手を取り合うために
「お初にお目にかかります、アルスノヴァ侯爵。私はアルノード……貴族姓は剥奪されたので、今の私はただのアルノードです」
「アルペジア・フォン・アルスノヴァ=ベッケンラートだ。アルノード殿と呼んでも構わないかね?」
「ええ、お好きなように呼んでください」
アルスノヴァ侯爵は、ソファーに腰掛けながらこちらに視線をよこしている。
立派な体格をしているので、座高は彼の方が高い。
知性の宿った瞳とキリッとした眉には、どこかサクラとオウカの面影がある。
「アルノード殿が我が領へやってきてくれたことに感謝を」
「恐悦至極にございます」
「世辞は要らぬだろう、具体的な話を進めさせてもらいたい」
「はい、おおよそのことはサクラから聞き及んでいます」
「む、サクラも任務ご苦労だったな。戻ってオウカと話してきなさい」
「ああ、それじゃあまた後でな……アルノード」
サクラは手を振りながら、部屋を出ていった。
後には俺と侯爵だけが残る。
……いや、正確にはもう一人か。
侯爵は少し怪訝そうな顔をして、俺の方を睨んでくる。
「どうやらサクラとはずいぶん仲良くやっているようだな」
「ええ、彼女は接していて気持ちの良い人間です。今後とも仲良くありたいと思っていますよ」
「そうか……」
侯爵はなんとも言えない顔をしてから、すぐに実務的な話に移ってくれた。
俺のことをサクラについた悪い虫、とでも思っているのかもしれない。
その心配は完全に杞憂だと思うぞ。
「早速だが本題に移ろう。私は君が言っていた条件三つを……全て飲ませてもらうことにした。ただしいくつかの条件は出させてもらう」
「当然のことですね、どうぞ」
侯爵の発言内容は、事前にエルルと想定していたものと大きく変わりはなかった。
現状、アルスノヴァ侯爵家の戦力だけでは魔物相手に反攻作戦に出ることができない。
自領にこれ以上の被害が出ないように食い止めることで精一杯であり、同じ王党派の寄子たちにまで救いの手を差し伸べることができていないのだ。
俺たち『辺境サンゴ』が、魔物を倒しきって平和を取り戻すことは、可能か不可能かの二択で言えば、可能だ。
だがそれらを全て俺らの手でやってしまうことは、実は大変よろしくない。
冒険者の力だけで問題を解決したとなれば、アルスノヴァ侯爵家は王党派領袖として面子が立たなくなる。
騎士団でできないことを、外からやってきた武力集団が解決してしまえば、いったいなんのための騎士団なのだという不満は間違いなく出てくる。
それが大きくなれば、統治に支障が出てしまう可能性がある。
地方分派や中立派につけ込まれる失点にもなりかねない。
それに俺たち『辺境サンゴ』が強力な武装組織と目をつけられるのもできれば避けたい。
メンバーに危険が及んでほしくはないし、畏怖の対象にされるのも喜ばしくないからな。
両者の思惑をすりあわせるため、まずは侯爵が『辺境サンゴ』に対して指名依頼を発注する形を取る。
その依頼内容は、現在防衛作戦を展開中の、そして近日中に失陥すると見込まれているいくつかの村々への救援だ。
俺たちはアルスノヴァ侯爵騎士団と共に作戦行動を行うことで、彼らを隠れ蓑にする。
助けるのはあくまでもアルスノヴァ家の軍勢であり、俺たちはそのサポート……という体裁を取るのだ。
これでアルスノヴァ家は、自軍で王党派を守れてハッピー。
寄子たちも助けてもらえてハッピー。
そして俺たちも、安住の地とたしかな後ろ盾を得てハッピー。
三者共に得をする、グレートな取引の完成というわけだ。
「君たちが向こうで厳しい状況にあったことは、オウカやサクラから聞いている。なので『辺境サンゴ』の指名依頼が終わった後の継続的な依頼について、あくまで自由意志という形を取ろうと思う」
