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不屈の英雄


 調印が終わり自由の身になった俺たち『辺境サンゴ』は、そのままリンブルへの帰路へつくことになった。

 だがその道中、ゴズに言われたとある洞穴へ向かうと……そこにはじっと瞑目したまま動かない男――グリンダム・ノルシュと、その従者の姿があったのだ。

 ちなみに俺の方は、供にエルルとエンヴィーについてきてもらっている。


(まさかこんな大物から声がかかるとはな……)


 『不屈』のグリンダム。

 今から十余年ほど前にデザントに組み込まれた属州ゲオルギア――当時はたしかゲオルギア公国だったか――において、英雄と呼ばれていた男だ。


 本人が一流の気力の使い手で、民からの人気も非常に篤いという話を聞いたことがある。

 そこまで情報通でもない俺が知ってるくらいなので、結構な有名人だ。


 俺が見上げるほどの巨躯に、一目見てわかるほどに鍛えこまれている鋼の肉体。

 魔闘気を使わず気力一本で勝負をすれば、俺一人では間違いなく勝てないだろう。


「本当はガンドレアにいる時には挨拶をしておきたかったんだが……ラッフェルハルデ達に気取られる可能性を考え、デザントの監視が完全に消えるまで待たせてもらった。挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ない」


「いえ、慎重なのはいいことだと思います」


 彼がガンドレアと連絡を取っていたというのは、別にそこまで意外なことではない。

 彼が所属している属州ゲオルギアは、未だデザントへ服従してはいない。

 面従腹背で反抗の機会を窺っているというのは、『七師』でなくとも知っているくらいには有名な話だ。


 敵の敵は味方……と必ずしも言えるわけでもないが、少なくともガルシア連邦はデザントの敵だった。

 共闘関係とまではいかずともいざという時に連携ができるようにしておくくらいのことは、していても不思議ではない。


「アルノード殿、あなたはこんなことを言われる謂れはないと思われるかもしれないが、それでも言わせていただきたい――あの男を討ってくれたことに、最大限の感謝を」


 グリンダムは直角に身体を曲げながら、頭を下げる。彼に合わせて従者達は更に頭を低くし、土下座する勢いだった。

 そのあまりの真剣さに、こちらが恐縮してしまうほどだ。


 ――かつては武人の国であったというゲオルギアが、デザントに対して強烈な拒否反応を持っていたのは、とある人物によるところが大きい。

 それが誰かと言えば――俺が打ち倒した、あの『強欲』のウルスムスだ。


 聖別と称して人名をいたずらにすり潰す悪癖のあるあいつは、白旗を揚げ講話に入ろうとしていたゲオルギアの軍に対し、大規模殲滅魔法をぶっ放った。

 あいつの馬鹿げた蛮行のせいで死んだ兵士の数は、優に二万を超えるという。

 そんなことをされて、はらわたが煮えくり返らないはずがない。


 ウルスムスを倒したのはあくまでも身を守るためだったので、グリンダムが言っている通り感謝をされるようなことは何もしてないんだが……それで少しでも気持ちが楽になるのなら、しっかりと受け取らせてもらおう。


「あいつに苦しめられた者達は多かった……かくいう俺もその一人ですし。気持ちがわかる、なんて軽々しく言うつもりはありませんが……ゲオルギアの戦士達の魂が天上で喜んでくれているのなら、俺も嬉しいです」


「……ありがとう、ございます」


 瞑目しながら胸に手を当て黙祷を捧げると、合わせてグリンダムもまた胸に手を当てる。


 ゲオルギアでは、戦場で散った戦士達は天上で争い続けるとされている。

 死後の世界でも戦い続ける、争うことそれ自体を至上とする戦闘民族が、彼らゲオルギアの民なのだ。


「しかしまさかこうして声をかけられるとは、想像していませんでした」


 黙祷を終えてから、改めて話をさせてもらうことにしたる。

 わざわざ俺と話をしに来たその理由は、おおよそ推察できる。

 そして俺の予想は、見事に的中していた。


「できればアルノード殿、我ら属州に対する支援や手ほどき等をしていただきたく」


 デザントは、大きく分けて三つの地域に分かれている。

 元からデザントだった王国区、途中からデザントの味方になった同盟区、そしてデザントが征服したことによって版図に加わった属州区だ。


 属州に暮らす属州民、通称二等臣民とされる者たちは、基本的にデザント国内ではいくつもの権利が制限されている。


 マリアベルやエンヴィーたちがどれだけ強くても、属州出身の二等臣民では百人隊長までしか出世ができなかったように、二等臣民というだけで出世の道がほぼ途中で途切れてしまうのである。

 これはデザントの王国法で定められてしまっているため、変えることもほぼ不可能と来ている。

 そんな状況に置かれていれば、反抗的になるのも当然のこと。


 故に属州の反骨心は強いのだが……デザントは彼らの声を、魔法技術と圧倒的な武力によって黙らせてきた。


 だがここ最近、デザントの看板は揺らいでいる。

 その原因がリンブル――ひいてはそこに助力をしている俺にあることは自明の理。

 属州の人間としては、俺の手を借りてデザントに反旗を翻したいと考えるのは自然なことだろう。


 二等臣民の多い『辺境サンゴ』の中には、属州に手を貸してあげてほしいと思う者たちは多いだろう。


 彼女たちの気持ちをくみ取るのなら動くべきだが……俺が下手に動くことで、デザント国内で大規模反乱が起き、事態がより悪化する可能性も十分考えられる。

 軽々に動くことはできないが……さて、俺はどう動くのがいいんだろうかね……?

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