救いの手
日間ハイファンタジー8位になれました!
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【side オウカ】
私――オウカ・フォン・アルスノヴァ=ベッケンラートは昔から父に色々なことを教わってきた。
領民を家族のように慈しむこと。
領民を守ることもできない人間に、家族を守ることなどできるはずがない。
領地を富ませるために己を殺すのが、王国貴族としての宿命だということ。
宮廷での立ち回りや、望まぬ婚姻、暗闘に賄賂、そして密通。
清濁併せ呑み、善悪の区別もなく必要なことをやり続けられる人間が貴族として天寿を全うすることができる。
そしてどれほど辛い目に遭おうが、誰かを憎んではいけないということ。
自分が不幸な目に遭ったとしても、この世界のどこかには私よりもずっと不幸な人間がいるのだからと。
けれど我が身に降りかかったこの不幸を思えば……この教えだけは守ることはできそうになかった。
私は今日も、自分の未熟さに歯噛みしながら不自由だらけの生活を送る。
どこかもわからない洞穴の中に、私は幽閉されている。
日の光を浴びていないせいか、どれほどの時間ここで過ごしたのかもわからない。
体内時計が狂ってしまっているのだろう。
幸いというかなんというか、三食の食事は出してもらっている。
今は十回目の食事を終えたところなので、洞穴生活は四日目ということになるのだろうか。
「姫様、ご機嫌はどうかね」
「もちろんサイアクよ。今すぐ出してくれないかしら?」
「がっはっは、そりゃ無理だ! 飯は食わせてるんだからそれで我慢しとけ!」
私は気付いたときには、この場所に囚われていた。
お姉様と楽しく街ブラをしていたはずなのに、気付けば意識を失っていて、目を覚ましたときにはこの殺風景な檻の中にいたのである。
私を捕らえた者が、今こうして話をしている眼帯の男だ。
その名前をゲイリーというらしい、皆からはお頭と呼ばれている。
彼の後ろには数人ほど、別の男たちが控えている。
みな黒いボディースーツのような服を着用しており、髪は短く刈り上げられている。
その漂ってくる雰囲気から察せるが、間違いなく裏の道に通ずる者たちだ。
多分薬か何かで眠らされたんだと思う。
こういう手合いは、そういった物に通じているだろうし。
「まだここを出ないの?」
「もう少ししてから、馬車を使って輸送する。だから今は待機だ」
乱暴な言葉遣いに、何一つへりくだっていないその態度。
私、というか貴族のことをなんとも思っていないのだろう。
正体はわからずとも、目の前の男の上にいる人間の目星はついている。
恐らくは第一王女派の誰かだろう。
描いている絵図もある程度は想像がつく。
次期当主である私をどこかに降嫁させてから、弟のティンバーに爵位を継承させる。
そしてうちがごたついている間に動くつもりなのだろう。
何をするかまでは、さすがにわからないが。
(お姉様は……今頃私のことを探しているのでしょうね)
少し目を離した隙にいなくなった私が悪いというのに、きっとサクラ姉様は全てを自分のせいだと思い自責の念に駆られているだろう。
今も胸を痛めている姉を思うと、情けない気持ちでいっぱいになる。
恐らくこの場所は、山賊の隠れ家か何かだったのだろう。
上手く隠蔽されている場所だろうから、見つけることも難しい。
移動の手はずを整えているということは、私をバレずに他領へ連れこむ方法も用意しているということ。
(もしかするともう、お姉様には……)
いたたまれない気持ちになり、ここ数日感じていなかった悲しみがこの身を襲う。
泣きたくなるのをグッとこらえ、歯を食いしばる。
スッと目じりを擦って上を向く。
涙の雫になる前に、瞳の潤いを指先で受け止めた。
貴族は人前で泣いてはならない。
これもまた、父から教わった教訓の一つだ。
「おお、おお、健気だねぇ! どんだけ願っても麗しのお姉様は助けには来ないだろうけどよ!」
「お前に――お前にサクラ姉様の何がわかる!」
「ここは防護結界を張り、外界と隔絶してある。どれだけ気力探知が使えようがこの場所は見つからねぇさ。おまけにちょうど数日前に盗賊が完全に根絶やしにされたばかりのここに来る奴はいねぇ」
防護結界は、結界魔法によって張られる物理・魔法障壁のことを指す。
魔法の熟練度によって結界の強度や効果は変わってくるのだが、一般的な捜索方法である気力探知を防げるクラスの魔道具ではあるらしい。
となれば間違いなく、デザント王国産。
もしかするとリンブルだけじゃなく、デザントとも関係があるというの……?
「この仕事が終わりゃあ……人さらいでもするか? 完全防音でなんでもやり放題とか、最高じゃねぇの!」
「ひゃっほう、さすがお頭! 俺たちとは頭の作りがちげぇや!」
猿のように盛っている男たちが私の方を下卑た視線で見つめてくる。
彼らを黙らせたのは、お頭のゲイリーだった。
とりあえず依頼を完遂するため、私に手を出すつもりはないらしい。
他の者たちもゲイリーの射すくめる視線で、顔を青くしてしまっている。
……なんにせよ、この場所にいる限り私を見つけてもらうのは不可能ってことね。
あとは移動の最中に、なんとしてでも狼煙の一本でもあげるしか……。
自決するための毒は、既に奪われてしまっている。
けれど私は、そもそも死ぬつもりはない。
なんとしてでももう一度、お姉様と――
バツンッ!
