森での戦い
フロンティエール大森林。セフィロートにおける唯一にして随一の森にて、その戦闘は珍しくないものであった。
双つの剣を持つ紅蓮の髪の子どもと銀糸の髪を揺らめかせる子ども。二人の間に落ちるのは険悪でぴりぴりとした空気。
先に動いたのは赤髪だった。地面を蹴り、真っ直ぐ銀髪の方へ向かう。直線的で読みやすい動きだが、その速度は目を見張るものがあった。呑気に瞬きでもしていたら、目も開けぬうちに首を切り落とされるだろう。
その速度は彼の持つダート故のものだった。戦うためのダートには、炎や氷などの特殊な効果の他に、身体能力を強化する力も備わっている。それは魔法で援護するよりも遥かに高性能で、ダートの使い手が魔法を使えないという代償など軽く思えてしまうほどだ。
銀髪の子どもはというと、爛々と赤く輝く目の前の人物から目を逸らすことなく、ゆったりとした仕草で刀を斜めに構えた。ゆったりと見えるのは、彼に余裕があるからだろう。実際は双つの剣が繰り出されるより速い。
クロスして銀髪の少年の首を刈り取るはずだった双剣はなんとなくで差し込まれたような太刀一つで防がれる。鍔迫り合いがぎちぎちと鳴る中、赤髪の少年は顔を歪める。赤い揺らめきが剣を含めた全身から立ち上ぼり始めるが、対する銀髪の少年は涼しい顔をしている。
次の瞬間、立ち上っていた赤い揺らめきはそのまま炎となり、蛇のようにうねり、銀髪の少年へと襲いかかる。何匹も、何匹も一斉に。
その顎が少年にかかろうとしたとき、不意に炎の蛇たちは動きを止める。状況が理解できぬまま、蛇たちはみるみる炎から氷へと変わっていった。温度を宿さない白い塊が今にも動き出しそうな形をしたまま、崩れていく。銀髪の少年はその様子を気にも留めず、目の前の少年を振り払った。弾き飛ばされる赤髪の少年はちっと軽く舌打ちをする。
「相変わらずお前のダートは忌々しいな、リアン」
赤髪が銀髪──リアンに憎まれ口を叩く。リアンは先程の氷と似た温度のない表情を赤髪に差し向ける。
「どうとでも言いなよ。それよりリヴァル」
湖のような静けさを灯すリアンの瞳がリヴァルの赤い目に問いかける。
「今日は一体何人殺したの?」
問いかけと共にリアンが迫る。こちらもダートの身体能力の底上げがされており、速い。リヴァルと違うのは、決して体ではなく武器を狙うところであろう。地面すれすれから振り上げられた刃がリヴァルの右手の剣とかち合う。りぃん、と金属同士というには奇妙な音が鳴り響く。
リヴァルは空いている左の剣をリアンに振り下ろす。そこでリアンは素早く刀を握る手を入れ替え、右手でリヴァルの剣の腹を殴る。常人にはなし得ない業である。ただ、リヴァルは手の入れ替えで一瞬弱まったリアンの刃を振り払い、がら空きになったリアンの体を袈裟懸けに切る。
かと思われたが、それはいつの間にか現れた氷の壁が阻止していた。リアンのダートである。薄いはずの氷の壁なのに、砕くことができない。リヴァルの炎のダートも効かない。
リアンとリヴァルはかつて共にゲブラーで研鑽しあった仲で、互いの手の内をほとんど知っている。だが、リヴァルは昔からずっと、リアンのダートに勝つことができないでいた。
リアンのダートは当初、氷を操るものと思われていた。本人もそれを否定しなかったし、普段から氷を自在に操っていた。故に誰もリアンが氷のダートを扱うものとばかり思っていた。
だが、実際は違う。リアンが操るのは氷ではなく「温度」だ。冷気を操り、空気中の水分を冷やすことで氷にする。ただ、空気中にあるのは水分だけではないため、透明な氷にはならないのだ。
しかし、リアンが操るのは冷気だけではない。熱気もである。リヴァルがいくら炎をリアンに当てたところで、リアンの肌には痕さえ残らない。リアンのダートは炎から熱を奪い、火傷することすらないからだ。その逆である凍傷も然りである。ただ、燃やす力まで奪うわけではなく、例えば服などは焼け焦げる。けれど、ただそれだけだ。
