城壁
ミンディは軍事物資の集積地であり、食料庫や武器庫だけでなく各場所で厳戒態勢が敷かれている。
だが現在、大きく数を減らしてしまった軍団の再編成に追われるため、警備に穴ができていた。
そのため、街中でひそひそと活動をすることも可能になっていたのだ。
このようにザルな警備の中であれば、秘密裏に活動することもそこまで難しくはない。
アルノードが再びゾンビを使った作戦を始めるその前日、ミンディのドワーフ長であるザンギは壇上に立ち、この街の代表者達に見守られながら言葉を紡いでいた。
「諸君! デザントの横暴に耐え続けている諸君! わしらは未来永劫、このままでいいのか?」
「「「否、断じて否!」」」
ザンギの言葉に、ミンディで暮らす者たちは叫んでいた。
彼らのデザントに対する恨みは深い。
長きに渡るデザントとガルシアとの戦いは、両者の間に大きな亀裂を生んでいた。
デザントの人間は、亜人であるドワーフ達を許さない。
強制労働で済めばまだマシな方で、奴隷として出荷されたり、戦奴のような形で使い潰される者も多い。
デザントにおいて人権を認められない亜人たちの扱いはそれはひどいもので、侵攻をされた者たちは皆多かれ少なかれ被害を被っていた。
ザンギの言葉を聞く中には悔しさから歯を食いしばっている者や、瞳が潤んでいる者も少なくない。
誰もがデザントのせいで友人や大切な人を傷つけられてきたのだ。
それでもなお従わなければならなかったのは、両者の戦闘能力の差によるところが大きい。 気力を使うこともできず魔法技術でも後れを取っていれば、歯向かったところで勝てる道理がない。
ガンドレアの兵だけではデザントに勝つことができないからだ。
だが今、彼らにはとある人物がついている。
それこそが――元七師、『怠惰』のアルノードだ。
「アルノード殿より頂戴した『収納袋』を渡す! この中には魔法技術の粋を集めて作られた大量の魔道具が入っている。中に入っている説明書を良く読み込み、明日の作戦に備えるように!」
「「「おおおおおっっ!!」」」
ザンギは血走った目をした者達に、戦うための装備一式が入った『収納袋』を手渡していく。
中に入っているのは『対斬撃耐性』や『魔法耐性』などの組み込まれた鎧類や、デザント式の装備をしている者達にも傷をつけることのできる魔道具の刀剣や槍などが収納されている。
これを装備させて戦えば、今までよりはるかに良い勝負ができるはずだ。
おまけにあちらは色々と疲弊している中で、こちら側は奇襲ができるというアドバンテージがある。
(復讐をするためになら……魂の一つや二つ、売ってやるわい。デザントの魔法技術をしっかりと学んで活かすのは、この戦いが終わってからでいい)
仲間たちに一言一言言葉を添えながら激励をするザンギだったが、その内心は冷徹そのものであった。
ミンディで暮らしているドワーフたちには、ミンディの城壁建築のために各地から集められた元工兵たちが多い。
城壁の内部構造がどのようになっていて、どこから抜けることができるのか。
構築の際にわざと残していた構造上の欠陥の位置までしっかりと把握している。
装備の差が埋まっても、練度の差はそう簡単には変わらない。
故にザンギは作戦をシンプルにした。
彼の狙いとは――デザント兵たちが押し詰めている城壁を崩し、そこから奇襲をして一気に勝負を決めてしまうというものだった。
「全ては我ら――ガンドレアのために!」
「「「ガンドレアのために!」」」
アルノード印の魔道具を配布するための決起集会の次の日。
ザンギは空に打ち上がるブラストファイアボールを見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なぜわしが代表の時に、こんなことになるんだか……」
嘆きながら、ふるふると首を左右に動かすザンギ。
けれどよく見れば彼は……笑っていた。
「散々な目に遭わされたからの……一泡吹かせてやるわい!」
ザンギがピイッと口笛を鳴らすと、それに呼応するようにミンディの城壁が崩れ始めるのだった――。




