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十字架


「うぅむ、これは貧乏くじを押しつけられてしまったな……」


 目を細めながら、遠くに見えるアンデッド軍を見つめる男がいる。

 デザント王国軍、第六軍団軍団長であるヴェッケル・フォン・アウエンシュタインだ。

 細い目をした四十も半ばを過ぎた壮年の男性で、少し前まではプロヴィンキアの属州総督をしていた人物である。


 既に息子に家督を継がせ、そろそろ隠居をしようかと思っていた矢先に指名された対ガルシア戦争。


 税収が増えデザントが潤うのであれば、新たな属州を増やすこと自体に否やはない。


 だがガルシアの土地は、様々な者達が放棄してきた歴史を持つほどに過酷な環境が多い。

 つまるところ、統治のうまみが極めて少ないのだ。


 故にヴェッケルは、どちらかと言えばガルシアとの戦争には反対派だった。

 彼はどちらかといえば面子よりも実益を取る、商人寄りの思考を持っている。


 けれど個人でどう思えど、王の意向には逆らえない。

 彼は好みの問題は別にして、あくまでも職務軍人として軍団を率いていた。

 そして今回の戦費や被害に関し、かなり頭を抱えてもいた。


(今回のガルシア遠征は試合に勝って勝負に負けたのは確定している。あとはどれだけ損害を減らし、戦費を浮かすかだけなのだ)


 もう二年以上続いているガルシア戦役は、システナを始めとする過酷な環境下でのゲリラ戦により泥沼化している。

 なんとかして戦費を浮かすために亜人達の奴隷を連れ去ってはいるが、当然ながらそんなもので莫大な戦費を賄うことはできない。


 また、長年の戦争によりガルシアの人間達の対デザント感情は最悪だ。

 属州として治めたとして、正確に税を徴収し黒字化経営ができるかどうかは正直怪しいところだろう。


 なのでこの戦争は如何に早く、自陣営のダメージが最小で済む状態で終結させることができるかが肝要だと、ヴェッケルは考えていた。


 そんなところに突如として現れたアンデッド。

 正直なところ、ヴェッケルとしては気が重い。


 勝つこと自体は問題ないこの戦だが、いかに自軍団の損害を出さないかは今後の沽券に関わってくる。

 勝ち戦で兵を減らしすぎれば、それだけで無能の誹りは免れない。


 恐らくどこかの部隊が、略奪の際に羽目でも外しすぎたのだろうと思い来てみれば、目の前に横に広がっているスケルトン達の数は、明らかに千は超えている。


 アンデッドの出没であれば大して数もいらないだろうと軍の半分を引き連れ、もう半分はミンディに駐屯させていたが、ヴェッケルは安全策を取り一度街へ戻ってから再度全軍でアンデッド討伐を行う決定を下した。


 つまらないことで兵が損耗するのを嫌った彼の採った行動は、その一枚上手をいくとある人物のせいで完全に裏目に出ることになる――。




「倒しても倒してもキリがないな……」


 全軍を率いてアンデッドの処理を開始したヴェッケルは、相手のスケルトン達が倒しても倒しても減る様子がないため、少しうんざりした様子であった。


「ある程度統率が取れているというのも厄介だ……まったく小賢しい」


 スケルトン達を従えるスケルトンの上位種がいるため、相手の動きは秩序だっており、無策に突っ込んではこちら側の被害も大きくなる。

 下手に被害を出さぬようなるべく安全に戦っているというのもあり、討伐のペースはかなりゆっくりであった。


 アンデッドの厄介なところの一つは、兵がやられた場合即座に兵の死体を浄化するか燃やさない限り、その死体をアンデッドに利用されてしまうという点だ。


 故にヴェッケルはなるべく自軍の被害を出さぬよう、着実に相手のスケルトンを削っていく戦法を取っている。


 といっても、スケルトン相手に遅れを取るデザント兵ではない。

 着実にスケルトンの屍は積み上がっていき、死霊術による相手の補充よりも討伐のペースの方が圧倒的に早い。


「このままいけば、問題なく終わりそうだな」


 ちなみに現在、ヴェッケルは前線が見える位置から指示を出している。

 クレボヤンスによって確認しようとしたところ、妨害を受けて魔法が上手く発動しなかった。

 故に今回このスケルトン達を率いているのは、魔法を使うことのできる知性のある個体だと考えられる。

 リッチなのかハイ・スケルトンなのかはわからないが、なんにせよ面倒なことだ。


 面倒には思いながらも順調に進んでいた討伐に暗雲が立ちこめたのは、それからすぐのことだった。


「う……うわああああああっっ!」


 視界の届かぬほどの前方から聞こえてくる悲鳴。

 一人二人ではない叫び声が重なれば、流石に異常事態が起こっていることに気付く。


「確認しに行く、ついてこい!」


 異変の原因を確かめるべく、ヴェッケルは前に出て事情を確かめに向かった。

 歩を進める度に、漂う腐臭が強くなっていく。

 腐臭と共に、瘴気まで身体に纏わり付いてくるようになった。

 一体何が……そう考えたヴェッケルが現場で見たものは――この世の地獄であった。


「ウヴォォ……」

「お、おではまだ、じにだぐない……」


 人が、生きながらにして、ゾンビに変えられていた。


 血色も良く異常は見られなかったはずの男の腕が突如としてぼとりと落ちる。

 スケルトン相手に魔法を放っていた兵の瞳が突如として真っ白に濁り、腐臭を漂わせるゾンビに変化していく。


「な、なんなのだ、これは……」


 ゾンビ系の魔物は牙を経由してゾンビ細胞を相手に流し込み、噛みついた相手をゾンビ化させることができる。

 これは死体にも有効であるため、ゾンビの数は爆発的に増大することがある。


 だが生きた人間は、ゾンビの牙の一撃を食らわない限り、ゾンビになることはない。

 だというのに今ヴェッケルの目の前では、デザント軍の兵士達がゾンビと接触することもなく、次々とゾンビに変異してしまっていた。


 その異変の元凶は、軍の先鋒に現れた一匹の魔物だ。

 それは――十字架を背負った、一匹のゾンビであった。




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挿絵(By みてみん)


作品の今後にも関わってきますので、書店で見かけた際はぜひ一度手に取って見てください!


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