「それはありがたいですね、長期の依頼となると、受けたくない奴らもいると思うので」
「それと、現地での衣食住のサポートはしっかりとさせてもらう。入り用の物があればなんでも言ってほしい。家が欲しいというのなら、今すぐ出張も可能な大工たちを用意する」
「至れり尽くせりですね」
だがこの一見するとみんなが得をする取引、実は色々な思惑が交差している。
侯爵がどんな思いで、俺たちを取り込もうとしているのかも予測済みだ。
恐らくは侯爵領の人間たちと俺たち『辺境サンゴ』の関係を密接にして、魔法技術や人材を持っていくつもりなんだろう。
もしかすると彼の頭の中では、反攻作戦が終了した後に、防衛任務を行う者達を俺たちから国軍へ徐々に移行させる段取りすらできあがっているかもしれない。
二世代分くらい進んだ魔法技術を持っているのが、いつでも去ることのできる俺たち冒険者側だけ。
そんな状況は、為政者側からするとさっさと変えておきたいだろうからな。
けれど実際のところ――俺はこの侯爵の思惑に完全に乗る気でいる。
だって俺の思惑なんて……ぶっちゃけ元第三十五辺境大隊のみんなが幸せに暮らしてほしいってことくらいだし。
先進的なデザントの魔法技術や戦闘技術を持っている『辺境サンゴ』の皆は、きっと大切にされる。
戦えなくなった奴らがいても、教官とか職人とかになればいくらでも生計は立てられると思うし。
俺という元『七師』が上にいるのだから、そうそう強引な手段を取る輩もいないだろう。
ハニートラップによる構成員の引き抜きなんかには気を付けなくちゃいけないが、実はそれもさほど気にしていない。
わざわざ俺の機嫌を損ねるようなことなんぞしなくても、年若い男女が同じ場所で暮らしていれば……カップルや夫婦なんぞ自然にできるだろうし。
あれ、でもおかしいな……俺もこの年で、結構な女性に囲まれて暮らしてるはずなのに、一向に誰かとくっつく気配がないぞ?
「今日明日でどうこうという場所はないから、しばらくの間は領都をごゆるりと堪能されるといい」
「ああいえ、一日休んだらすぐに出ますよ。ぶっちゃけ……みんな溜まってるんです」
「……溜まってる? いったい、何がだ?」
話がまとまったので、立ち上がる。
ズボンの裾を伸ばしてから、ゆっくりと歩き出した。
まぁ、俺は基本的には侯爵の思惑に乗るつもりではあるんだが……それで俺たちを扱いやすい駒とでも思われるのはよろしくない。
使い捨てにされたり、評価されなかったりするのは、もうデザントでこりごりなんでね。
なので、少しかましておくことにした。
俺は魔力と気力を一気に放出させる。
やってることは、マジックインパルスの応用だ。
魔力と気力の衝撃波を、純粋な質量を持つようになる寸前の出力で放出し、プレッシャーという形で表に出す。
するとなんか少し身体が重たくなるような威圧感が出るのだ。
ただ魔力と気力を出してるだけなので魔法でもなんでもないんだが……これをやるのは、結構疲れる。
出力を間違えると、普通に衝撃波が飛んで攻撃になっちゃうし。
でも人間相手には、このやり方が一番効く。
人ってのは威圧感とか圧迫感とかに尻込みしやすい生き物だからな。
「いえ……ドラゴンスレイヤーの彼女たちからすると、もう普通の魔物じゃ満足できないらしくて。さっさとトイトブルクの魔物と戦いたいって、せっつかれてるんですよ、俺」
「ド、ドラゴンスレイヤーだとっ!?」
無礼だよなとは思いながらも、振り返らずにひらひらと手を振る。
そして去り際に一言、
「あと、天井裏にいる彼はもう少し鍛えてあげた方がいいですよ。バルクスだったら、一日も持たずに死んでます」
とだけ言って、俺はその場を後にした。
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