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土塊の契り

 ぼろぼろで帰ってきたリアンは、目の前の土が盛り上がってきて驚き、数歩後退った。

 木のようにぐんぐんと盛り上がってきた土の塊は、やがてリアンの倍以上の高さまで盛り上がり、手と足がつき、赤い目玉がぎょろりと出てきて、土塊の巨人となる。

「リアン」

 低い声がリアンの名を呼ぶ。顔には口もついていた。裂けているだけの口だ。

 この土塊の巨人は土の民と呼ばれる魔物。魔力の潤沢なこのフロンティエール大森林から生まれる他と比べると幾分か特殊な魔物である。

「ソル……」

 そう、この巨人こそが、魔王四天王の一人であり、この森を守る土の民最強の守護者、アミドソルである。

 土から出てきたのは土の民のみが使用できる転移魔法「土の友」によるものだ。土のある場所であれば、どこにでも転移できるという優れものである。

 ソルはこの移動術があるからこそ、魔王四天王と森の守護者を兼任できる。土魔法は人間も魔族も研究しているが、「土の友」を再現できた者は未だかつていない。

 ソルは目を吊り上げて、少ない顔のパーツで明確に怒りを表現した。

「おら、我慢はできっけど、もうしたくねえだ」

 その言葉に、リアンは苦笑する。ソルはもう何度も見ているのだ。リヴァルを打ち倒した後、森の外に行って、石を投げられ、傷ついて帰ってくるリアンを。

 ソルはリヴァルを憎んでいるのではないし、リアンを責めたいわけでもない。ただ、友として、リアンを心配しているのだ。今はリアンのさせたいようにさせているが、ソルがその気になれば、リヴァルなど一捻りなのである。けれど、それではリアンが悲しむ。だからソルはリヴァルを攻撃しないのだ。

 きっと、一度攻撃してしまえば、ソルは止まらなくなる。リヴァルを殺すまで、痛めつけ続けるだろう。リヴァルだけではない。リアンを傷つけるもの全てを許せなくなる。そもそも許しているわけではないが、リアンがそれを望まないのは知っている。

 リアンはとても優しい子だ。ソルは土でできているという性質上、実は寿命がない。故に、永い時を生きている。長い間、グランソルとしてこの森を見つめてきた。この世界のあらゆる大地に立ったこともある。

 そんな中で異貌の土の民を初めから受け入れてくれた人間は、リアンが初めてだった。裏切り者と謗られても、反論もせず、受け止めるだけのリアンは優しい。優しすぎる。ともすれば殺されかねないのだ。けれど、もしそうなったとして、誰かが守られるのなら、自らの死すら受け入れてしまいそうなこの子どもがソルは愛おしく、怖くもあった。

 リアンは泣かない。泣けないのだと聞いたことがある。温度を操るというダートだが、寒暖を悉く操れるわけではない。リアンはどちらかというと、冷気を操る方が得意なのだ。故に、無意識に体に纏わせているのは冷気であることが多い。いつでも氷の刃を生み出せる便利な力かもしれないが、リアンは涙をこぼせない。涙をこぼすと、凍って肌に張りついてしまうからだ。熱気のダートで溶かせばいいのだが、感情が揺らいでいるとき、繊細なダートを操作するのは難しいという。

 リアンがただ氷を出せるだけなら、こんなことにはならなかっただろうに。涙を流さず、悲しみを蓄積するしかないこの子どもはいつか消えてしまいそうな儚さを常に湛えていた。

 やろうと思えば、握り潰せてしまうこの儚い命をソルが生かすのは、その命が尊いからであり、大切な約束をした友だからだ。情が移ったと笑われるだろうが、本当の身分は敵同士でも、大切にしたい。その優しさに報いたかった。

 それが毎回傷ついて帰ってくるのである。リアンの実力ならば、一般人が投げてくる石を避けることなど造作もないことだ。何なら氷の壁で弾くこともできる。リアンが傷ついているのは、避けることも氷の壁を作ることもしていないからだ。無抵抗で帰ってきているのだ。

 きっと、心無い言葉もたくさん投げられただろうに、リアンはいつも「あの人たちは悪くない」というのだ。

 リアンがそういうのなら、ソルは我慢することはいくらだってできる。時間が過ぎて、そういう人間がいなくなって、リアンもやがて土に還って、セカイから忘れ去られるまで待てばいい。時間が過ぎるのを待つのは慣れたことだ。

