腹案
「いったい何故そんなバカなことを……アルノード殿がいなければ、魔物を抑えられないだろうに」
「俺の後釜に『七師』になった男は、強力な火魔法の使い手なんだと。王国は層が厚いので、俺一人がいなくなっても問題はないのさ」
実際問題、デザントからすれば俺の存在は居ても居なくてもさほど変わらない。
魔法学院が五つもあるから、人材も育ちやすいし。
特待生制度で発掘される奴らも多いからな。
そう遠くないうち、俺レベルの奴は出てくるだろう。
……自分で言ってて悲しくなるがな。
まぁ色々と魔道具はまだ残っているし、バルクスの防衛自体はさほど難しくはないだろう。
魔物が嫌がる臭いを出すポプリの作り方も、大隊のみんなには教えたし。
あ、でもあいつら……全員後方勤務になったとか言ってたな。
『幻影』や『認識阻害』の魔道具なんかは定期メンテをしないとすぐ使えなくなるが……大丈夫だろうか。
――いや、俺をクビにしたってことは問題ないんだろう。
みんな元気にしてるかな。
……いかん、なんだか少しノスタルジックな気分になってきた。
「デザントの層は厚いのだな、アルノード殿でさえ代わりが利くとは……」
どうやらサクラは相当なショックを受けているようだ。
たしかに魔物に寸土も領地を冒させていない俺が、自分で代わりなんぞいくらでもいると言ったら衝撃も受けるか。
リンブルの状況を見ている感じ、魔法技術がよそより数十年進んでいるというデザントの魔導師たちが言ってたことは、どうやら当たらずとも遠からずっぽい。
……間違いなく、このままだとリンブルはデザントに飲み込まれるよなぁ。
連邦との戦争が一段落して『七師』を三人とか派遣されたら、この国が勝つビジョンが見えない。
そしたら俺はまた、安住の地を探さなくちゃいけなくなるのか……。
「ま、まぁ仮にも『七師』だったから、そう簡単に戦力が埋まるわけではないと思うけどな。自画自賛してるみたいだが、俺の受け持ちの大隊のメンバーはみんな一騎当千の猛者揃いだぞ。今一緒に行動してるエンヴィーもマリアベルも、単独で龍種を倒したドラゴンスレイヤーだし」
「ド、ドラゴンスレイヤー!?」
「そんなに驚くことじゃないと思うが……」
龍にはいくつかのランク分けがされている。
具体的に言うと、亜龍・下位龍・中位龍・上位龍・長命種の五つだな。
龍たちからすると仲間ではないらしい亜龍、ワイバーンなんかのギリドラゴンに入る下位龍、天竜のような強力なブレス攻撃を放つ中位龍、名前を持ち何百年という時を生きる上位龍、噂では不滅らしい長命種という感じだ。
龍種でも下の方のワイバーンとかだと、毒の尾と急降下噛みつきくらいしか攻撃手段がないので、わりとあっさりと倒せたりする。
亜龍だろうが龍を倒せばドラゴンスレイヤーを名乗っていいので、この称号を名乗ること自体はそれほど難しくない。
下りてきた所に攻撃を当てられる奴らなら、割と問題なくいけるし。
亜龍や下位龍あたりなら、多分大隊のメンバーの戦闘員たちなら問題なく倒せるだろう。
トイトブルクにはほとんど生息していないから、見たことある奴の方が少ないだろうけど。
「ドラゴンを……倒せるのか?」
「上位龍になると、さすがに力を合わせないと厳しいけどな。大隊全員分の装備をゴリゴリに揃えればなんとかって感じだな」
「その口ぶりだと、中位なら単独でもいけるのか……。王国軍なら千人規模で討伐にあたる難敵だというのに……」
本当にヤバいのは中位以上の遠距離攻撃のできるブレス攻撃を持つ奴らだ。
まぁあいつら人間より頭いいらしいし結構分別もあるから、戦うことは滅多にないけどな。
人間が中位以上の、いわゆる純龍を倒すためには、あの手この手を使わなくちゃいけない。
一番楽なのは空を飛んだり駆けたりする魔道具を使うことだが、こういった物理現象をねじ曲げる魔道具は、尋常じゃない量の魔力を食らう。
空気を足場にして空を駆ける空歩も、使い続ければガス欠になるほどに気力の使用量は多い。
そのため中位以上の龍を倒せるのは百人隊長クラス……つまりエンヴィーやマリアベルたちくらいしかいない。
大隊で挑めば倒せるだろうが、間違いなく犠牲は出るだろう。
だからたまに出たときは、基本は俺が一人で倒していた。
「凄まじいな……それほどの人材を手放せるとは」
「俺は得難い人材だと思っているが、上が欲しがる人間と有能な奴らは違うからな」
属州出身の兵は出世が途中で止まったり、こびへつらいばかりが上手い貴族のせいで戦果が正式に認められなかったり……デザントの上層部は歪んでいた。
下手に余力がある分、上の人間が私腹を肥やしたり、派閥争いばかりしている。
『七師』が他国にガンガン派遣されないのも、宮廷事情なんかの割合が結構高いと聞いている。
まぁ癖が強すぎてまともに統制が利かないから、むやみに動かすことができないというのが一番の理由なんだけどな。
サクラはリンブルを情けないと言っていたが、上の腐り具合ならデザントだって負けてはいない。
というかオウカやサクラを見ている限り、リンブルの方がずっとまともだと思う。
「ありがとう、アルノード殿。あなたが来てくれたのは正しく天佑だった。少しばかり時間はかかるだろうが、いずれ正式な形で礼をさせてもらいたい」
「アルスノヴァ侯爵からの礼か……」
俺は元『七師』であり、リンブルからすれば喉から手が出るほど欲しい、先進的な魔法技術を持っている人間だ。
今後のことを考えれば、礼も相当なものとなるのは間違いない。
問題があるとしたら、謝礼を受け取ったことで、俺がアルスノヴァ侯爵の王党派だという印象がつくことだろうか。
以前サクラに説明された三つの派閥を思い出す。
王党派、地方分派、そして中立派……リンブルに根を下ろすのなら、どこかの派閥に属さなければいけなくなる。
その中で肩入れすべきは、間違いなく王党派……うん、考え直しても結論は変わらないな。
地方分派が勝利し、各領地貴族たちが好き勝手やるようになれば、まず間違いなくデザントの食い物にされて終わる。
デザントがそう簡単に戦争に踏み切れないよう、リンブルは王の下で挙国一致体制を築く必要があるだろう。
それができるのは、王党派だけのはずだ。
「ありがたく受けさせてもらおう。領都グラウツェンベルクへ行けばいいか?」
「そ……そうか、ありがとうアルノード殿! うん、きっとそうしてくれると父上も喜んでくれるはずだ!」
サクラは俺がどういう意味を込めて言ったのかを理解し、弾けるような笑顔を見せた。
キリッとした麗人のサクラも、笑うとめちゃくちゃかわいいな……いかんぞ、クールになるんだ、アルノード。
これからの俺の身の振り方は、そのままエンヴィーたち元大隊のメンバーたちに関わってくる。
下手だけは打たないようにしなくちゃいけない。
「礼の内容は、ある程度こちらで指定できたりするか?」
「それはもちろんだ。次期当主であるオウカを賊から助けてもらったのだ、あまり無理さえ言わなければ大抵のことは叶えてもらえるはずだぞ」
「そうか、それなら俺が欲しいのは――」
俺はサクラからリンブルの話を聞いてから、温めていた腹案を提案することにした。
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