炎
「……よし、侵入は問題なく成功したな」
「はい、特に誰かに気付かれた様子もありません」
スチャッと音もなく飛び降りてくるエルルに頷いてから、俺達は周囲の様子を窺う。
当たり前だが、バカ正直に正門からディカンティウムに入るわけはない。
俺達は城壁を強引に上ることで、街の中へと潜入を果たしていた。
ちなみに壁を垂直に上っていく方法は非常に簡単だ。
まず気力なり魔法なりで身体能力をしっかりと強化する。
そして次に足を出す。
したらば出した足が下がる前に、逆の足を出す。
これを繰り返すだけで、どんな悪路だろうが水の上だろうがらくらく踏破できるようになる。
「とりあえず貯蔵庫へ向かうぞ、まずは穀物を焼きに行く」
「……いいんですか?」
「飯がなければ兵隊は動かない。穀物さえなくなれば、行軍するなんてバカなことを考えるやつもグッと減るはずだ」
まず最初に向かうのは辺境伯の一人息子のジョット――のところではなく、このディカンティウムにある穀物の貯蔵庫だ。
兵士達の気運を挫かないことには、無用の犠牲が出かねないからな。
できれば食い物がない段階でこんなバカなことをやめてほしいところだが、先の見えないジョットが何をするかは悪い意味で想像がつかないので、そのまま彼が住んでいるであろう場所を目指すことにしよう。
あ、ちなみに当たり前だが兵達を飢えで殺すつもりはまったくないぞ。
貯蔵庫を燃やすのはあくまでパフォーマンスで、視覚的な意味合いがほとんどだ。
もし食べ物が足りないってなったら、俺の『収納袋』が火を噴くぜ。
「ふあああぁ、暇だなぁ……」
「まったくだぜ、もし何かあれば連絡が来るだろうしさ。そもそも誰かがここに来るまでに、絶対に衛兵には見つかる。俺たちはただここでぼうっと立ってりゃいいのさ」
「違えねぇ」
貯蔵庫の唯一の入り口を守っているのは、しっかりとした甲冑を身に纏った男たちだった。話している内容がかなり俗っぽいし、立ち振る舞いも騎士としては少々粗忽に過ぎる。
いや、衛兵に見つからずに俺たちは来てるがな、と内心でツッコミながら、とりあえず聴力を強化したままで盗み聞きを続ける。
「しっかしジョット様もどうしてこんなことをなさるのかねぇ」
「なんでも秘策があるとかいう話じゃなかったか?」
「はえぇ、お貴族様の考えることはよくわからんなぁ」
秘策……っていったいなんだろうか。
もしかすると起死回生の何かがあるんだろうか。
もしそれが、海上経由でのデザントの兵力移動だと少々マズい。
あまり時間をかけている余裕はないかもしれないな。
「腱を斬る程度ならしていいが、不殺でいく。こんなことで兵士達の命を費やすのは馬鹿馬鹿しい」
「「「了解っ!」」」
闇夜に紛れながら駆ける。
距離が近くなると、さすがに向こうもこちらの存在に気付いた。
「なっ、侵入者っ――!?」
「悪く思わないでくれ」
手刀を首の裏に当て、衛兵の意識を奪う。
俺たちは穀物を焼き払うべく、侵入作戦を開始した。
そして中にいた兵士達を全員倒してから外に運び出し、焼くのはしのびなかったので全部『収納袋』に入れてから貯蔵庫に火をつける。
こうして貯蔵庫は燃え、ただでさえ低かったジョットの求心力は更に低下した。
それから潜伏すること一日ほど。
街の反ジョット気運が高まり、兵士達がそれを鎮圧するかしないかというタイミングで俺たちは動き出すことにした。
狙いはもちろん、ジョットが仮住まいにしている屋敷だ。
よくわからない秘策とやらが発動する前に、なんとしてでも勝負を決めきりに行かせてもらおう――。
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