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炎の懊悩

 木の民を殺すことに意味なんてなかった。

 最初は魔物だから殺していた。リヴァルの故郷を滅ぼしたのは魔物だ。その憎しみだけで炎のダートを放っていた。

 それは始まりに過ぎなかった。森の片隅で木々を焼いて回るリヴァルの元にリアンが現れてから、リヴァルの意識はがらりと変わった。

 何故お前がそちら側に立っている? 何故お前が俺に刃を向ける? 何故魔物を守ろうとする? 何故、何故、何故!!

 リアンが敵になってしまった。そのことはリヴァルを孤独にした。

 リアンが逃げたのは、おそらくリヴァルのせいだ。ゲブラーでの修行中、やんちゃばかりしていたリヴァルは咎められそうになるたびにリアンを盾にしていた。リアンは何も言わず、リヴァルを庇い続けてくれていた。

 けれど、その日、リアンはどこかへ逃げてしまった。泣かないリアンが涙を流す姿を見て、呆然としたのを覚えている。

 リアンは泣けないのだ。涙を流すとダートによって肌に貼りつき凍る。凍った涙を無理に拭えば、皮膚が剥がれて血を流すことになる。だからリアンはただ泣くことすらままならない。

 それを知って、リヴァルはリアンに謝ろうと思った。だが、どこを探してもいなくて、そうしているうちに魔王軍が攻め入ってきたのだ。

 ゲブラーは陥落した。リヴァルは魔王軍に手も足も出なかった。常日頃より、師匠に未熟者扱いされていたリヴァルが勝てるわけがない。攻めてきた魔王軍の将は魔王四天王の一人とされるシュバリエ・ド・フラム……リヴァルたちの剣の師匠だったのだから。

 リアンは師匠の裏切りを知らない。リヴァルもわざわざ言うことはしなかった。リヴァルはリアンを絶望させたいわけではないのだ。それならリアンをどうしたいのかというと、返答に困るが。

 魔王四天王にシュバリエという人物がいるのは知っていた。だが、それが自分たちの師匠フラムであることは知らなかった。シュバリエもフラムも本名で、区切って使い分けていただけだ。フラムは嘘を吐いていたわけではない。

 ただ魔王四天王であるフラムが何を思って最大の敵であるダートの使い手を育成していたのかはわからない。リヴァルにとって、そこにあるのは裏切りという事実のみだ。

 何故か殺されず、森に打ち捨てられて、暴れたところにやってきたのがリアンだった。

 焼け焦げた木の民たちを見て、悲しそうに誰、と問いかけてきた顔と目が合ったときのことは忘れられない。動揺と怒りと憎悪とが入り交じって、この森の魔物に恩を返すために守ると言ったリアンに使える限りの語彙を尽くして罵倒を浴びせた。何もかもがわからなかった。何故自分は故郷を失ってのうのうと生きているのかという悔しさ。何故なんでもないように魔物のために戦えるのかというリアンへの苛立ち。魔王軍に障害とすら認識されなかった己の非力への嘆き。もしもリアンがいたならという叶わぬ妄想。それらがリヴァルの心をぐちゃぐちゃにした。

 リアンがいなくなるのを狙っていたのだ。リヴァルだけならどうにかなるだろう、と。侮られていた。不甲斐ないことにそれは決してただの侮りなどではなく、事実だった。リヴァルは何もできなかった。

 いつもリアンに立ち向かっていくのは、ただの八つ当たりだ。強いリアンへの、妬みと、嫉みと、憧れと、焦り。リアンにでもぶつけなければ、リヴァルは自らの炎で死んでしまいそうなほどに心がひりひりと焼かれていたのだ。

 また目を覚ませば、どこかの都市で介抱されているのだろう。気絶だけさせて、殺さない。それはゲブラーを焼かれた日、魔王軍にされたのと同じことだ。

 リアンさえも、リヴァルを侮っているというのか。

 そんな屈辱にまみれて、劣等感はどうしようもなく、拭えなかった。

 仲間を得て、少しは魔王軍に対抗できるようになったところで、リヴァル自身は強くなんてなっていないのだ。それでも、セカイを救うために戦わなくてはならなかった。それがリヴァルの使命で、そうあるようにリヴァルは育てられてきた。それ以外の生き方など知らない。

 魔物を殺して、魔王軍を屠って、魔王四天王を倒して、魔王を追い詰めて──セカイを、救う。

 それ以外、必要ないはずだ。

 魔物の住む森を守ると宣い、強くなっていくリアンはおかしいのだ。リアンもリヴァルと同じ使命を負っているはずなのに、使命に背いたことをしている。それなら、あいつは、そう、裏切り者だ。セカイの裏切り者。開き直って、どうとでも言って、という。悪人。大罪人。

 リアンがいたなら、ゲブラーは守れたんじゃないか。そうよぎるたびに悔しくて、誇らしくて、羨ましくて、憤りが満ちて仕方なくなる。

 リアンが仲間になってくれたなら、魔王四天王の一人や二人、目ではない。魔王だって、倒せてしまうかもしれない。

 けれど、それはどうしたってできなかった。リアンは悲しげにリヴァルの敵として立ちはだかるが、彼が恩を返したい相手は魔王四天王の一人、アミドソルだ。アミドソルはリアンを魔王軍のために利用しようという素振りを今のところ見せていないが、いつそうなるかわからない。リアンがアミドソルに恩義を感じている限り、リヴァルとリアンは手を取り合えない。

 ──否。それもあるが、本当は違う。

 リヴァルの矜持がリアンと仲間になることを拒絶していた。リアンに頼れば、戦力は倍増するだろう。だが、それではリヴァルは今のままだ。弱いままだ。それで魔王軍に勝ったところで、リヴァルはそれを誇れない。

 ただの意地っ張りと言われてもかまわない。譲れないもので、譲ってはいけないものだった。譲ってしまえば、リヴァルは弱いままの自分を、何も変われないままの自分を享受してしまうことになる。それでは意味がないのだ。

 セカイはそれで救えるかもしれないけれど、リヴァルはどうしようもなく、立ち直れなくなる。自分が存在した理由が欲しかった。いても無意味、無価値、歯牙にかけるまでもない、と思われたままで生きていくのは嫌だった。

 目を覚ませば、予想通り、見慣れた天井。

「一体、どうすればいいんだよ……」

 途方に暮れるリヴァルの声を聞く者は幸いにして、誰もいなかった。

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