さらば!
「アルノード様が放逐だなんておかしいですよ! 今の東部天領はアルノード様のおかげでなんとかなっているのに!」
「本当にそう。アルノード様の魔道具がなければ、私たちはとうに死んでいた」
「ありがとな、二人とも」
準備を終えたらすぐにという話だったので、俺は兵舎を出ていくことにした。
すると俺を見送るためか、第三十五辺境大隊のメンバーが来てくれた。
どうやら二人は、大隊の代表として俺を見送りに来てくれたらしい。
「でもまぁ、俺の戦闘能力が低いのは事実だし」
「アルノード様の本領は魔道具製作じゃないですか! 私たちは隊長が作ってくれた装備に何度も命を救ってもらっています!」
「あの『不死鳥の尾羽』……最近知ったけど、私たちがまともに使えるような価格帯の魔道具じゃない。隊長は大隊の救世主」
彼女たちは百人隊長を任せていた、エンヴィーとマリアベル。
青髪で気が強そうなのがエンヴィーで、茶髪でとろんとした目をしているのがマリアベルだ。
俺と一緒に魔物の侵攻を食い止めてくれた戦友であり、かわいい女の子に見えて王国の近衛兵顔負けの戦闘能力を持っている。
東部天領であるバルクスは、王国で最東端に位置している。
常に魔物の襲撃に晒されているこの場所は、しかしながら国防上それほど重要視されていない。
政争で負けた武官たちの島流し場所として使われているくらいだからな。
たしかに二、三年前ぐらいまでは、その認識でよかったんだけど……。
ここ数年、出没する魔物が明らかに強くなってきている。
最前線で戦う俺たちには、そのことが肌身に沁みてよくわかっていた。
最弱のゴブリンですら相当凶悪になっており、俺の目算では余所のゴブリンソルジャーくらいの強さがある。
それで問題が起こらないのは、普通の兵士たちでは手に負えないような魔物たちを、全て俺たちが間引いているからだ。
俺は自分の魔道具製作能力を全力で使い、稀少な素材を惜しみなく使いまくって大隊のみんなの装備をフルでチューンアップした。
それでハック&スラッシュを続けながら、なんとかやりくりをしてきたのだ。
完全に装備が整ったところでピークは過ぎ、最近では余裕も出てきたけど、最初はホントにしんどかった……。
こんなことになっているのはどうやらトイトブルク大森林だけらしく、他で似たような話はとんと聞かない。
もしかしたら森の奥で、何かが起こっているのかもしれない。
俺たちなしでは成り立たないであろう天領防衛の功績は、しかし決して評価されることはない。
左遷されてきた武官たちが、自分の手柄として報告しているからだ。
おかげで俺は領土を拡張できず、左遷武官にも劣る成果しか出せない非力な宮廷魔導師と蔑まれ、大隊のみんなは無能で野蛮な蛮族として馬鹿にされ続けた。
第三十五辺境大隊は、異国やかつて王国に征服された属州出身の、いわゆる二等臣民と呼ばれる者たちで構成された部隊だ。
それに女が多いというのも、嘲笑の原因の一つだったりする。
王国だと女性軍人は、百人隊長までしか昇進できないからな……。
エンヴィーの青い髪も、マリアベルの真っ赤な瞳も、彼女たちが属州出身であることを示している。
「でも『七師』であるアルノード様を追放するだなんてありえません! 上層部の脳足りんっぷりにはあきれ果てます!」
「アルノード様が他国に渡ったらどうなるのかを考えられない、無能ばかり」
「……まぁ、俺がいなくても代わりはいるってことさ。魔術学院も五つあるし、王国の魔導師は層が厚いからな」
宮廷魔導師に就くことができるのは、広大な領地を持つ王国の中でたった七人のみ。
これを通常の魔導師と区別して、『七師』と呼び表す。
この『七師』の威光は並大抵のものではなく、その名は国内外を問わず轟いている。
基本食堂なんかもタダで利用できたしな。
向こうも『七師』御用達の看板が出せて嬉しい、俺はタダで飯が食えて嬉しい。
あれは正に、両者ウィンウィンというやつだった。
まだ王都に居た頃のことを懐かしんでいると、どうもエンヴィーたちの様子がおかしい。
キマイラの軍勢に突っ込んでいく時のように、覚悟を決めた者の目をしている。
「アルノード様――実は私、辞表提出してきました」
「――右に同じ」
「冗談……じゃなさそうだな」
話を聞けば、俺の罷免に伴い第三十五辺境大隊は後方勤務にすげ替えられることが決まったらしい。
新たにやってくる『七師』とその下に付く魔道大隊がその代わりを務めてくれるようだ。
安穏とできてよさそうにも思えるが、彼女たちからすればそれが不満らしい。
俺というリーダーの下で、強力な魔物と戦う日々が、楽しくてたまらなかったんだと。
安月給で地獄のような辺境防衛をし続けているだけあって、大隊の面々にはバトルマニアの者が非常に多いのだ。
