エンヴィー、ガンドレアにて
現在ガルシアの中ではデザント兵が好き勝手に暴れ捕虜を取りにいっている。
当然ながらガンドレア火山国の中でもそういった略奪行為は広がっていた。
それらの略奪行為を止めながら、ついでにデザントの奴らを成敗してしまい、奴隷として連れ去られそうになっている者達を解放する。
それが現在アルノードとは別行動をしている『辺境サンゴ』の本隊の仕事である。
「よし次、偵察からの情報によると小さな村に軍の兵が商人を引き連れて三百ほど逗留しているってことだから行くよ! 獣人の皆さんも可能な限り早く追いついて、戦闘に参加するように!」
エンヴィーは百人からなるクランメンバーとダンテから押しつけられた獣人たちと共に、ガンドレア付近にいる奴隷確保を目的とした兵達を優先的に撃破していく役目を任じられていた。
エンヴィーは元から大隊において中隊長として部下をまとめていたため、これくらいが動く上で一番都合がいい。
ガンドレア火山国はとにかく山が多く、隠れるのに適している。
そのため中にあるドワーフたちの集落も切り立った崖や三方を山に囲まれている地形などに広がっていることが多く、攻めるに難く守るに易い土地が非常に多い。
エンヴィーが現在向かう先は、ゆるやかな丘陵地帯の最上部に作られた村だ。
有事の際に見晴らしを良くするためか、それとも軍などを通りやすくするためか、真ん中に大きな街路があり、その左右を鬱蒼と茂った森が挟み込んでいる。
当然ながらエンヴィーは――真ん中を突っ切って最短距離で集落へと向かう。
「――っ!! ――を……」
遠くにいるデザント兵が、何かを叫んでいる様子が聞こえてくる。
エンヴィーは後ろを見てにやりと笑ってから、更に加速を加えた。
エンヴィーは戦うことが大好きだが、今回は死闘ではなく任務が最優先。
けれど戦いをしたいという欲もしっかりと満足させたい。
そんな気持ちに折り合いをつけるためには、やはり単騎での正面突破が一番いい。
エンヴィーが足を踏みしめる度に、その重量に地面がめくれ上がる。
歩く身体は風を切り、前方から感じる爆発的な気の高まり。
前傾姿勢で手に構えた『龍牙絶刀』を握る手に力がこもり、じっとりと汗がにじむ。
戦いで得られる高揚感は、やはり何者にも代えがたい代物だ。
「構え……てえええええぇぇっっ!!」
前方から飛んでくる魔法攻撃には一切の手加減はない。
彼らにはエンヴィーの実力をしっかりと理解し、たとえ単騎だろうと侮らないだけの実力があるのだ。
流石デザントの魔法部隊なだけはあり、その投射密度はかなり高い。
エンヴィーは魔法にそこまで造形が深いわけではないが、感じる威圧感はかなりのものだ。 中級魔法だけではなく、上級魔法までかなり混じっているように感じる。
(でも超級魔法がないのなら……今の私でも、対処は可能)
エンヴィーは走りながら一度目をつむり、意識を集中させる。
攻撃の全てを防ぎ躱すことは、この圧倒的な密度から考えるとまず不可能。
故にエンヴィーは気力の部分循環を行い、視力を一時的に超強化させた。
そして己に向けて放たれているものの中で、威力が低いものと高いものをざっくりと分ける。
次に今の自分の移動範囲の中に入るであろう攻撃の中で、威力の低いものだけを選別。
その中で自分が移動が可能である一本のラインを作り、再び全身に気力を回す。
そして中でも低威力のもの、問題なく切り伏せることができるものを選別しながら前へと進んでいく。
「隊長、止まりませんっ!」
「ええい、なんなのだあの化け物はっ!」
圧倒的な物量を投射しているにもかかわらず未だ前進を続けるエンヴィーを見て、悲鳴にも似た声があがる。
