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或る夢想

 炎の竜がリアンを飲み込もうとしたそのとき、竜は動きを止める。真っ赤な炎の竜はぴきぴきと音を立てながら、徐々に凍りついていく。リアンに傷一つつけることなく。

 リヴァルはあまりもの出来事に瞠目したが、竜の頭が砕かれ、その背に降り立ったリアンを見て、両の剣を構える。

 それを見計らったかのようにリアンは竜の背を滑り、リヴァルに向かってくる。竜の背はいつの間にやら溶けてリヴァルへと一直線に続くスロープのようになっていた。リアンがダートでそのように形を整えたのだろう。リアンはリヴァルに真っ直ぐ滑走してくる。その動きはダートでの身体能力向上効果をも上回るほどに速い。

 リヴァルはダートを目に集中させた。紅蓮に燃え立つ瞳が、ゆらめく白い炎を灯す。これによってリアンのスピードに追いつき、刃を振るう。

 リアンの刀をリヴァルの剣が弾き飛ばした。氷でできた刃はきん、と音を立てて明後日の方向に飛んでいく。リヴァルはそのままリアンの懐に突入しようとした。

 だが、次の瞬間に地面に伏していたのはリヴァルだった。何が起こったのかわからない。ただ、後頭部に鈍い痛みが走った。殴られたわけでも、蹴られたわけでもない。感触が違う。

 頭を強打されたことにより、リヴァルは意識を閉ざした。それを見下ろすリアンの手には、短刀が一つ。リヴァルが突っ込んできたところを上に跳んで避け、短刀の柄で頭を打ち付けたのだ。リアンが瞬きを一つすると炎だった氷の竜はぐしゃあ、と崩れ、地面に染み込んでいった。

 リヴァルとの戦闘は終わったものの、リアンは警戒を解かない。リヴァルのみに集中してはいたが、リアンがダートで察知した気配はもう一つあり、その人物はずっとこの戦闘を見ているようだった。

 戦闘に割って入って、漁夫の利でも得ようとか思っているのだろうか、と考えていたのだが、見ているだけでこちらに介入してくる意思を感じられない。まあ、ダート同士の常軌を逸した戦闘に割り込むにはそれなりの実力がなければ一瞬で塵になる。ただの通りすがりの物見遊山かとも思ったが、ことなかれにしてはじっとこちらに視線が注がれ続けている。

 リアンはどう動こうか悩んだ。何せ、その一人は森を害するわけでもない、リアンに害意を持っているわけでもなさそうだったからだ。ただ、今はそう感じているだけでそうではないかもしれない。

 少し悩んだが、声をかけることにした。

「そこにいますよね」

 かさ、と草むらが動いた。これくらい近ければリアンでも感じ取れるレベルの魔力の持ち主だ。ただ、魔法を使う様子は見られない。

 リアンは続ける。

「リヴァルの知り合いですか?」

 風がさわりと吹く。詠唱は特に聞こえなかったため、魔法ではないだろう。返答はない。リアンと話すつもりはなさそうだ。

 あまりリアンは好まないが、リヴァルのことを頼んだ方が穏便に済みそうな気がした。リヴァルはセカイの救世主であり、勇者だ。それを打ち倒した存在であるリアンは人に良く思われないだろう。ここで魔法の集中砲火を浴びないだけ随分とましな状況なのだ。

「この人を森の外までお願いしてもいいですか? 毎回森が荒らされて、困っているんです」

 それはリアンのせいでもあるけれど、姿を現さない人物にそこまで細かく説明をしてやる必要はないだろう、とリアンは判断し、草むらを見つめた。すると、「風よ」という詠唱だけが聞こえて、リヴァルを風が浚っていった。気配も消える。

 ほう、と一息吐いた。戦うことにならなくてよかった、と。そもそもリヴァルとも戦いたくないのだ。森を守るために誰かを傷つけるのは胸が痛い。もちろん、森を荒らす者を許すわけではないが。いらぬ戦闘は避けられた。

 おそらく、高等魔法の使い手だ。属性に呼び掛けただけで魔法を自在に操る。それは熟練の魔法使いの中でも魔力が強い者にしかできず、セカイで高等魔法が使える人物は片手で足りる程度しかいないという。有名な人物だと、魔王四天王の一人のサージュだろうか。風の民という魔法の扱いに長けた魔族の中でもずば抜けた魔法の才能を持っているという。風の民というだけあって、風魔法には特に造詣が深いが、どの属性もまんべんなく扱える「賢者」という呼び名に相応しい魔法使いだ。

 リアンはダートを発動させる。サージュは魔法の研究者てあり、ゲブラーに暮らしていたという。ゲブラーで修行をしていたとき、彼の著書を読んだことがある。魔法初心者でもわかりやすい魔法の仕組みなどについて書かれた書物はリアンが勉強として読んでいたものの一つだ。

 もし、出会っていたのがソルでなく、自分が魔法を使えたなら、サージュに師事することもあったのかもしれない。……ダートを持っていなかったら、リアンはゲブラーに行くこともなく、ケセドで長閑に暮らし、ソルとも出会わず、リヴァルとも出会わなかったであろうに。そんな夢想をしてしまう。

 もしそうなら、リヴァルの味方になれただろうか。道を分かつことなく、共に戦えただろうか。……都合のいい「もしも」があり得たなら、とつい考えてしまう。

 リアンもリヴァルも、ダートを持って生まれた以上、普通の人生など歩めないのだ。ただでさえ、人は歩幅を合わせて歩くことが不得手な生き物である。リアンとリヴァルが共に過ごした数年は、奇跡のような偶然で、今、敵対関係になっていることの方が必然と言えよう。

 自然で、必然的な流れが、こうも惨く見えるのは、リアンの勝手な都合だ。セカイはセカイの都合で回る。個人の空想を実現してくれたりはしないのだ。だからこそ人は「こうだったらよかったのに」などと、自分の都合に合わせた「もしも」を夢想する。

 だが、どの「もしも」も「現在」を成り立たせない。もしも、ダートを持っていなかったら、リアンはリヴァルに出会うことすらなかった。もしも、リヴァルと道を違えなければ、リアンはソルと友にはなれなかった。全てが十全であるセカイはあり得ず、結局、どれだけ考えても、自分の取り得る最善は現在のこの状況しかないのだ。

 最善かどうかも、リアンにはわからないけれど。

 少なくとも、リアンは今、幸せだ。ソルと出会えて、フェイを守れて、自分の居場所を見つけられて、とても幸せなのだ。

 ──その居場所が、リヴァルの隣じゃないことだけが、どうしようもなく、悲しいのだ。

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