかどうかが一流か否かの分水嶺だという考え方が主流だからだ。
私はまったくそうとは思わない。
私は、この世界でアルノード様が最強の魔導師だと思っている。
デザントで、魔法の才能が広域殲滅魔法を使えるレベルまで高い人間は極めて少ない。
『七師』たちはみなその基準を超えているが、私見を述べさせてもらえば彼らはみな異常なまでにプライドが高い。
彼らが味方に魔道具を作ってあげたなどという話を、私は聞いたことがない。
『七師』の人間は王の命令を拒否することなんか日常茶飯事だし、命令違反をすることもざら。
王命で『七師』同士が争うことになった事例は、一度や二度ではない。
停戦命令を無視して広域殲滅魔法を発動させ、味方ごと数万人の兵士を殺戮したウルスムスのような頭のネジがぶっ飛んだ奴もいる。
そんな中で私たち二等臣民にもその力を惜しげなく使ってくれるアルノード様は、正しく異端だった。
そして異分子としてデザントでは浮いてしまい、国を追い出されることになった。
アルノード様の存在を、どう表現すればいいのか。
憧れ、畏怖、憧憬、尊敬……簡単に言い表すのは難しい。
けれど私は今、国を出てまったく後悔はしていない。
そしてこれからもきっと……己の選択を悔やむことは、ないと思う。
「へっへっ、倒した魔物の数は私の方が多いね!」
「量より質。エンヴィーは何もわかってない」
「何よ、それなら決闘して決着つける!?」
「ちょっと二人とも、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
第三十五辺境大隊……いや、『辺境サンゴ』に来て変わったことがもう一つある。
それが、競い合えるライバルの存在。
地元では、同年代で私と対等に戦えるような人はいなかった。
けれどエンヴィーも、エルルも、模擬戦をすれば勝率は五分に近い。
元百人隊長の彼女たちとは、実力は伯仲している……ブチ切れた時のエルルには、さすがに勝てないけど。
「奥の方に強いのいるね、結構エグくない?」
「みんなそれがわかってるから、一度集まったんじゃない」
「大丈夫、三人なら……倒せる」
「倒すって決まったわけじゃないよ」
私たちはグッと顔を上げ、同じ方向を見つめる。
気力察知が、そちらにいる魔物の強さを教えてくれる。
純粋な気力の量なら、ここにいる三人よりはるかに高い。
けれど私含め、みなの顔に不安はない。
戦いは魔力の多寡でも、気力の多寡でも決まらない。
私たちはそれをバルクスで肌で感じ、経験してきた。
「行こっ」
「うん」
「早く終わらせて、隊長の所へ――」
私たちはまだ見ぬ強敵へ向け、歩き始める――。
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