謎の男
日間ハイファンタジー9位!
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【side ???】
私――王国第一騎士団序列第四位、サクラ・フォン・アルスノヴァ=シグナリエはリンブル王国において数少ない『聖騎士』の名を冠することを許された人間だ。
優秀な者達がより抜かれて集められる王国第一騎士団の中で高い序列を保持することは並大抵のことではない。
ただ剣の腕が達者で、戦場で活躍できるというだけでは『聖騎士』にはなれない。
白兵戦だけではなく遠距離からの魔法や支援としての回復魔法や強化魔法なども使いこなし、部下の騎士団員をきちんと統制し、有事の際は統率してみせなければならないからだ。
『聖騎士』とは一定以上の魔法の練度を持つ、魔導騎士でもある。
魔法の修練に必要な物は一に血統、そして二に教育である。
各種魔法を使いこなせる私は、その名前からも察することができるように名家であるアルスノヴァ家の生まれであり、しっかりとした教育を受けて育ってきた。
いずれはアルスノヴァ家で代官をこなし、領地の一つでももらい受けようと思っている。
そんな風に順風満帆に生きていた私は今、かつてないほどの窮地に立たされていた。
デザントと条約の締結が成り紛争問題が解決した現状、リンブルは小康状態にある。
政情には暗雲が立ちこめてはいるが、内戦が始まるほどではない。
『聖騎士』である私の業務も減り、仕事内容も国内で起こる些細な問題の解決ばかり。
国からはこの機会にと休暇の許可が下り、半月ほどの短い期間ではあるが、生家であるアルスノヴァ家へと戻ることになった。
久方ぶりに慣れ親しんだ空気を楽みながら家に帰ると、現アルスノヴァ家当主である父から、領地の視察をする次期当主である妹のオウカへの随行を命じられる。
特にやりたいこともなかったので、休みの期間中ならばと了承し、久方ぶりの姉妹団らんを楽しむこととなった。
そこまではよかったのだ。
だがそこで事件が起きた。
オウカが突然、失踪してしまったのだ。
彼女は元から活発で、少し目を離せばどこかへ行ってしまうようなお転婆娘だった。
そのため父から借り受けた騎士団員を監視に貼り付けていたのに……彼女はそれすらも抜けてどこかへ抜け出してしまった。
隠蔽の魔法でも使ったのかと思うほどの凄技だ。
誰かに誘拐されてしまったのかもしれない。
オウカが行方不明になったのは、私の監督不行き届きである。
次期当主であり、正妻の娘であるオウカに万が一のことがあれば、私は詰む。
第一騎士団で出世の道が絶たれるだけではない。
側室である母の家内での立場もなくなり、領地から追放に処されるような可能性さえあるだろう。
だがそんなことはどうでもいい……いや、どうでもよくはないが。
何より私が一番案じているのは、オウカの身の安全だ。
色々と面倒をかけさせられもするが、オウカは私のかわいいかわいい妹だ。
その身にもしものことがあればと思うと、身震いせずにはいられなかった。
捜索隊を結成し、必死になってその行方を追い続けているが……結果は芳しくない。
オウカの姿が忽然と消えたガードナーの街で、聞き込みを続けるも、手がかりは何一つ手に入らなかった。
捜索は既に三日目に突入しているが、状況は変わっていない。
街の出入りには目を光らせてもらっているが、情報は何一つ入ってはこない。
やはりもう、ガードナーにはいないのだろうか。
(まずい、このままでは……)
頭の中によぎる暗い想像を振り払いながら聞き込みを続けていた時のことだった。
「何かお探しですか? 微力ながら力を貸しますよ」
「――実は尋ね人が居るのだ」
私は声を上げそうになるのを必死で抑えながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
自分に言い聞かせなければ、声もうわずってしまっていただろう。
(こいつはいったい、どこから現れたのだ!? これほどの距離に近付かれるまで、その存在に気付かないとは……)
自慢ではないが、私の感知能力は高い。
お前の気力感知は王国でも五指には入るだろうと、団長に太鼓判を押されたこともあるほどだ。
王国でも有数の力を持つ私の警戒を掻い潜り、後ろに立つ。
そんなことができる人間が、このガードナーにいるとは思っていなかった。
もし相手が敵対的な人間だったのなら、私は既に死んでいただろう。
「失礼しました、私はアルノード。現在は銀級の冒険者をやらせてもらっています」
「――サクラだ、見て分かる通り王国で騎士をしている。アルノードは冒険者だったのか。……いきなり背後に立つのはやめてほしい、心臓が飛び出るかと思ったぞ」
「それはすみません。自分の方も慣れない騎士様と話すので、少しばかり気持ちが浮ついていたのやも」
