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セカイの裏切り者

 リヴァルが炎のダートを発動すると同時、リアンは氷の壁を木々を守るように築いた。

 何と呼ばれたってよかった。自分はセカイの裏切り者だとリアンは知っていた。

 アミドソル。魔王四天王の一人とリアンが知り合ったのはリアンがゲブラーでの生活に耐えられず、故郷である森の向こうのケセドに帰りたい、と森に足を踏み入れたときだった。ゲブラーに送られて以来、一度も帰ったことがないため、帰り道なんて知るわけもなく、リアンは広大な森の中で迷子になった。

 リアンがさまよっているところを助けてくれたのがソルだった。リアンがケセドに帰りたいというと、ケセドまで案内してくれた。おかげでリアンは久しぶりに故郷の地を踏むことができた。

 ソルが魔王四天王というのはお互いに名乗り合ったときに知った。ソルはリアンがダートの使い手であることに気づいているようだったが、奇襲するだとか、陥れるだとか、そんなことはしなかった。リアンも魔王四天王と聞いたときこそ驚いていたが、敵とわかっても敵意を見せないどころか親切にしてくれる相手を倒すだとか、殺すだとか、そういう考えには至らなかった。

 感謝していた。リアンは故郷に戻れただけで嬉しかったのだ。それがセカイに背く行為でも。

 ソルはリアンを見捨てることだってできたし、それこそ殺すことだってできた。リアンの信頼に漬け込んで、騙すことだって。けれどそうはしなかった。だからリアンはソルを信じ、ソルを友達と呼ぶ。

 リヴァルだって友達だ。だから傷つけたくなんてない。けれど、森を傷つけてほしくない。

 この森に住むのは木の民という魔物と森を守る土の民という戦士。土の民は確かに闇の女神を崇める魔物で魔王側に傾倒している。けれど、木の民は樹木に宿り、そこに佇み、通りかかる怪我した人を癒すだけの存在なのだ。

 害をなさない生き物を「魔物だから」というだけで傷つけるのは違うだろう、とリアンは思う。……それはリヴァルにはもう、届かない言葉だけれど。

 迫り来る炎の塊のようなリヴァルに、リアンは静かな眼差しを向けた。

「止まって」

 その静かな一言と共に、ぱきん、と涼やかな音が氷壁内の全ての動きを止める。リアンのダートだ。炎を氷にし、リヴァルの足を凍った地面に貼り付かせ、拘束する。先程までリヴァルの炎の熱気に満ちていた空間は零下の冷気に包まれる。

 リヴァルは目を見開いて、炎だったものに絡め取られている己をの腕を動かそうとするが、氷は固い。おかしなことに、冷たくもない。

 リアンが冷気と熱気を器用に使い分けているのだ。これでもかというほどの冷たさで凍らせたものに薄く人肌ほどの温度の熱気を纏わせている。

 ひどい。反則的だ。屈辱的だ。何故、どうして、同い年で、同じ時間修行してきたのに、リアンの方が圧倒的に上なのか。

 リアンは静かに語る。

「ダートは魔法じゃないし、僕たちは魔法を使えない。けれどだからって魔法の理論がダートに通用しないわけではないんだよ。例えば、魔法の詠唱形式は『対象への呼び掛け』『命令』の順だけど、詠唱なしで魔法が成立しないのは言葉に力があるから。そしてこの詠唱形式をダートに当てはめると、使える対象が決まっているダートは『対象への呼び掛け』をする必要がない。そもそもダートは詠唱が必要ないからそこに『命令』という言葉の力を乗せることでダートは具体的に強化される」

 聞きながら、リアンが魔法を使えもしないのに魔法理論書を読んでいたことを思い出す。知り合いの魔法使いが似たようなことを言っていたのも思い出す。

「ただ無闇矢鱈に力を振り撒くだけがダートの使い方じゃないんだよ」

 リアンはそれだけ言うと、刀身の消えた柄でリヴァルの頭を殴り付け、気絶させた。


 ダートで熱気を操れば、氷を溶かすことも容易だ。リアンのダートの氷は固いのではなく、熱が効かないだけである。リヴァルは炎で氷を溶かそうとしているが、それではリアンの氷を溶かすことはできないのだ。リアンが火傷をしないのと同じ原理である。

