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 俺のことをアルノード卿と呼ぶ貴族は、多分片手で数えられるほどしかいない。

 そもそもアルノードって名前と俺の顔を結び付けられる人自体、かなり少ないからな。


 宮廷魔導師として働き出してからは、ずっとバルクスにこもりっきりだった。

 毎日働き詰めだったから、他の貴族と交流する暇なんかなかったのだ。


「お久しぶりです、私ベルナデ・フォン・バスターシールドでございます」

「ああ……久しいな、ベルナデ卿」


 振り返った俺の前に居たのは、小太りのおっさんだった。

 フォンが付いてるから貴族なのはわかるんだが……俺のことを知ってるってことは、デザントの貴族だよな?

 アルスノヴァ侯爵ですら、俺の顔は知らなかったらしいし。


 とりあえず話を合わせてみたが……どうしよう、まったく覚えていないぞ。


「アルノード卿もご機嫌麗しゅう、お会いできて光栄です」

「は、はぁ……ありがとうございます」


 にこにこ笑ってはいるが、目の奥は笑っていない。

 デザントでよく見てきた、食えないタイプの貴族だ。


 後ろを見ると、ベルナデが乗ってきたであろう馬車には、貴族がこれみよがしに付けることの多い紋章が押されていない。

 よく見れば車輪なんか完全に木製だし、結構ボロいな。


 貴族がボロ馬車に乗るってことは俺みたいにまったく見栄を気にしないか……あるいは人にバレたくないような何かをしている時だ。

 ……なんにしても、あんまり愉快な話にはならなそうだ。

 とりあえず、気は許さない方がいいだろうな。


「実はアルスノヴァ侯爵の嫡子であるオウカ殿と面会した際、アルノード卿のことを聞いたのですが、上手くはぐらかされてしまいまして。もうここにはいないのかと思い絶望していたところ、街を出ていこうとするアルノード卿を見つけたので、急ぎ声をかけさせていただきました」


 ……なるほど、こいつは俺を探して色々嗅ぎ回ってたってことだな。

 にしてもそうか、昨日オウカが妙に元気がなかったのは……こいつにつきまとわれてたせいか。

 折角久しぶりに話せる機会だったのに、それを潰されたのはちょっとムカつくな。


 だがそもそもこいつは、どうして俺のことを探してたんだろうか。

 ……少し考えてみよう。


 まず俺をデザントに連れ戻しにきた――うん、最初に出たけど、これが正解な気がするな。


 俺を国外追放にした紋章官は、第二王子ガラリオの紐付きだった。

 そしてそれを止めなかった俺の上司であるバルクスの師団長や将軍たちも基本的にガラリオ派で固められていた。


 そのせいで放り出された俺を……第一王子バルドあたりが拾いに来たってところか?

 俺の戦闘能力は『七師』の中では大して高くはないが、腐っても『七師』だったわけだし、バルクスを長年守ってきた功績もある。


 大隊の面子が徐々に抜けてるのにも、そろそろ気付かれてるだろうしな。

 まぁなんなら、現在進行系でライライがまるごと引き抜きに向かってるわけだが。

 もし大隊が全部抜けたら、その穴を埋めるのは結構キツいだろう。


 言っちゃあアレだが、デザントの魔導師は攻撃偏重過ぎる。

 『七師』は広域殲滅はできても領土の防衛なんかは苦手なのが多いから、今になってキツいことに気付いたってところか。


「俺のことをお探しになっているのは、バルド王太子殿下でしょうか?」

「話が早くて助かりますね。いえ、ガラリオ殿下にございます」

「……なるほど」

「ガラリオ殿下はアルノード卿を国外追放にしてしまったことを、心から悔いております! 先の発言を撤回し、アルノード卿にはもう一度デザントの『七師』として――」


 太っちょの朗々とした、芝居じみた言葉は聞き流しながら全力で頭を回す。

 バルドじゃなく、俺を追放した張本人であるガラリオ派の人間が?