 けれど、傷ついたリアンを見て、憤りを覚えないでいられるほど、ソルは温厚ではない。魔王のとある企みがなければ、リヴァルなどとうの昔にこの手で土に還していた。

「ごめんね、ソル」

「なんでリアンが謝るだ。悪いのはおめえを」

「いいんだ」

 リアンは目を瞑った。額の傷から垂れた血が、涙のような痕を残していて痛々しい。

「僕のわがままなんだ、全部。セカイからしたら僕が悪いし、僕も自分が悪いってわかってる。僕は責められて然るべきなんだ。……そうして、責められることで罰を受けているような、償っているような気分になりたいだけなんだ」

「リアン……」

 悲しいことを言わないでほしい、などという綺麗事はとても言えなかった。ソルはセカイの敵だ。実はリアンのその優しさに漬け込んで魔王の企みに加担している。リアンを友達だと言いながら、リアンを利用している自分が、綺麗事でリアンを慰めていいわけがない。

 魔王の企み事。それは闇の女神と呼ばれる封印されたものの復活だ。闇の女神と呼ばれているが、本来はセフィロートの主神である生命の神の対抗神「破壊の女神」である。

 生命の神はその名の通り、生命を生み出すことを生業としている神だ。人間や普通の動物や植物などのいきとしいけるものは生命の神によって生み出され続けている。

 対して破壊の女神は、生命を滅ぼす力を持ち、あらゆる生命の「死」を糧とする神だ。魔物や魔族は大体が破壊の女神によって生み出された生命であり、故に魔物や魔族は破壊の女神を信仰しているのである。土の民もそうだ。

 そもそも人間や普通の動物の体は魔力というものにあまり適合しない。せっかく生まれた力を利用できないことに悩んでいた生命の神に対し、破壊の女神が肉体の一部を変形させたり、あらゆる生き物を混ぜ合わせたような姿にしたり、魔力ありきで生命となる生き物を創造した。そこから破壊の女神に作られた生命たちは魔物や魔族、つまり、「魔力を扱うのに適した体を持つ者たち」と呼ばれるようになった。

 もちろん、生命の神もその作り方を見て学び、魔力を扱うことのできる人間を生み出すことには成功している。安定して生み出すことはできないが。

 破壊の女神は本来、命を奪うことを生業とする。故に、自ら生み出した魔物や魔族たちにとある制約をつけることで、存在を保たせている。

 破壊の女神はありとあらゆる生き物の死から力を得る。それは魔物も魔族も例外ではない。ただ「魔物や魔族などの破壊の女神の眷属が死んだ場合、その死によって女神に還元される力は大幅に増加する」という違いがある。

 力さえ得てしまえば、破壊の女神は封印を破ることができる。何せ、破壊することが特技なのだから。つまり、魔王の目論見とは、魔物及び魔族を大量に死なせることによって女神に力を還元させることなのだ。

 もちろん、人間が死んでもかまわないし、植物が枯れるだけでも女神は力を得られる。リヴァルを殺さなかった理由は「勇者として強くさせ、やがて魔王軍という大量の魔物や魔族たちを殺す存在にする」ためだ。

 破壊の女神を復活させない、という観点から言うと、魔物を守るリアンが正しく、魔物を刈るリヴァルは魔王の思うツボにはまっているというわけだ。

 リヴァルがリアンと対立したのも都合がよかった。セカイに誤認させることができたのだ。魔王軍を殲滅させることこそが正義である、と。

 だが、ソルはリアンにそれを明かさないでいる。リアンはきっと止めるから。最初から破壊の女神に命を捧げる前提で魔王軍にいるソルのことも、魔物を殲滅しようとするリヴァルも、全て。セカイの誰も耳を傾けてくれなくたって、リアンは守り続けるだろう。傷ついて、ぼろぼろになって、立てなくなろうと。

 リアンが傷つく必要はないのだ。リアンがセカイのためにこれ以上心を費やす必要はないのだ。つらくても泣けず、けれど我慢強いから、十年も耐えて、やっと逃げ出すことができたこの子どもの逃げ場所を守りたい。居場所でありたい。……これらは全て、ソルのエゴである。それを理解した上で、ソルはリアンに森の守りを任せている。

「大丈夫だよ、ソル」

 リアンが微笑む。

「セカイの全部が敵になっても、ソルだけはずっと友達でいてくれるって、そう約束してくれたから。僕にはソルがいるから。大丈夫なんだ」

 (アミ)の契り──リアンをこの森の守護者にするとき樹木神アルブルに見守られながら交わした約束が、じくじくとソルを蝕む。

 けれど、契りに偽りはない。

 だからソルも笑った。

「ああ。だからリアン……」

 もう傷つかないでくれ、というのは言葉にならなかった。

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