騎士との遭遇、見えた光明
大隊のメンバー十人で住めるような場所となると、さすがに一軒家にはすべきだろう。
そこから更に……二十人くらいまでなら住めるくらいの大きめの家の相場なんかを調べてみることにした。
何人かに聞き込みをして一番評判がよさそうだったエニタイム不動産へ入り話を聞かせてもらう。
どうやらいくつも店を出している大手らしい。
店長のアガサスは、眼鏡をした三十代半ばほどの女性だった。
柔和そうな顔をしているが、この年で、しかも女性で店長をしているとなればやり手だろう。
下手な物件を勧められたりしないように気をつけねば。
「見繕ってみた感じ、挙げられるのはこことここ、あとここくらいですね」
紙を抜き取り、物件の情報を見せてくれる。
ガードナーには、条件の一致する候補が三つほどあった。
賃料はそれぞれ、金貨八・十・十二枚。
金銭的な問題はクリアできそうだった。
リンブルの国法にはあまり詳しくないので尋ねてみると、特に大きめの屋敷を借りたりしても課税額がドッと増えたりはしないらしい。
「これより大きなサイズとなると厳しいか?」
「それだとどうしても没落貴族とか落ちた豪商の屋敷になっちゃいますので、こっちにはあんまり数は多くないんですよ」
「その言い方だと、王都にはたくさんあるのか?」
「ええ、王都リンブリアは今色々とごたついてるみたいで、結構な数の屋敷が売りに出されたりしてますよ。商売っ気のある人間はみんなリンブリアに行ってます」
たしかリンブルがデザントと不可侵条約を結んでいるのは、王位継承を巡るゴタゴタという名目だったな。
俺はトイトブルクからの魔物が処理しきれないことを隠すための名目だと思っていたが、どうやらいくばくかは真実も混じっているらしい。
彼女が店長をやっているのは、ギラついている人たちがみなこの場所を離れていったかららしい。
どうやら俺の人を見る目は、まったくあてにはならなそうだった。
「大きめの家を借りるなら、使用人も雇うことにはなると思うが、普通はどれくらい雇うものなんだ?」
「このサイズなら……四、五人でしょうか、うち一人は貴族に雇われてた侍従長クラスをって感じですかね」
「使用人はどこで雇うんだ? 冒険者ギルドか?」
「普通はある程度信頼できる店の徒弟とか、知り合いとかが多いです。大きめな屋敷に住めるような金銭的な余裕がある人は、冒険者なんか雇いません」
まぁたしかに、冒険者に倫理とかは期待できないよな。
社会のルールに縛られたくなくて、日銭を稼ぐ奴らがほとんどだし。
でも少し困ったな。
来たばかりの俺たちにまともな伝手はない。
食堂なんかの給金を調べてから、それより少し高いくらいの求人の張り紙でも出してみるべきだろうか。
使用人は絶対に必要だ。
自慢じゃないが、俺も含めてまともに家事ができるやつなんぞほとんどいないからな!
エルルなんかはよく弁当を作ってきてくれる家庭的な子だったが、あれは彼女が例外なだけだ。
ただ人数が多すぎてもあれだよな。
自分で言うのもあれだが、俺たちは結構たくさんの秘密を抱えている。
俺の正体とか、身につけてる装備とか、使ってる魔道具とかな。
収納袋を家に置いておけば魔が差したりする奴も多いだろうし、バカな奴らなんかが盗みに入ることもあるかもしれない。
そう考えると屋敷の人間も、ある程度は戦えた方がいいのか……?
まぁそのあたりは、後でエンヴィーたちと話し合って決めてみるか。
「ありがとうございました。あとのメンバーたちと話をしてから、そう遠くないうちに決めようと思います」
「おおっ、いえいえこちらこそありがとうございます! 不動産を抱えるだけでも経費がかかるので、助かりますよ!」
アガサスは正直すぎるので、不動産業には向いていない気がした。
でも個人的に、こういう真っ直ぐな人は嫌いじゃない。
変な物を押しつけられる心配もなさそうだし、もし借りる時はエニタイム不動産に決めてしまおう。
ちなみにエニタイム不動産は、二十四時間営業らしい。
居酒屋でもないのに、誰が得をするというのか……謎である。
ガードナーの街を歩いていると、当たり前だがデザントの王都デザントリアとは全く違う。
ここはなんというか……時間の流れが、全体的に緩やかだ。
辛辣な言い方をすれば、いささか田舎じみている。
リンブル全体がそんな感じで、デザントの方が色々と進んでる。
魔法技術とかもそうだし、娯楽とか食事とかも。
でも俺は、どちらかといえばリンブルの方が好きだな。
デザントリアでは人の往来が多すぎたし、みんな忙しなかった。
元々そんなに上昇志向の強くない俺には、このくらいのゆったり感が性に合っているのかもしれない。
あくびで開いた口を押さえつつ、適当に店を冷やかしていく。
いくつかの店では物価確認と称して、何個か商品を買っている。
肉も麦もデザントより安い。
塩や香辛料が割高なのは、恐らくは輸送の関係だろう。
あと武器と魔道具は、基本的にはデザントより高いな。
これは魔法技術と……鉱山との距離の違いだろうか。
帰ってきたらエンヴィーたちを連れて来ても面白いかもしれない。
お腹がパンパンになるまで食べ続けている彼女たちの姿を想像していると、ガシャガシャと聞きなじみのある音が聞こえてくる。
金属鎧が擦れるときの、無骨な擦過音だ。
ちらと横を向くと、視界の端の方に慌てた様子の女性の姿がある。
金属の全身鎧を着ているが、兜だけはしていないため顔はよく見える。
綺麗な黒髪をした彼女は、額にじっとりと汗を掻いていた。
まだ春先で肌寒い季節だというのに……それほど焦る何かがあるのだろうか。
「……っ! ………ぃ!」
遠くて何を言っているのかまではわからなかったが、店先に居る従業員になにやら尋ねている。
紙を指さしているので、尋ね人か何かだろうか。
それにしても結構な剣幕だな。
それほど大切な何かがあるのだろうか。
「…………」
立ち止まり、視線を鎧の女騎士に固定させる。
金属の全身鎧は、決して安い物ではない。
そして金属鎧は体温を吸い取りやすく、そして熱くなりやすい。
そのデメリットを補うため、高価な鎧の場合は付与魔法で効果を付け足されている物も多い。
彼女が着ているのも、そういった魔法効果付きの鎧だった。
付与魔法の付いた武具の場合、純粋な魔道具と区別するためにマジックウェポンという呼び方をする。
着用しているマジックウェポンには、パッと見ただけで『重量軽減』と『体温調節』の効果が付与されている。
よく見れば『偽装』も混じっているな。
鉄じゃなくミスリルでできているようだ。
なんにせよ、あの鎧は明らかにただの騎士に着れるような物ではない。
魔法技術が遅れ気味のリンブルでは、あの鎧の価値は相当高いはずだ。
それほどの人物が何やら困った様子で店を回っている。
これはもしかすると、チャンスかもしれない。
有力者との顔繋ぎのタイミングは、早ければ早いほどいいだろうからな。
俺はガシャガシャと音を立てて歩く騎士へ声をかけることにした。
「何かお探しですか? 微力ながら力を貸しますよ」
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