 ……この動き方は、多分本人と考えていいだろうな。

 あまりにも短絡的で、俺のことを考えてなさすぎる。


 もし俺を本気で動かす気なら、プルエラ様の名前でも使えばいい。

 あの奸智に長けた国王なら、それくらいのことは平気でやってくるはずだ。


 ……だがだとすればガラリオは、いったいなんのために?


 言っちゃああれだが、選民意識が高いガラリオは俺や大隊のみんなのことを嫌っていた。

 それが急にこの変わりよう……デザントで何かがあったと考えるべきか。


 政情の変化だろうか。

 俺以外の『七師』に問題でもあったのか?


 わからないな……情報が歯抜けすぎて判断がつかん。

 ただ情勢はわからなくとも、俺が何をすればいいかくらいはわかる。


「ですのでアルノード卿、もう一度デザントの宮廷魔導師として――」

「お断りさせていただく」


 俺は……もうデザントに戻る気はない。

 あんだけ扱き使ってきておいて、いなくなって困ったから戻ってこいというのはいくらなんでも都合が良すぎる。


 それにキツい状況でも俺を信じ、そして何の確約もないのに俺についてきたエンヴィーたちを裏切るようなことはできない。


 もし俺の待遇が良くなったとしても、デザントにいる限り彼女たちは二等臣民のままだ。

 出世の道も絶たれ、危険な仕事を続けても怪我をした時の保証すらない……そんな生活に、戻らせたくはない。





 更に言えば……リンブルに来てから得たものだってたくさんある。


 のどかで田舎っぽいけど、基本的に気のいい人の多いリンブルのお国柄。


 オウカの救出から始まったサクラとの出会い、侯爵との顔繋ぎや援助の申し出。

 彼女たちは、俺たちのことを必要としてくれ、そのために手間を惜しまないでいてくれる。


 そのおかげか、『辺境サンゴ』のみんなも前よりずっと活き活きとした顔をするようになった。


 戦いが何より好きとはいえ、人は魔物と戦うだけでは生きてはいけない。

 その生きていく上で必要な『何か』が、きっと今の生活にあるのだ。


 俺たちが相対することになる危険は、デザントに居た頃と変わらない。

 けど、それ以外の全てが違うのだ。


 俺たちはもう、いいように扱われるだけの駒じゃない。

 自分たちの手で幸せを掴める、冒険者になったんだ。


「こ、後悔することになるぞ! リンブルなぞに肩入れしても意味はない! どうせここは遅かれ早かれ、デザントに飲み込まれることになる! アルノード卿はそんな勘定ができぬほどのバカではないはずだろう!?」


 ベルナデは逆上しながら、早口でまくし立ててくる。

 おいおい、リンブルに来ている貴族であるお前がそれを言うのか。

 ……そんなことは言われずとも分かっているとも。


 リンブルより進んだ魔法技術、才ある人間を引き上げることのできる教育システム、俺個人で戦っても勝てない最強の宮廷魔導師である『七師』。

 デザントにはいくつもの手札があり、国は富んでいる。

 たしかにリンブルは現状、デザントのご機嫌伺いをしなくてはならない状態だ。


 だがそれは俺が……俺たちが、リンブルで幸せに暮らすことを諦める理由にはならないんだよ!


「全てわかった上で、それでも俺はここに残る。俺も可能な限り、抗ってみるさ。ガラリオ殿下には申し訳ないと伝えておいてくれ」

「――あなたがここまで考えなしだとは思っていなかった! 失礼させていただくっ!」


 肩を怒らせながら、ベルナデは馬車へと戻っていいった。


 彼が去ってからしばらくすると、少し離れて様子を見守っていたみんなが近付いてくる。

 その中には、浮かない顔をしたサクラの姿もある。

 恐らく、ベルナデとの会話の内容が気になっているんだろう。


 そんなに心配しなくても大丈夫さ。

 俺の腹はもう、決まっているから。

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