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顔繋ぎ


 夜になり訓練をひとまず切り上げ、村長のイビルさんの村にお邪魔させてもらうことになった。


 雪を押し固められて作られたらしい家の中は、案外と温かい。

 焚き火がなくても、結構快適に過ごせそうな温度をしている。


 ちなみにイビルさんは、狐耳をしたおじさんだ。

 年齢は初老くらいだが、あり得ないくらいに二の腕が太い。

 年はかなり高い方だが、村の中での実力はぶっちぎりで一番だった。

 その腕っ節で、長いこと村を纏めてきたらしい。


「アルノード殿、ささ、こちらへ」

「ああ、ありがとう」


 獣人と一緒に過ごして、わかったことがある。

 彼らはとにかく素直で、純朴な奴らが多いということだ。


 獣人達は上下関係に従う節があり、そのため言うことを聞かせることが簡単だった。

 彼らはダークエルフ同様……いや、それ以上に飲み込みが早く、驚くべきことに既にこの村の人間はほとんど全員が気力を扱うことができるようになっていた。

 人伝いで、村の子供まで使えるようになっていたのだから驚きだ。

 獣人たちは実戦経験さえ積めれば、かなり強力な兵士に仕上がりそうだ。


 ダークエルフ然り獣人然り、亜人たちは争いの激しい人間たちと離れたところに住んでいるから、技術的な面で遅れを取っている。

 だがそこを埋めてやれば、素の能力は人間よりも高い。


 もしかするとこうして俺たちがガルシアの各地で転戦するだけで、結構デザントの妨害になっていたりしてな。


「ではでは一献」

「おっとと、もう大丈夫ですよ」


 酒を酌み交わすのは、彼らにとって戦いの次に大切な娯楽ということだった。


 郷に入っては郷に従え。

 現地の慣習を否定せず、俺は言われるがままに杯を持ち、酒を注いでもらう。


 家に招待し、その中で酒を飲むというのは、仲間へ迎え入れるための歓迎の意味や、戦士として成長するための儀式のような側面も持っているらしい。


 注がれた杯は、鼻を近付けるだけでツンとした匂いがしてくる。

 酒を舐めると、かあっと喉のあたりが熱くなるのがわかった。


 これ……めちゃくちゃに度数が高いぞ!?


 楽しむための酒というより、完全に酔うための酒って感じだ。

 ヒリヒリする舌を出しながら、急ぎ取り出した水を飲む。


「これは……蒸留酒ですか?」

「ええ、このヴォドは獣人達の間では水のように飲まれていますよ」

「これを水のように、とは……」


 同じく酒に口をつけたサクラが、なんとかして舐めるように飲みながら言う。

 この酒、お世辞にもあまり美味しいとは言えない。


 なんというか……楽しめる要素がないのだ。

 エールであれば炭酸を楽しんだり、ワインであれば香りを楽しんだりするものだが、このヴォドにはそれがない。


 どうやって作っているのか、樽の匂いなんかもまったくしないし、味もほとんどないに等しい。

 ただ酔うためのアルコールを経口摂取しているという感じだ。

 だがここでヘタれるわけにはいかない。


 ぐいっと飲み干すと、イビルさんが豪快に笑う。

 どうやらこのやり方で合っていたようだ。


 酒宴が始まる。

 酒と聞けば、当然ライライは黙っていない。

 彼女はガバガバと酒をあけ、とうとう樽で飲み出した。


 冷や汗を掻いて乾いた笑いをし出したイビルさんには後で代わりの酒を渡そうと心に決め、酒宴を楽しむ。


「イビルさん、一つ質問をしても良いですか?」

「はい、族長のアルノード殿にはどんな質問でも答えますよ」

「だから族長は止めてくださいってば」


 どうやら獣人社会では、一番強いやつが族長となり他の者達を引っ張っていくのが当然という考え方をするらしい。

 そのためイビルさんを倒した俺は、この村において族長というポジションになってしまうそうだ。

 固辞しているがまったく聞く耳を持ってくれないので、もう気にしないことにしていた。


「獣人は強い者に従うことを当然と考えているわけですよね」

「ええ、その通りです」

「それならなぜ、デザントから来た強者には従わないのでしょうか?」

「理由は二つありますな。まず一つ目に、我ら獣人は同胞のことを家族だと思っています。故に家族をどこぞに売り払おうとするやつの言うことなど、たとえ強くとも聞く道理はないということ。そして二つ目は、やってくるのが氏族ではなくデザントという国だからです」


 アンドルーでは、小規模な氏族と呼ばれるグループがいくつもあり、それらを取り纏めるような族長達の中で合議制のような形を取る。


 そのため国にしては纏まりが小さく、その分だけ同じグループや村の中での繋がりが強い。

 奴隷狩りを平然とするデザントの野郎共がどれだけ強かろうと、言うことを聞いてやる義理はないと、どうやらそういう話らしい。


 俺はそういうことをしないので、純粋に族長に相応しい男と思われたようだ。

 それはそれで脳筋すぎやしないかとも思ったが、まあそういう文化なんだろう。


「ちなみに現在最も数が多い犬人族のダンテが、アンドルー全体の舵取りをしておりますな」

「なるほど、是非一度会ってみたいですね」

「それなら一度会ってみますか?」


 どうやら犬人族の集落は各地に大量にあるらしく、彼らのネットワークを使えばダンテさんに会うことは可能なようだ。

 そうだな……ガンドレアに行く前に、アンドルーの有力者に会っておくのも大事かもしれない。

 それほど時間はかからないということなので、俺はイビルさんにダンテさんと顔繋ぎをしてくれるよう、頼むことにした。


 まさかそれがあんな結果を生むことになるとは、まったく思いもしないまま……。

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