井戸水
俺は再度『辺境サンゴ』メンバーを集め、彼女たちと一緒にダナさんの故郷の村へと向かうことにした。
彼女の証言では、水が使えなくなっているという話だが……その原因は一体どこにあるのだろうか?
ただなんにせよ……俺たちが力を貸せば、大抵のことならなんとかなるはずだ。
ダナさんはかなり疲れていたようだし、問題を解決するのなら早ければ早いだけいい。
ということで俺はダナさんを肩車して、駆けつけられる最高速度で村へと向かうことにした。
「わっ、わわわわっ!?」
ダナさんはかなり戸惑っている様子だったが、じきに慣れたようで、途中からは楽しそうにはしゃいでいた。
ちなみに道中、俺を見る女性陣の態度はかなり冷ややかだった。
「隊長、私のこと代わりに背負ってくれませんか?」
エルル、一体どうしてそうなるんだ?
大体そんなことしたら、一体誰がダナさんを運ぶんだよ。
「隊長、そいつの足を棒にくくりつけて縛ってくれれば、あとは私達が分担して運びますけど」
エンヴィー、折角の貴重な現地人にそんな失礼な態度を取るわけないだろ。
というかみんな、俺が思っていたよりも嫉妬しいなんだな。
でもそれならなぜ、『辺境サンゴ』内にいる女性陣は仲がいいのだろうか?
もしかして俺が知らないだけで、実はめちゃくちゃ陰湿な喧嘩をしていたりするのか……?
なんだか怖くなってきたので、これ以上考えるのはやめにしておこう。
俺は周囲から向けられるジト目に耐えきれず、一人爆走することにしたのだった……。
どうやらダナさんは村の中でも立場のある人間らしい。言動からはどうもそんな風には見えなかったけれど、案外わからないものだ。
村に案内され、特につっかえることもなくすんなりと中へと入っていく。
そしてダナさんに先導されて向かった先に、それはあった。
「なるほど、たしかにこれでは……」
「一目見て、まともに使えないのがわかりますよねぇ」
そこにあったのは、妙な感じのする井戸だった。
どうやらこの井戸が、ダナさんの村の水事情を支えているようだ。
試しに紐を引っ張り、桶に水を汲んでみることにした。
すると出てきた桶からは、一見すると普通の井戸水と変わらないようにしか思えない水が出てきた。
「ただこれ……多分デザントの仕業じゃないな」
「そうなのか? てっきりそうなのだとばかり思っていたが……」
「ああ、少なくともデザントが作れるような毒にこんなものはなかったはず……」
試しにペロリと水を舐めてみる。
舌に感じるのは強烈な違和感。
急ぎ吐き捨て、口をゆすいでから回復魔法をかける。
水を飲んで一息ついてから頭を巡らせる。
答えは既に出ていた。
これは別にデザントや他の現地人達の工作じゃない。
「うん、というかこれ毒でもないな」
「そ、そうなんですかっ!?」
俺の言葉に驚くのはダナさんだ。
気付けば周りにいた数人の村人達も、俺たちにすがるような目を向けている。
「この井戸水には――大量の魔力が含まれています。普通の人がこれを飲んで体調を崩したのも、間違いなく魔力過多によるものでしょう」
「魔力、過多ですか……?」
たしかに魔法に親しんでいなければ、あまり関わることのない現象だからわかりづらいよな。
簡単に言えば魔力過多っていうのは既に魔力が満タンに回復した状態で更に魔力を入れ続けることによって、身体に異常が引き起こされてしまうことを差す。
例えるなら、アルコールの過剰摂取みたいなものだ。
何事も入れすぎは身体によくないというのは、魔力にも当てはまるのである。
けどここまで魔力含有量の高い水は初めて見たな。
ここは霊峰ヌンのかなり近くにあるし、どこかで魔力の流れが変わって局所的に発生したものだろう。
「で、でもそれだと問題の解決は……」
「そうですね、今すぐ井戸水の無害化は難しいかと。多分地脈の流れが変わればまた元に戻るとは思うんですが、数年は難しいかもしれません」
「そうですか……」
悲しそうな顔をするダナさん。
どうやらこの村は彼女が長く暮らしてきた場所らしく、簡単に新天地を探そうとは思えないらしい。
……だが実は、それでも全然問題はない。
いや、下手をすればお釣りが出るかもしれない。
「水不足問題は僕がなんとかしますので、もう少し待ってもらえますか? とりあえず当座をしのげるくらいの水は僕が出しますので」
「は、はぁ……」
『収納袋』から大量の水瓶を取り出す。
ガルシア連邦にやってくるのにあたって用意しておいた俺の物資が火を噴くぜ。
「『超過駆動』クリエイト・ウォーター」
ドドドドドドドッ!
大量に水を生み出し、水瓶へと入れていく。
魔法の水は魔力で生み出された分無味無臭で若干味わいに欠けるが、そこは我慢しておいてもらいたい。
「えええええぇぇぇぇぇっ!?」
とりあえず何度かクリエイト・ウォーターを使って水を生み出していると、数十個あった水瓶が満杯になった。
「これで足りますかね?」
「た……足りますっ! これだけあれば、十分です! いただいた水が切れる前に、余所へ助けを求めに行くことだって……」
そう言って悲壮な覚悟を固めようとしているダナさん。
それも待ってくれると助かる。
今はどこでデザントの兵と遭遇するかわからないのだ、あまり無理をしてほしくない。
ちょっと工夫はいるだろうけれど……多分魔道具を作ればなんとかできるはずだから。
「自分が魔道具を作ってここの問題を解決しますので、少し身体を休めてください」
「は、はいぃ……」
何故かトロンとした目をするダナさん。
どこかから聞こえてくる、チッという舌打ち。
後ろを振り返れば、皆何事もなかったような顔をしている。
……うん、気のせいだな。
気のせい、だな!
俺は無我夢中になって、用意してきた樽に水を溜めることに打ち込むのだった……。