 また、ダートは魔法ではないが、魔法より上位の能力であるため、魔法よりそもそもが強力なのである。それはリアンの氷のみでなく、リヴァルの炎にも言えることだ。

 アルブルの加護により、この森の木々には魔法の守護がかけられている。故に、ただ火魔法を使っただけでは森の木々、および木の民たちは焼かれないのである。

 神の加護と渡り合うダートの力。それは神から与えられたという伝承を信じざるを得ないものだ。

 ダートの使い手は魔法を使えないとされているが、それは潜在魔力量が普通の人に比べると極端に少ないからである。魔力は魔法の動力源となるものだ。動力源がなければ魔法は発動しない。こまめに木をくべないと焚き火が消えてしまうのと同じだ。

 ただ、ダートを神から与えられた力と考えて、その代償が魔力が少ない程度で済むのなら、圧倒的にダートが有利なのだ。

「……こうなることも、神様はお見通しなのかな」

 気絶したリヴァルを背負って、リアンが歩き出す。今回、セカイには二人もダートの使い手がもたらされた。セカイの歴史として、ダートを授かった者が複数人同時に存在するのは異例のことである。

 また、ダートは強い力であり、リヴァルやリアンのダートのようにわかりやすく武力として数えられる力ならば、悪用する人物が出てもおかしくない。それこそどちらか片方を騙して魔王軍に引き入れ、ダート同士でぶつかり合わせれば、勝利した使い手の属する方が勝ったも同然なのだ。

 それではセカイの危機を救うために遣わせた意味がない。けれど、先に述べた通り、魔王側であるソルがリアンを利用しようという素振りはない。魔王側の真意が読めず、リアンはそちらの方が怖かった。

 こうして、リヴァルとぶつかり合っているから、これ好都合と放っておかれているのだろうか。リアンが自覚していないだけで、既に魔王の思惑通りに踊らされているのではないだろうか。

 そう思うと、心がざわつく。本当に、意味のないことをしていると思う。森を傷つけたところで魔王軍の兵士が減るわけでもない。リアンを倒したところで、魔王軍としては巨大な敵が一人減るだけで、何の痛手もないどころか、形勢が有利になるだけだ。

 それでも、この戦いは終わらないのだろう。リアンはリヴァルの激情を受け止め続けるつもりだ。それはリアンにしかできないことであり、何もできなかったセカイの裏切り者としての贖罪の一つだと思うから。

 リアンがリヴァルを殺さずに勝ち続けていけば、少なくとも魔王軍が有利になることはない。今のリアンの頭ではそれくらいに留めるのが精一杯だった。

 森を抜けると、ケセドに着く。何度も辿って覚えた道だ。懐かしかった故郷。

「裏切り者!!」

 リヴァルを建物の壁に凭れさせたリアンに石が飛んでくる。リヴァルに当たらないように、リアンはさっとリヴァルから離れた。

「裏切り者、卑怯者! 勇者さまを傷つけて楽しいか、ろくでなし!!」

 この故郷ももう故郷と呼んではいけない場所になった。飛来する石を避けもせず、リアンは思う。心無い言葉と石を投げつけてくる住民はリアンをセカイの裏切り者として、制裁しようとする。それでも石しか投げて来ないのは、リアンの持つダートの力を恐れているのだろう。

 抵抗したら、本当に敵になってしまう。だからリアンは一切ダートを使わず、ぶつけられる石を受け止めた。今はこれしかできない。

 いつか、リヴァルが自分を殺せるほど強くなるまで、これを繰り返すしかない。セカイの裏切り者であるリアンがセカイのためにできることは、これくらいしかなかったのだ。

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