アルノード……いや、まさかな。
彼が緊張しているようには見えなかったが、黙って首肯しておく。
これほどの男が私に話しかけてきたことには何かがあるかもしれないが、現状では背に腹は代えられない状況だ。
たとえ裏があるとしても、実力者の手はどんなものであっても借りたいのが正直なところである
銀級にもなれば、私が着けている鎧がマジックウェポンであることは察しがついているはず。
それだけの物を持てる人間だとわかっても態度は何一つ変わらない……それだけの大物ということか。
冒険者をやっているあたりは、訳ありなのだろうが。
「探しておられるのは、どのような御方なのでしょう?」
「特徴はここに書いてある……消息不明の私の妹だ」
私の手に握られているのは、外見的な特徴の記されたペラ紙だ。
下の方には、絵師に頼んで描かせた似顔絵がある。
だが男――アルノードはそれをちらと一瞥しただけで読み込もうとはしなかった。
彼は指を立て、
「その人の魔力の残滓……いえ、その人が使っていた物品はありますか? 使い続けていればいるだけいいです」
「……使っていた物か? 長年使い続けていたものとなると――少し待っていてくれ」
一度宿泊している宿に戻り、言われた通りの物がないかを探す。
オウカが道中使っていた、アンガータートルのべっ甲で作った櫛が目に入る。
これは――今から五年ほど前に、私が彼女へ誕生日プレゼントとしてあげた物だ。
どんどんと新しい物を買い、お金を消費して経済を回すのも貴族の責務の一つだ。
だがオウカは私があげたこれだけは、長年手放さずにいたのだろう。
使い続けていたことを示すように、その櫛は買ったばかりの頃より光沢を増しており、そして歯の部分が少し削れていた。
――気付けば強く拳を握っていた。
歯を食いしばりながら、そっと櫛をハンカチに包み、ポケットの中へと入れる。
「――とうとう私も、焼きが回ったのだろうか」
大通りへ戻る最中、自嘲の笑みがこぼれてくる。
何に使うかもわからないというのに、言われるがままにオウカの物を漁るなどと。
名高きリンブルの『聖騎士』が、銀級冒険者の言うことを鵜呑みにするとは。
それだけ自分が追い込まれているということか。
藁にも縋るとは、正にこういうことを指すのかもしれない。
「オウカが使っていた櫛だ。数年間は使用していたはず」
「ありがとうございます」
去る前と同じ場所に立っていたアルノードへ櫛を手渡す。
何に使うのかを確かめるため、目を皿のようにしてその一挙手一投足を観察することにした。
アルノードの佇まいに、何一つおかしなところはない。
敵対的な態度を取られているわけではないし、むしろ彼は私に対し努めて友好的であろうとしている。
だが……全く、寸分も隙がない。
『聖騎士』として生きてきた私には、アルノードの所作は武人のそれだということがわかる。
銀級程度に後れを取るはずはない。
しかし、どうしてだろう。
彼と戦って勝つビジョンが、今の私には見えなかった。
アルノードはそっとハンカチをめくり、そして何やら小物入れのようなものを取り出した。
上に緑色の袋があり、その下に紫色の長い取っ手が付いている。
緑色をした魔物があんぐりと口を開けているようだった。
こんな奇っ怪な道具は、見たことも聞いたこともない。
ひょっとして私は、謀られたのかもしれない。
「それはいったいなんなのだ?」
「とある魔物の素材で作った魔道具です、対象の魔力を感知してその場所を割り出すために使います」
「居場所を……割り出すだと?」
魔法技術による恩恵を受ける国家で、魔法に携わる貴族として生きてきた私には、一通りの魔道具の知識がある。
私自身が這いずり回ってオウカを探していたことからもわかるだろうが、居なくなった人間を探し出せるような便利な魔道具などこの私でも持っていない。
そんなものがあるのなら、父上に土下座してでも貸してもらっていただろう。
魔道具は便利なものであっても、決してなんでもできる魔法の道具ではない。
だというのにどうしてだろうか、私は目の前の男が嘘をついているようには思えなかった。 もしそんなものを持っているのだとしたら、いったい彼は――。
「見つけました。南に百キロほど行った場所です。街はなかったはずなので……山賊の根城か何かだと思うのですが」
「本当、なのだろうな」
「ええ、信じがたい気持ちはわかりますが……」
「――いや、信じよう。どのみち他に手がかりもないのだ、行くだけ行ってみようじゃないか」
折角垂れてきた一本の糸をみすみす逃すことはない。
私は自分の直感に従い、彼を信じてみることにした。
この選択をしたことを神に感謝するようになるのは……もう少しだけ後になってからの話である。
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