ダナ
ダークエルフの女性は、その名をダナと言った。
その後ろには、家名なんかは続かない。
エルフ達は名前が非常に長いのと非常に対照的だな。
エルフは自分が住んでいる里や父の名前、おまけに父祖の中でも有名な者の名前の一部がついたりするんだが、ダークエルフはどうもそうではないらしい。
「私達は皆、理由あってエルフの里を追い出された者達の末裔です。我らは新たな一つの氏族になるのだ、ということで以前それぞれが持っていた家名は捨てました。そして我らはシステナの民として協力して生きてきたのです」
ダークエルフとエルフに、種族的な差異はないとは知らなかった。
権力闘争をして負けた者達が逃げ続けた先でダークエルフと呼ばれたってことなんだろうな。
そして俺が一日歩いただけでもわかるくらい、システナの環境は過酷だ。
いくら皆が強力な魔法使いであるダークエルフ達であっても、システナで氏族単位で生きていくことは厳しかったのだろう。
故に今まであったいざこざやしがらみを捨てて、皆で一致団結してこの場所に国を作った……なるほど、美談になりそうな話だ。
さて、ここで俺たちの目的を確認しておこう。
まず最初に、俺たちリンブル側としては、連邦に負けてもらっては困る。
南からの圧力を減らして余裕ができたデザントが、リンブルが中央集権を推し進めて国力を上げるだけの間、大人しくしてくれる保証がないからだ。
そのための目的というのは、つまるところ連邦の人間の手助けである。
押し返すことまでは難しくとも、デザントがガルシアから得ようとしている利益を可能な限り削らなければならない。
そしてデザントに出血を強いさせ、傷口をつつき続け、少しでも弱めることができればなおいい。
「ありがとうございます。魔物のお肉を食べるのなんて、いつ以来でしょう……」
そういって頬を緩ませるダナさん。
その印象は、俺が持っているエルフのものと真逆だ。
エルフの奴らと来たら、頑固で、思い込みが激しく、その上自分の間違いを認めようとしない偏屈なものばかり。
ダークエルフは皆、ダナさんのようにおだやかな人ばかりなのだろうか。
周りの環境が過酷な分優しくなる……なんだか矛盾しているようだが、案外そんなものなのかもしれない。
「ダークエルフは普段何を食べているんですか? あ、こっち焼けましたよ」
「ありがとうございます……おっきいですね……」
ちなみに『辺境サンゴ』の奴らは、周りでぶぅぶぅ言い始めたので追い出した。
情報を得ようとしている時に邪魔されたら、たまったもんじゃないからな。
「お……美味しいっ!」
「あはは、お口に合ったならよかったです」
「あの、失礼ながらこのお肉は……相当高かったのでは……」
「友好を兼ねまして、ワイバーンの胸肉を使っています。自分で狩ったものなので、お金はかかっていませんよ」
「わ、ワイバーンをですかっ!? な、なんという豪傑……」
俺がどうぞ気にせずにというと、ダナさんはパクパクと食べ進め始める。
一口が小さい上品な食べ方だけど、減るペースは速い。
どうやら相当お腹が空いていたようだ。
肉串を平らげると、流石に自分ががっつき過ぎたと反省したのか、ダナさんが少しだけ恥ずかしそうな顔をした。
俯きがちになってしまった彼女から、情報を聞き出していく。
どうやら既にデザントの兵達はシステナより更に先へ進んでいるらしい。
ガンドレアを目指しているという話は本当なのだろう。
システナ側の抵抗は問題がないのかと思ったが、どうやらシステナの住民達を根こそぎ奴隷にすることで無理くり問題を解決しているらしい。
効率的なのかもしれないが……やっぱり胸くそは悪いな。
「ですがそれなら、ダナさんはなぜあれほどヌンに近い場所へ一人で居たのですか?」
「私達が暮らす集落で、少し問題が起きまして……」
システナには大きなオアシスは存在せず、そのため大規模な街は作れない。
水は水魔法使いやスコールに頼っているらしく、小規模な村々が点在するような形になっていたらしい。
そして運が悪いことに、デザントによってシステナの内部がズタズタにされている状態で村に問題が起こった。
軍の一部は未だにシステナに我が物顔で闊歩しているため、他の村との連絡は取れない。
それならばと、ダナさんは決死の覚悟で他の村へ向かっていたらしい。
ということは少なくともダナさんの村と、彼女が救援を求めに行こうとしていた村の二つが、ここからさほど遠くない場所にあることになる。
システナは砂嵐もひどく、風景も変わらないため、現地人の案内がなくては進むのに難儀する。
であれば彼女を助けて、現地人からの信頼を得るべきだろう。
方位磁針を使えば進むことはできるという事実からは目を背け、俺はそんな風に自分を納得させることにした。
「聞かせて下さい、ダナさん。もしかしたら自分に手伝えることがあるかもしれません」
ダナさんは明らかに異国人な俺の風貌を見て少し躊躇したが、背に腹は代えられないと思ったのか、ゆっくりと口を開いた。
「私達の村の水が……まともに使えなくなってしまっているのです」