次の舞台へ
ソルド殿下改めソルド王の即位式には、俺も参列することになった。
固辞しようとしたんだが、ここまで色々と功績を立てられるとさすがに呼ばないのはどうなのだという話になっていたらしいからな。
ソルド王の後ろには元『七師』がついているぞと見せるために、俺がふんぞり返る必要があるらしい。
といっても俺は貴族としての家名は捨てたため、あくまで参加するのは『辺境サンゴ』リーダーとして。
当たり前ながら、席次的にはドンケツもドンケツだ。
今もソルド王が壇上に立っているからなんとか見えるが、みんなの背中でソルド王の下半身は完全に見切れてしまっている。
「えーそれでは即位に際し祝いの言葉を……」
こういう式辞ってやつは、いかに仰々しく長ったらしく、威厳を保てるようにやれるか勝負みたいなところがある。
俺は退屈なスピーチに眠りそうになりながら、限界ギリギリで眠気覚ましを使って意識を覚醒させるということを何度も繰り返しながら時間を潰す。
さっさと終われと思うものほど長く続くのだから、時間というのはつくづく不思議なものだ。
俺があくびを噛み殺した回数が十を超えたあたりで、ようやく即位のためのあれやこれやが用意されていく。
基本的には王冠を被って終わりなんだが、その前にもやれ錫杖だとかやれ玉座の上に座ったりだとか座ったり立ったり持ったり放したりと忙しい。
そしてようやく、王冠授与を祝う他国からの祝辞が始まった。
たしかこれが終われば、そのまま即位に移るはずだ。
見たいものが近付いてきたので目も覚めてきた。
せっかくだから即位の瞬間は見逃さないようにしようとクレボヤンスでも使うかと思っていると、隣から声がかかった。
「アルノード様、お久しぶりにございます」
「えっと……誰だっけ?」
せっかくそろそろ即位が始まろうかというこんなタイミングで……と思い首を曲げてみると、そこにはちょびひげのおっさんがいた。
灰色の脳細胞を必死になって回転させて思い出そうとしてみるが……まったく上手くいかない。
誰だっけ、このおっさん……。
襟に縫われている布から察するにデザントの貴族ってことはわかるんだが……今更俺になんの用だろうか。
話を聞いてみると、どうやらデザントの第一王子派の人間らしい。
向こうでは大体の派閥争いは終わっていたはず。
第一王子であるバルド王太子とプルエラ様も、表向きは争ってはいないと聞いている。
「今回の件は、不幸な行き違いだったのです」
今回の件……というのは間違いなく、あの海戦のことを指しているだろう。
どうやら向こうの方は、事を荒立てたりするつもりはないということを伝えに来たらしい。
バルド王太子は基本的には穏健な人だ。
対外政策にもそれほど乗り気ではなかったはず。
ということは今回の一件は王であるファラド三世が仕組んだことだ……ということを、俺に伝えてきたってわけか。
もし何か起こったとしても、それは自分の責任ではないと。
賢しらな責任逃れという気がしなくもない。
けどまぁ、王太子としてはこれくらい身の保身に長けていないと生き残れなかったのかもな。
というかこうやって王太子への俺の心証を良くするってところまで含めて、デザント王の絵図な気もしてくる。
とにかくデザントがリンブルとやり合うつもりはないというのなら、それでいいだろう。
あ、そうだ。
向こうがリンブルに、というか俺に対して友好的だというのなら、一つ聞いておきたいことがある。
どうせ数日したら伝わることだろうし、そんなに出し渋られることもないだろうし。
「一つ聞いてもいいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか」
「ガルシア連邦との戦争は小康状態と聞きましたが……具体的にはどうなったのでしょう?」
「……ああ、そのことですか。やはり気になりますよね、気持ちはわかります」
おっさんの態度は不自然なほどに明るい。
その浮かれている様子を見て、俺は事態が思っていたより悪いことを察した。
何もかも思い通りに進むほど、世の中甘くはないようだ。
「実はガルシア連邦のうち二国まで落としました。そう遠くないうちに、ガンドレア火山国の地をデザント兵が踏みしめることになるでしょう。連邦との戦争は既に益より損の方がはるかに多いですからね、さっさと帷幄を畳んでしまおうということらしいですよ」
その言葉の意味を噛み締めているうちに、気付けば即位は終わってしまっていた。
ここに前王は退位し、ソルド王はリンブル国王リンドル三世として即位することになる。
ソルド王の即位によって、リンブル内でのごたごたは一応の解決を見せた。
けどアイシア殿下率いる地方分派との戦いのうちに、どうやら世界情勢は大きく動いていたらしい。
連邦とデザントの戦争が終わってしまうのは、リンブルにとって間接的な負担になる。
また、デザントが勝利してしまうようなことになれば、連邦にいる亜人達はデザントで奴隷という資源として扱われることとなる。
戦争の赤字を埋めるため、デザントはありとあらゆる手を使って奴隷を金品に変えることになるだろう。
今俺やらなければと思っていることがある。
それはトイトブルグ大森林の魔物の氾濫の原因を突き止めること。
そのために『辺境サンゴ』なしでリンブルが回るように色々と手を回し、そろそろ着手はできそうなタイミングまで来ていた。
けれどここに来て、連邦が危機となったのならまた優先順位は変わってくる。
間接的とはいえ、大恩あるリンブルの危機を見過ごすわけにはいかない。
それに俺は元『七師』であるがゆえに、魔道の深淵を覗こうとするエルフ達や魔力含有金属を精錬する亜人達と協力関係だったこともある。
彼らがデザントに食い物にされかけているというのなら、それを助けたいと思う自分もいる。
それなら次の目的地は、決まったな。
俺達『辺境サンゴ』は――ガルシア連邦に出向く。
そしてデザントの侵略から彼らを守るのだ。
出るのは速ければ速いだけいい。
俺は早速ソルド王に連絡を取ることにした。
ソルド王は即位式が終わり王となったことで、以前のようにアポなしで会うことはできなくなってしまっている。
けれど『通信』の魔道具さえあれば、そういった問題はないも同然だ。
俺はパパッと連絡を取り、好きにしろと言いながら苦笑するソルド王の言葉を額面通りに受け取り、好きにすることにした。
各地に散らばっている『辺境サンゴ』メンバー達に各自で向かうよう告げながら、俺達一行はガルシア連邦へと向かう。
俺達『辺境サンゴ』に本当の安穏が訪れるのは――どうやらまだまだ先のことらしい。
これにて第三章は終了になります!
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