あるダークエルフの独白
【side ダナ】
私は疲れていました。
戦い続けなければならないことに。
一向に終わる気配の見えない戦いを、命の限り続けなければいけないことに。
疲れていたのは、私だけではありません。
システナに暮らす民は、全員が疲れ果てていました。
人も、ダークエルフも、ガルシアから流れてきたわずかな異人種達も。
誰一人として例外なく、その瞳は淀み、濁っていました。
元々システナは、争いや揉め事の少ない国です。
なぜかと言えば簡単で、そんなことをしている余裕がないからです。
昼になれば外套を羽織らねば倒れてしまうほどの高温が襲ってくる。
夜になれば、着の身着のままで寝るだけで凍死してしまうほどに冷たくなる。
焚き火で温めるだけでは十分に暖が取れない私たちシステナの民は、皆で寄り添い合い、寝食を共にすることでこの厳しい世界を生きてきました。
他の集落の人たちと争っている余裕もありません。
魔物が出現するこの砂漠では、人と人とが手を取り合い、共闘をしなければ生き抜くことすら難しいからです。
私は次期村長という肩書きのため、ガルシア連邦の他の国々の方と話をする機会も何度かありました。
聴力が発達した私たちダークエルフは、要らぬ小言や陰口まで拾ってしまいます。
「システナは貧しい」
「早く故郷に帰りたい」
この長い耳は索敵に使えるくらいしか長所がないのに、要らぬ小言はいくらでも持ってくる。
でも私はその度にこう考えるようにしていました。
たしかにシステナは貧しい。
けれどそのおかげで、平和だ。
そのおかげで助け合うことができる。
そして厳しい環境だからこそ、人の優しさを知ることができる。
私は内心舌を出しながら、システナだって捨てたもんじゃないと思い生きてきました。
このままの生活がずっと続けばいい。
そんな風に考えていましたが……平和は長くは続きませんでした。
デザントが仕掛けてきた戦争により、私たちシステナの民は一変してしまったからです。
システナに暮らす砂漠の民のうち、男はほとんどが徴集されました。
ひたすらに消耗戦を強い、相手に帰ってもらうのが目的ということでした。
そんな消極的なことでいいんだろうかとも思いましたが、何しろ相手国であるデザントは大国です。
吹けば飛ぶような私たちシステナ、そして私たちを支援するガルシア連邦はとにかく耐えるしかありませんでした。
戦いの中、多くの人が死んでいきました。
村に暮らす人たちの数は減っていき、やがて援軍の数も減っていきました。
システナ全体を統括していた族長代表も死んでしまい、今ではシステナ軍は瓦解寸前です。
そしてとうとう、デザントの兵たちを完全に抑えることができなくなりました。
私たちシステナは、完全に敗北したのです。
今までの鬱憤を晴らすように、デザント兵は非道を尽くしました。
中でも一番ひどかったのは、奴隷狩りです。
人間ではない私たち異人種を奴隷として持ち帰り、国で高く売るのだそうです。
私たちは逃げるしかありませんでした。
けれど果たして、どこに逃げるというのか。
北に向かえば、戦争の元凶であるデザントがある。
南へ行けば、今も戦争が続いているガルシア連邦の各国。当然ながら私たちを受け入れる余裕など、あるはずがありません。
私たちに逃げ場などありませんでした。
祖先から預かっている魔道具を使うことで、デザント兵たちから身を隠すことはできています。
けれど以前にも増して厳しくなった現状下。
気軽に村を行き来することすらもできなくなった状況で、更なる悲劇が村を襲います。
村の井戸が――まともに使えなくなってしまったのです。
既に父は病に倒れてあり、村の全権は私に握られていました。
私はなんとしてでも水を確保するため、近くの村へ、もしくは既に廃棄されるか壊された村の跡地へと向かうことにしました。
「は、はは……」
走る度、砂粒が口の中に入る度に、私は笑いました。
こみ上げてくるのは、諦念でした。
誠に情けないことに……終わりの見えない逃走を続けなければいけないことに、私の心はすり切れかけていたのです。
襲いかかってくる魔物を倒し、はね除けながら進みます。
傷だらけになりながら辿り着いた村は――既にデザントに蹂躙された後でした。
「は、はは……」
もう、終わり。
もう全部……どうでもいい。
次の目的地へ向かう道中、サンドワームが襲いかかってきました。
このあたりでは一番強力な魔物です。
全力を出せば逃げることくらいならできるはずでした。けれど私の足は、動いてくれませんでした。
私は……疲れたのです。
重責を負うのも、これ以上戦うのも。
ここを切り抜けても先に待っているのは絶望だけ。
そう思えば、サンドワームに食べられることはむしろ希望なように思えてきました。
動きを止めるとサンドワームがこちらに飛びかかってきます。
迫ってくる口、その中にぎっしりと詰まった歯。
それを見た私は――。
「きゃあああああああああっっ!」
気が付けば叫んでいました。
なんてことはない。私はまだ死にたくないと、死ぬ直前になってようやく気付いたのです。 私が死んでは、村が終わってしまう。
父にだってまだ、親孝行もできていない。
けれど既に時既に遅し。
最初の一撃を避け距離を取り戦おうとすると……ガクッと膝が折れました。
私の身体は、度重なる強化魔法の使用により、限界を迎えていたのです。
けれどまだ、終わりではない。
諦めなければ、負けじゃないのだから――。
そう思っていた私に、突如としてやってくる浮遊感。
「大丈夫ですかっ!?」
そうして私はアルノードさんに出会いました。
このシステナの……救世主に。