リアンはそれを本能的にわかってダートを扱っていた。事実が明らかになるまで、リヴァルはリアンに傷一つつかないことを不可思議に思っていたし、恐ろしくも思っていた。ダートという枠組みを超えた化け物なのではないかとさえ思った。
事実を知って、その考えに多少なりとも揺らぎは出たが、考えは概ね変わらない。リアンという存在をリヴァルは疎ましく感じたくらいだった。
炎を扱うリヴァルのダートと温度を扱うリアンのダートは使い方にはよれど、相性が悪いことは確かだった。しかも、リアンの方が熟練度が高い。熱気を操るのが苦手で、冷気だけを操り、氷を生み出していただけで、熱気を操ることによって炎の温度を操るだとかいう離れ業をなんでもないような顔でやるのだ。適性が段違いすぎる。
そんなリアンのことが一緒に修行していた頃から疎ましくて仕方がなかった。感情の読めないその顔と並んで戦うのは御免だと思った。セカイがリアンとリヴァルにもたらした使命だからこそ、リヴァルは劣等感に苛まれながらも、共に戦おうとしてきたのに。
「何人だと? 魔物を人間と同じように数えるなよ」
「……」
「何匹殺そうと変わらないだろ。魔物はいずれ俺たちが滅ぼさなきゃならない敵なんだから」
リヴァルの言葉にリアンの目が細められる。空を映した水面のような瞳に静かに灯ったのは怒り。
感情なんて、修行をしているときには一切見せて来なかったのに。
「僕はそうは思わない」
リアンの声は透き通っていて、きっぱりとしていた。リヴァルはもうわかり合えないことはわかっていた。リアンとリヴァルでは、もう考え方が違うのだ。
リヴァルとリアンを分けることになったのは、魔王軍によるゲブラー侵攻の日だ。ゲブラーはリヴァルにとって生まれ故郷であり、リアンと共に育った場所であった。同じ人物を師と扇いで、魔王軍を退けるべく、修行をしていたのだ。
その日、リアンはいなかった。リアンがいなかった理由をリヴァルは知らない。けれど、リアンは行方を眩まして、それを見計らったかのように、魔王軍の進軍が始まった。手も足も出なかった悔しさを今でも覚えている。
森に来てみれば、リアンは魔物を守るためにリヴァルの前に立ちはだかった。許せなかった。リヴァルの故郷を奪ったのは魔物だというのに。ひどい裏切りだった。
それでもいつも悲しそうな顔をするのはリアンの方で、それをリヴァルは見ていられなかった。悪いのはお前だろうに、と。
リアンは淡々と告げる。
「魔王軍と魔物は別だよ。抵抗もできない木の民を焼き殺しておいて、君を放っておくわけにはいかない」
「魔物は魔物だろう。大体、お前はこの森の守護者になったっていうが、お前と一緒に守護者をしているあれはどう説明するんだ!?」
森の守護者。リヴァルの前に現れたリアンが口にするようになった肩書きだ。
フロンティエール大森林には生命の神の系譜の神である樹木神アルブルが存在し、木の民がアルブルの使徒として存在する。リアンの言った通り、木の民に戦闘能力はない。木の民が使用できるのは治癒魔法だけだ。そして、そんな木の民たちに代わって、森を守る武力として存在するのが土の民である。
土の民は永い間、森を守っている種族であるが、守護者として森を守るのは土の民の中でも最強の存在「グランソル」の称号を持つ者である。
リアンは苦しげに顔を歪めた。リヴァルは声を荒らげる。
「森の守護者の土の民は魔王四天王のアミドソルだろうが!! そんなのと手を組んでいるお前の方がどうかしてる!!」
リヴァルは飛びすさり、態勢を整え、リアンに再び突進していく。
「善人ぶるな、リアァァァァァン!!」