違和感
無事に話し合いを終えることができて、まずは一安心だ。
明日からまた気持ちを切り替えるためにも、今日泊まる宿を急いで探さなくちゃいけない。
みなを引き連れて出ていこうとした俺を、焦った様子で駆けてきた執事さんが引き止めてくれた。
なんと豪気なことに、侯爵は俺たち全員に屋敷の部屋を宛がってくれるらしい。
太っ腹だよな、平民を家に入れるなんて普通の貴族はプライドが邪魔してできないぞ。
とりあえず部屋で各自休憩を取ってから、再度集合しダイニングルームへと向かう。
侯爵がお抱えのコックを使って会食を開いてくれるというので、それに参加させてもらうのだ。
「なんだか悪いですよね。まだ何もしてないのにこんな良い所に泊まれるなんて。なんだか罰が当たりそうな気がします」
「明日から死ぬ気で働くんだ、今日くらいはしっかり休ませてもらおう。エルルもゆっくり休むようにな」
「はいっ! あと、あの、隊長、よければこの後模擬戦でも……」
「真面目な奴だなぁ……明日の朝にしないか?」
「ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
「結婚の挨拶じゃないんだから」
「け、結婚!?」
何やら気張りすぎて思考が明後日の方向に行っているエルルの頭を軽く撫でてから、くるりと後ろを振り返る。
そこにはエルルと違い、慎みというものを知らない奴らが好き勝手に騒ぐ地獄絵図があった。
「ご飯、どんなの出るんだろうね!」
「この屋敷の食材、全て食べ尽くす」
「いやぁ、やっぱり室内って落ち着きますよねぇ。この蝋燭、消したいな……」
「飯なんか食っても便になるだけですよ。ああ、早く部屋で研究してたい……」
「お前ら……自由か」
俺は『七師』の頃からこういう接待には慣れているが、当たり前だがエンヴィーたちはそうではない。
彼女たちはデザントでは二等臣民の扱いを受けており、給料も正規の王国民兵士の半分程度。
貴族の屋敷に来るのも当たり前だが初めてで、礼儀作法なんてものを誰かから学んでもいない。
侯爵の希望なので連れては来たが……こいつらが会食とか、大丈夫だろうか。
正直ちょっと……いやかなり不安だ。
さすがに野営の時みたく肉にかぶりついたりはしないと思いたいが。
「あ、隊長。私たちは一旦分かれますのでー」
「楽しみにしててくださいね!」
歩いていると、途中でエンヴィーたちがどこかへ行ってしまう。
残ったのは俺と、明らかにめんどくさそうな表情を隠そうともしないシュウだけだ。
いったい何を、楽しみにしろというんだろう。
……ま、いいか。
ダイニングに入ると、オウカとサクラの姿があった。
二人とも正装をして、仕立てのいいドレスを身に纏っている。
なんでもいいって言われたから普通に魔導師のローブで来てしまった。
俺もエルルたちのこと、笑えないな……。
メイドさんに案内されるがまま、上座の方に席を取った。
気付けばシュウは下座の端っこの方に勝手に座っていた。
いやまぁ、マナーとしては間違ってはいないんだが……。
オウカたちの気を損ねないか気になったので、とりあえず近付いていく。
どうやら会食に意識を取られているので、シュウのことは気にしていないみたいだ。
「久しぶりだな、オウカ。元気にしてたか?」
「はい、アルノード殿もお変わりないようで」
「一応挨拶しようと探したんだがな。誰かと居たみたいだったので止めといた」
「え? ――ああはい、そうですね……」
オウカは歯切れの悪い返事を返して、そのまま黙ってしまった。
いったいどうしたというんだろう。
話をしてた相手というのが、俺に言えないような……ははぁん、なるほど。
さては、逢い引きか何かをしてたんだな。
今のやり取りで理解できてしまう自分の洞察力の鋭さが怖い。
「サクラもドレス似合ってるな」
「そ、そうか……ありがとう」
サクラは名前にちなんでいるのか、薄い桜色のドレスを身につけている。
花弁のような模様が散らしてあって、裾も花びらのようになっている。
かなり女の子っぽい格好だ……普段とのギャップがあって、なんかいいな。
「むぅ」
「ぶーぶー」
とりあえずドレスを褒めたりしながら会話を弾ませていると、突然脇腹をつねられる。
頬を膨らませてオークのような声を出しているのは、エルルとエンヴィーだ。
「おいお前ら、こういう場で――」
思わず苦言を呈そうとした俺の言葉は続かなかった。
というのも……彼女たちが今まで見たことのないような、フリフリとした服に身を包んでいたからだ。
ドレスだ、しかも仕立てもかなりしっかりしている。
……さっき楽しみにって言ってたのは、これのことだったのか。
「どうですか、隊長?」
「サクラさんが貸してくれると言うので、お言葉に甘えまして」
たしかによく見れば、彼女たちのドレスはサイズが少し大きめだった。
けれど、そんなことは些末なことだ。
こうやってちゃんとした服を着ている彼女たちを見ると、その……やっぱり女の子なんだなって思うよな。
あれ、もしかして俺って、ちゃんとした服を着てる彼女たちの姿を見るの初めてか……?
「似合ってるぞ」というなんの気も利いていない台詞を口にしても、エンヴィーたちは機嫌を損ねずに笑ってくれた。
女の子を褒めるのには慣れてないからな……なんか小物とか褒めるのがいいんだっけか?
けどサクラも、よく彼女たちに服を貸してくれたよな。
デザントだったら……って、この考え方、いい加減やめにしないとな。
俺たちは少なくとも、しばらくの間リンブルで暮らしていく。
だからデザントだったらどうとか、考えても意味なんかない。
そもそも追放されたんだから、義理立てする必要もないし。
「おお、既に揃っていたか。何、今回は形式張った会ではない。作法などには気にせず、好きなように食べてくれ」
女性比率の高さと、エンヴィーたちのいつもと違う雰囲気にどぎまぎしていると、侯爵が奥方を連れて入ってきてくれる。
そしてそのまま、カジュアルな会食が始まった。
なお、ここでのみんなのテーブルマナーについては……ノーコメントとさせてもらおう。
恐らく今後会食に出向くのは、俺だけになるだろうとだけ言っておこうかな。
だからあとのことは、その……察してくれ。
デカい風呂や、普段ではあまり食べないようなスイーツに舌鼓を打って、ぐっすりと眠って鋭気を養うことができた。
そしてその翌日、エルルとの模擬戦で軽く汗を流してから、グラウツェンベルクの通用門を抜けようとした時のことである。
突然、後ろの方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルノード卿!」
「……は?」
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