デザントにおいては、エンヴィーよりも明らかに弱い彼らの方が、彼女よりも立場が上だった。故に命令をされれば、それに従わなければいけなかった。
川が高きから低きに流れるように、弱い者が強い者に従うのは自然の摂理だ。
だがデザントの軍では、そんな摂理に反した行いがまかり通っていた。
エンヴィーにとってはストレスを溜めるばかりだったそれらのシステムから抜け出すことができて、
「今まで散々溜めてきた鬱憤……晴らさせてもらうよ!」
エンヴィーが剣を振ると、衝撃波が飛ぶ。
その一撃は、魔導師部隊の最前列にしっかりと届いた。
そこから先は乱戦だ。
距離を詰めてしまえば、魔導師ごときは敵ではない。
当然ながら魔導師を守るために、気力使い達が前に出てくる。
アルノードのように気力と魔力を双方共に使いこなせるような器用な人間は少ない。
エンヴィーもそうだが、普通ならばどちらか一方を極めるだけでも時間が足りないからだ。
「けど……バルクスの魔物ほどじゃないっ!」
「ぎゃあああっっ!!」
魔物に魔の森のかなり奥まで侵入された時には、なんとか食い止めるために敵味方入り乱れる乱戦をしなければならなかった。
すぐ後ろにいる気配が敵か味方かもわからないという経験も、一度や二度ではない。
それと比べれば、周囲全てが敵という今の方がどれだけ易しいか。
エンヴィーの一刀でデザント兵の身体は斜めに裂け、首が飛び跳ね、胴体は真っ二つに分かたれる。
その戦闘能力は圧倒的で、気力使いごと打ち抜こうと放たれた魔法を食らっても彼女に効いた様子はない。
だが常に気力を全力で使い続けながら、魔法を使われた際にはそれを部分強化とも切り替えて使い続けていれば、当然その消耗は激しい。
周囲に大量の死体が積み上がったところで、ふぅとエンヴィーは大きく息を吐く。
既に隊長はエンヴィーが倒していたため、反転攻勢のチャンスとみたリーダーらしき男がエンヴィーを杖で指した。
「あの鬼神の動きが止まった。未だ総員――」
「皆、少し休憩するからあとおねがーい」
エンヴィーがそういうと同時に、リーダーの男にいた周囲の魔導師達がドサドサと倒れ出す。
「なっ、何が……」
見れば彼らは背を大きく斬り裂かれ、既に命を失っていた。
そして現れるのは、突如として現れた数十人もの影。
『辺境サンゴ』のメンバーはエンヴィーが生み出した惨劇にごくりと唾を飲み込みながらも、残敵の掃討へと移り出す。
「隊長、あまり無理をするのは……」
「なるべく皆に怪我してほしくはないからね。私が身体張らなくちゃ……でしょ?」
幹部であるエンヴィーに言われれば、平のクランメンバーに言い返せる言葉はない。
エンヴィーは奪還に成功した村を見つめながら小さくつぶやく。
「これで三つ目……うーん、もうちょいペースを上げたいんだけどなぁ」
できるならアルノードがミンディを攻略するまでには、可能な限りガンドレアにいるデザント兵を潰しておきたいところだが……と考えていると、後ろの方からようやく息も絶え絶えな様子の獣人たちがやってくる。
彼らのせいでエンヴィーの進軍ペースは明らかに遅れている。
だが今後のことを考えれば、ガルシア連合の兵と共に行動をしたという事実は非常に大切になってくる。
そのため彼らを帰したりあまり無下にしたりできないのが、エンヴィーとしては歯がゆいところだった。
「クランメンバーだけで固められてるエルルが羨ましいよ……」
エンヴィーは同じくガルシアでの救出作戦に従事している仲間たちを思いながら空を見上げる。
日が落ち始め少しだけ青みを増し始めた空を見ながら、エンヴィーは刀に付いた血糊を落とし、残敵掃討へと移るのだった――。