「シュウやエルルなんかも、私たちが生活基盤を整え次第合流したいと言っています。というかぶっちゃけ、辺境大隊の全員が退役希望ですね」
「だからとりあえず、クランを作ろうと思っている」
「クランか……たしかに大隊規模の人員を養っていくには、冒険者しかないだろうが」
武装集団が生きる道というのは限られている――傭兵か冒険者、もしくは仕官……この三つだ。
いつすり潰され、使い捨てにされるかもわからないような傭兵になるべきではない。
そして仕官先からは三行半を叩きつけられている。
となれば残されているのは、冒険者の道だけ。
冒険者というのは、平たく言えば戦うなんでも屋である。
雑用から盗賊退治、魔物の討伐や王族の警護まで幅広い仕事をこなす。
ランクと呼ばれる階級制度で上の方まで行けば、貴族と同等の権力を手に入れることすら可能だという。
クランというのは冒険者の一つの行動単位であるパーティーをいくつか合わせた、大所帯のことを指す。
パーティーでは対応できないような大規模な護衛や大物の討伐などを請け負う、戦闘集団だ。
そしてクランになれば、傭兵とは違い滅多なことで使い潰されることはない。
なんでも屋としてのノウハウがあるため、好きな場所で好きなように働くことができるからだ。
いざという時に他国へ出るという選択があるかどうかというのは、結構デカいのである。
「まぁお前たちなら十分やれるとは思うが……」
第三十五辺境大隊の面々は、戦闘能力は高い。
戦闘狂の脳筋集団で、すぐに前に出ては手柄を立てようとする者たちが多いのが玉に瑕だが。
エンヴィーとマリアベルは大分マシな方だが……それでも彼女たち二人だけできちんと交渉や折衝ができるとは俺には思えない。
いくら戦う力があると言えど、社会のルールというやつに縛られて力を振るう場すら奪われてしまうのではないだろうか。
魔物に一歩も王国の土を踏ませなかったことを全く評価されなかった、この俺のように……。
「それなら一緒に行くか? どうせ二人とも、俺についてくればなんとかなると思って予定とか決めてないだろ?」
「すごっ、どうしてわかったんですか!?」
「アルノード様についていけば……安心安全」
ただでさえ実力に見合わぬ安月給で扱き使われていた彼女たちが、新天地でのセカンドライフでも同じような目に遭うのを見るのは忍びない。
何度も同じ戦場を駆けているうち、彼女たちには情が湧いてしまっている。
しばらくの間面倒を見てやるくらいのことはしても罰は当たらないと思う。
一応腐っても元『七師』だし、俺を頭に立てればめったなことにはならないはずだ。
王国は腐ってるが、未だ王国の魔法技術は他国より抜きん出てる。
リンブル王国やガルシア連邦なんかに行けば、厚遇してもらえるはずだ。
――それに元『七師』という肩書きがある俺は、どうせどこでも静かに生きていくことはできない。
ならば権力者にいいように使われないよう、第三十五辺境大隊のみんなと共闘するというのはいい案だ。
気心の知れた彼女たちとなら、上手くやっていけるはずだし。
そんな風に彼女たちと一緒にいる理由を見つけてから、小さく頷く。
「よし、それなら出奔するか。どうせならどこかに腰を据えたクランになって、王国と戦う……なんてのもアリかもな」
「あはっ、いい考えですね!」
「……血湧き肉躍る」
エンヴィーとマリアベルと不敬な会話を楽しんでから、馬車に乗り込む。
マリアベルの出身は良質な馬の出るユシタなので、御者は彼女にやってもらう。
「ハッハッハ、いい馬じゃあねぇか!」
御者台で鞭を振るうと、マリアベルがいきなり豪快に笑い出した。
荒っぽい口調のまま、彼女は上機嫌に馬車を進め出す。
マリアベルは馬に乗ったり御者をすると、性格が変わるのだ。
彼女が騎兵じゃなくて、本当によかったと思う。
馬車から身体を乗り出して後ろを向けば、兵舎がどんどんと遠くなっていく。
嫌なことも色々あったが……王国は俺を育んでくれた国だ。
こんなことをされても不思議とまだ愛着は残っていて、少しだけもの悲しい気分になってくる。
プルエラ様、大丈夫かな。
怒りっぽい王太子や第二王子にいちゃもんをつけられないといいんだけど。
第三十五辺境大隊のみんな、もう少し待っていてくれ。
お前らが来てもなんとかできるよう、俺も頑張ってみるから。
できれば俺の後任の『七師』には、天領をしっかりと守ってほしいな。
……って、俺より強い奴が来るだろうからこれは要らぬ心配か。
さらば、我が半生。
そんなにいいもんではなかったが……感謝はしているよ。
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