「何の音だ!?」
「ゲイリー様、結界が――」
「なんだと!?」
いきなりの破裂音に面食らっていると、男たちが慌てている様子が見えている。
正体は不明だが、何者かが結界を破ったらしい。
もしかしてお姉様が――いや、それはないなと即座に否定する。
お姉様は『聖騎士』としてはまだ新人も新人。
それにあの人は細かな魔法より、ドカンと威力のある方を好むタイプだから。
でもそれなら、いったい誰が――。
「結界強度は六前後。『絶対結界ムテキマン』でも使われたら厄介だったが、この程度で助かったよ。『七師』の徒弟の作った試作品あたりだろうな」
「誰だっ!?」
ザッザッと、地面を踏みしめる音がする。
洞穴は陽光が入ってこない作りになっており、内部を照らしているのは弱々とした蝋燭の光だけ。
目を凝らして見ていると……大きな影が一つ現れる。
誰何に答えるように現れたのは、一人の男だった。
ローブを着ており、その内側には革鎧のようなものを着けていた。
一見するとなよっとしており、人当たりのよさそうな見た目をしている。
その手には剣が握られているが、まったく物騒な感じがしない。
まるで街中を散歩しているような気軽さでこちらへ近付いてくる。
だがこんな剣呑な場所でそのような雰囲気を維持できていること――それこそが、何よりの異常だった。
「俺はアルノード、流れの銀級冒険者だ」
「チッ、まともに答える気はねぇってか――やっちまえ!」
それは正しく――蹂躙だった。
まるでドラゴンがゴブリンの巣をつつくように、天高く駆けるペガサスがスライムを踏み潰すように、圧倒的な強者が弱者を容赦なく倒していく。
圧倒的な強さを持つ彼の剣閃は、私にはまったく見えない。
腕が飛び、首が胴体から離れ、臓物が腹からこぼれ出てくるのを見て、ようやく斬っていたということがわかる。
「なっ、なんだてめぇは!?」
先ほどまで私をイジめて楽しんでいたはずのゲイリーの立場は、今や逆転していた。
今は彼が、狩られる弱者になっている。
「身体強化、防御強化、速度強化!」
ゲイリーが自分に何重もの魔法をかけていく。
その最中、やって来た男が襲いかかることはなかった。
どうしてかしら、まるで何かを待っているような――。
「助けに来たぞ、オウカ」
「お、おね――」
「しっ、静かに。あの人が敵の目を引き付けてくれているうちに」
いきなり目の前にお姉様の姿が現れる。
おかしい、先ほどまでいなかったはずなのに……。
よく見ればお姉様は、肩に何か紫色のマントをかけていた。
姿が見えなかったのは、恐らくはあれの効果だろう。
『隠蔽』か『幻影』の魔道具だと思うけど……まったく見えないなんてことがあるのかしら。
――きっと衝撃的すぎて、私が見過ごしてしまっただけね。
お姉様は何かを取り出し、私の入っている檻の鍵穴に入れた。
お菓子か何かのようだったが、それが入った瞬間にカチリと音が鳴り解錠される。
これは――『解錠』の魔道具!?
話に聞いたことはあるけど、どうしてお姉様がこれほどのものを――。
――アルノードと名乗っていた彼の手引きだと考えるのが自然だ。
恐らくは結界を破ったのも、サクラお姉様を連れてきたのも、魔道具を貸し与えたのも、そして今こうやって私が逃げるまで注意を引いてくれているのも彼。
まさか本物の『七師』のアルノードのはずはないけれど……なんにせよ、あとでお礼を伝えなくちゃ。
「オウカ、かがんで」
「はいっ」
サクラお姉様のマントを、二人でかける。
一人用なので小さかったが、元が男性用だからか、くっつけば問題なく入ることができた。
すると紫色だったはずのマントが、スウッと周囲の景色に溶け込んでいく。
これは……『透明化』だ。
認識を誤魔化す『隠蔽』や偽りの景色を見せる『幻影』よりも、魔法の難度は高かったはず。
アルノード……本当に彼はいったい、何者なのかしら。
顔を上げお姉様を見ると、ジッと戦いの様子を見つめていた。
その横顔は、普段より少しだけ赤く見える。
ま、まさかお姉様――い、いけません!
ああもう、声を出したいけど出せないっ!
もどかしく思いながら、そろりそろりと三日もの時間閉じ込められてきた部屋から抜け出すことに成功する。
去り際にちらと見てみると、アルノードが最後の一人、ゲイリーの右腕を斬り飛ばしたところだった。
アルノードはちらっとこちらを見ていた。
どうやら『透明化』の魔道具も、彼には意味をなさないらしい。
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