あるダークエルフの独白 2
【sideダナ】
私たちダークエルフという種族は、特殊な成り立ちを持っています。
多彩な魔法を使いこなし森の守護者であるエルフと、身体を強化する魔法一つで砂漠を渡り歩くダークエルフ。
真っ白な肌に金髪碧眼のエルフと、浅黒い肌銀髪赤眼のダークエルフ。
いくつもの違いとわずかな共通点がある私たちは――はるか以前は、実は単一の種族でした。
原始エルフたちは二つの派閥に別れて争い合い、私たちの先祖は負けた。
そして森を追い出され、砂漠で生きていくことになった。
気の遠くなるような長い年月を砂漠で暮らすうち、太陽光に肌が焼かれてしまわぬように肌の色は黒くなり、太陽の強い輝きに視力を奪われぬよう、瞳は赤く変色していった。
追い出される時に呪いをかけられ、普通の魔法を使えなくなってしまったご先祖様たち。
彼らが開発したのが、魔力を外側に放出するのではなく内側で循環させる身体強化の魔法でした。
私たちはこの身一つで、砂漠の厳しい環境で生き延びてきた。
それから長い年月をかけ、同じく国から居場所を奪われた人間たちとも行動を共にするようになり、彼らの魔法技術も取り入れながら身体強化魔法だけを使い続けてきた。
気力という力があることは、話には聞いていた。
けれどそれを、実際に目にする機会はほとんどなかった。
気力という力は、比較的最近になってから編み出されたものです。
人間のとある小国で生み出されたらしいこの力は、長い時を生きる私たちからするとあまり馴染みのないものでした。
元々気力という力の扱い方に詳しい人間ははるか遠方の辺境の地にしかいないため、ガルシア連邦に気力使いはほとんどいないんです。
それがどれくらい強いのかを知る機会も、ほとんどなかったと言っていい。
だから私が気力の力を見たのは、アルノードさんに見せてもらったのが最初でした。
アルノードさんを……どんな風に表現すればいいんでしょうか。
彼は言葉では表せないくらい沢山のことを、私に教えてくれました。
色々と衝撃を受けましたが……やっぱり一番の衝撃は、アルノードさんという存在そのものでした。
彼は水に困っている私たちに対しこともなげに水を供給し、私たちの水不足の問題をあっという間に解決してみせました。
食糧不足に陥らぬよう、食料の供給だけでなく、魔物を倒す術を教えてくれました。
そのために戦闘技術だけでなく、装備までプレゼントしてくれました。
今の私たちには勿体ないくらい、いくつもの魔法的効果の込められた品々に、目を白黒させることしかできません。
それだけでは飽き足らず、自分が率いる部下を引き連れ、デザント兵たちをあっという間に蹴散らしてしまいました。
私の強化魔法を嘲笑うように、アルノードさんはそしてデザント兵たちを鎧ごと砕いてみせた。
そして私は彼に自分が持っていた、凝り固まっていた固定観念まで砕かれてしまったのです……。
私はまだ百歳にも満たない若いダークエルフだが、どこか人間に対して傲りがあった。
魔力によらない強化手段があるとはいっても、強化魔法に敵うほどのものではないと高を括っていた。
システナはデザントにいいようにやられていたというのに……。
私は自分の力でみんなを守れなかったくせに、新たな力を貪欲に求めるようなこともしなくなっている自分に気付いたんです。
変わらなきゃ、変わらない。
私は村のみんなのために、システナのために……そして自分のために、自らに喝を入れ、自分を鍛え直すことを決めたんです。
それからあれほど鬱屈としていた毎日が、嘘みたいに楽しくなっていきました!
アルノードさんとの毎日は、見たことも聞いたこともないような刺激と興奮の連続で。
彼に誉められるのが嬉しくて。
私はもっと頑張ろうと奮い立ち、気力の扱いを学んでいきました。
アルノードさんと『辺境サンゴ』のみなさんと共に時間を過ごすうちに、色々なことを教えてもらうことができました。
彼らの目的を聞いて、私は驚愕しました。
彼らがやろうとしているのは――この戦争を終わらせること。
アルノードさんたちは勝負が決まりかけているデザントとガルシア連邦の戦争をなんとかするために、これからガンドレアに向かうのだそうです。
で、あれば彼らはなぜ、私たちにこんなことをしてくれているのか。
彼は同胞を助けるため、これ以上同胞を減らさぬため、デザントとガルシアの戦争をなんとかするために、私たちの軍事教練の教官役を引き受けてくれているのです。
ただの善意と言われなくて、むしろホッとしている自分がいました。
アルノードさんが与えてくれたのは、ただの表面的な優しさではありませんでした。
けれどその中には、彼の隠しきれぬ善良さが感じられて。
私たちは力を合わせて頑張ろうとより強く思えるようになったのです。
色々と問題も起きましたし、外様のアルノードさんたちに懐疑的な人たちも多かったが、彼らは私がお話をすればすぐに黙ってくれました。
そして私たちだけでデザント兵ときちんと戦えるようになり……最後の日がやってきます。
「ダナさん。ここまで色々頑張ってくれたお礼というわけでもないのですが……あなたに一つ、新しい境地を見せましょう。一度しかやりませんので、よく見ておいて下さいね」
そう言うと、アルノードさんの気配が一変しました。
どこか柔和で人好きのする顔が真剣なものに変わりました。
彼の視線の先には――村の外れにいつからかずっと置かれている、大きな大きな岩がありました。
アルノードさんは私にもわかるように、敢えてわかりやすく魔力と気力を動かしてくれる。 そして私に見える速度で移動してから、一瞬で岩の前に降り立った。
そのまま――ゆっくりと一撃を放つ。
その動作は、虫の一匹も殺せぬほどのスローモーションでした。
けれど……。
ドゴオオオオオオオオオンッ!!
立っていられないほどの衝撃。
思わず身体がふらつき、意識が飛びそうになる。
砂塵が飛び、目を開けているのが辛いほどの風が吹き荒れる。
けれどアルノードさんの動きを一瞬たりとも見逃さぬよう、私はその一撃や魔力と気力の流れ、そして彼の後ろ姿を観察し続けた。
くるりと振り返る彼の顔は、いつもの優しい笑顔に戻っていて。
けれど私は彼を見て思わず、胸を高鳴りを感じずにはいられませんでした。
「ガンドレアの戦いが終わったら、また来ます。どうかその時まで、元気でいてください」
「……」
行かないでほしい、という言葉は飲み込んだ。
それを求めるには、今の私たちには何もかもが足りていないから。
喉の上まで飛び出してきた言葉をグッと嚥下してから、私は無理矢理に笑顔を作る。
「――はい、アルノードさんも……ご武運を!」
「ダナさんも、ご武運を」
二人で握手を交わす。
こうしてアルノードさんは、私たちの下を去っていった。
……待っていて下さい、アルノードさん。
今はまだまだ未熟な私ですが。
帰ってきた時にはきっと――あなたのことを、あっと驚かせてみせますから!




