変化
「私に……考えがあるの……」
「ちょっとエルル、大丈夫なの……?」
エンヴィーたちの前に現れたエルルの姿は、幽鬼のようだった。
アルノードに見られるかもしれないといつも香油で丹念にセットしていた髪は見るも無惨な様子になっており、手櫛をすれば間違いなく途中でつっかえるそうなほどにガビガビになっていた。
そして目は充血しており、存在感がどこか希薄になっている。
このまま放っておけば、どこかに行ってしまうのではないか。
エンヴィーたちがそんな風に思えるほどに不安定そうな様子だ。
エルルの元気が最近ないのは、無論アルノードが色々なメンバーと交流を持ち、時には朝帰りをしたりするようなことも増えてきたからである。
もしかしたらアルノードは既に誰かと……そう考えるだけで、エルルの活力はみるみるうちになくなっていた。
恐らくこのガードナーに来た『辺境サンゴ』のメンバーの中で、一番元気がなくなったのが彼女だろう。
アルノードが見舞ってくれる時には化粧をしたり、回復の魔法を使ってもらい体調を戻したりするのだが、それが終わればすぐこの状態に戻ってしまうのである。
毎日部屋の中に引きこもっており、部屋からは時折すすり泣くような声が聞こえてくる。
女の子の中には、定期的に精神が不安定になる者もいるというが、エルルは正にそういうタイプであった。
もっとも、エルルのメンタルの上下が激しいことはみな承知しているため、そこまで心配はしていない。
彼女たちはエルルの精神が、アルノードと関わっている限り、どんな状態になっても持ち直すことを知っているのだ。
やってきたエルルは……一見すると前までと様子は変わらない。
けれど彼女に詳しい者の何人かは、その目が普段よりも輝いていることに気付いていた。
「このままじゃマズい……だったら状況を、変えてしまえばいい」
「……どういうこと?」
「簡単な話よ。アルノードさんにその気がないのなら、その気にさせてしまえばいいというだけの話」
ドスンッ!
エルルは何かを、机の上に置いた。
みながその音に驚き、そしてその物を注視する。
そこにあったのは――何やらドロドロとした液体の入っている瓶だった。
「シュウに作らせたわ」
「これ、何?」
「媚薬よ」
「「「媚薬っ!?」」」
ごくり……とみなが唾を飲み込む。
媚薬と聞いて皆が想像するものは二つある。
すなわち性欲を爆発させるものと、純粋な好意を爆発させるもの。
みながどちらを想像したのかは、その顔に浮かんでいる表情を見れば察することができるだろう。
(ごくり……あれを飲ませたアルノードさんと強引にことに至ってしまえば……あとは責任感の強い彼のこと、責任を取ると言って娶ってくれるはず……)
(あれを飲めば……私のこと、好きになってくれるかな)
(もしそんなものがあるならぁ、私にだってぇ……)
みなの目の色が変わったのを見てから、エルルが頷く。
そしてドスンドスンと、『収納袋』から新たな媚薬を取り出していく。
全てを出しきった時、そこにはここにいる者達全員に行き渡ってもなお余るだけの量があった。。
「媚薬、と言っても別にそこまで効果が高いものじゃないらしいの。飲んでから見た女の子が、いつもより少しだけ魅力的に見えるとか、それくらいの効果しかないらしいわ」
シュウのケツを叩いて作らせたわ、というエルルの言葉を聞いても、みなは顔色一つ変えない。
「こんなもののために研究時間を削られる僕の身になりなよ……」
とぼやいていたシュウに賛同してくれる人間は、少なくともこの場には一人もいなかった。
媚薬の効果はそれほど高くない?
――それで一向に構わない。
というか、それだけの効果があるなら十分だ。
みなの顔は百の言葉よりも雄弁に、そう語っていた。
「私は……できればアルノードさんには、私に振り向いてほしい。でもこの際だから……言っちゃうんだけど。もしアルノードさんが私を選ばなかったとしても、せめてエンヴィーたちの中の誰かと付き合ってほしいの」
「エルル……」
「それなら同じだけの時間を費やした私も、諦めがつくから……」
「エルル、そこまで……」
「それに一人に手を出せば、あとはなし崩し的な感じでなんとかなりそうな気がするから」
「ちょ、ちょっとエルルッ!?」
それだけじゃないの、とエルルは更に『収納袋』から何かを取り出す。
そこにあったのは――水着だった。
「アルスノヴァ侯爵の持っている別荘を借りさせてもらうことにしたわ。近くには川があって、泳げる。山もあるし、釣りもできて楽しさ倍増」
「楽しさ、倍増っ――!!」
エルルとしても、本当はアルノードのことを独り占めしたかった。
けれどもうそれは無理だと、ガードナーに来てから彼女は気付いた。
いや、違う。
今まで気付かぬふりをしていたそれに、ようやく向き合うだけの決意がついたのだ。
だから彼女は自分だけではなく、自分たちの力を合わせてでもアルノードを射止めようという決心をした。
そして――。
キュッと握られた手には、もう一つの瓶が握られている。
それはここにいないとある人のためにとっておいた、最後の一瓶だ。
エルルもまた、変わり始めていた。
誰もがみな、変化している、変化を求めている。
はてさて、エルルたちの企ての結果やいかに……。
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