方面軍司令官
「ちいっ!」
方面軍司令官というのは、家名のデカさだけでなれる仕事ではない。
デザントは周辺諸国と比べても、未だに貴族文化がしっかりと根付いている国だである。
戦において戦場で先頭を駆けることこそが、司令官の誉れ。
そういった軍人教育を叩き込まれるデザントで軍を預かる立場の人間が、弱いはずがない。
ラガットは俺のオリハルコンソードの一撃を、しっかりと受け止めてみせた。
その手に握られているのは、俺と同じくオリハルコン製の直剣だ。
「――ぐうっ!?」
受け止めることはできても衝撃を完全に殺しきることはできなかったらしく、一撃を食らっただけでその態勢が崩れる。
ベキリと音を立てて床の木材が割れ、更なる衝撃を受けることで弾けた。
破片が飛んでくるが、障壁を使い防ぐ。
「エクストラヒール!」
ラガットはその間に、回復魔法を使って傷を治す。
詠唱破棄はデザントでは基本的な技術の一つだが、上級回復魔法でそれができるというところに実力を感じさせる。
魔法自体の練度が高くなければ、詠唱破棄を使いこなすことは難しい。
流石、軍を預かる立場の人間のことはある。
「おおおおおおおっっ!!」
剣の暴風が吹き荒れる。
オリハルコンの金のきらめきが視界を埋め尽くした。
頭、首、心臓。急所を狙うように放たれる一撃だけでなく、胴体や足といったいわゆる当てられる場所にまで雨あられと攻撃が飛んでくる。
剣の密度が高く、そして籠められた威力は強大。
その一撃は、ドラゴンの鱗すら貫いてみせるだろう。
だが……当たらなければ、どうということはない。
魔闘気によって強化された視覚は、相手の攻撃をその筋肉の動きや力の入れ方までしっかりと読み切っていた。
嵐を掻い潜るために、敢えて前に出た。
連撃をいなすために一番手っ取り早いのは、前に出て相手の選択肢を減らしてしまうことだ。
どこから襲ってくるかわからない百の弱攻撃より、襲ってくる方向と軌道が見えている五十の強攻撃の方が、捌くのは簡単だ。
こちら目掛けて飛んでくる必殺の連撃。
数えるのも馬鹿らしいほどの攻撃が、波となって襲いかかってくる。
幾重にも重なった斬撃は脅威だが、やはり俺には届かない。
相手の動きを見切っているからこそ、こちらも最小限の動きで避け続けることができる。
「――ちっ!」
だがラガットは、それでも攻撃の手を緩めない。
彼は狼狽するでもなく、ただひたすらこちらにダメージを与える可能性の高い一手を選び続けていた。
その瞳に、他の貴族達のようなこちらを侮るような色はない。
こういう手合いは非常にやりにくい。
だが同時に……扱いやすくもある。
合理的で理知的な人間というは、それ故に行動が読みやすい。
ミンディ攻略がこれほど上手くいったのも、このラガットがしっかりと統率能力があるが故と考えれば納得がいく。
「ちいっ、やはり届かんか……だが、それでもっ!」
ラガットはたしかに強い。
だがそれでもやはり、『七師』レベルではない。
サシでやるのなら、魔闘気を使いこなす実力がなければ俺と近接戦でまともにやり合うのは不可能だ。人海戦術を使った消耗戦なら、また話は違うけどな。
「――シッ!」
攻撃と攻撃の間の継ぎ目。
相手の呼吸を読み切り、その一瞬の間に攻撃を差し挟む。
魔闘気によって強化した肉体で放った突きが、ラガットの持つオリハルコンソードの刀身に突き立った。
刀身にヒビが入ったが、更に力を込める。
二度三度と打ち合うと、とうとう相手の剣が半ばからポッキリと折れた。
ラガットが折れた己の得物を見て、俺を見て、再度得物を見て……そのまま俯いた。
そして小さく震える身体を動かし両手を挙げ……
「……降参だ、助命嘆願をさせてもらおう。私と……私の部下達も含めてな」
「受け入れましょう。こんな意味のない戦争は……とっとと終わらせるべきだ」




