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鳳凰の調理法

作者: 夏本 森

 サバンナの村で絨毯工房を営むリクオは、お得意の貿易商人に工房案内をしていた。

 工員たちが独特の模様の絨毯を織り上げていく様子を見て、外国の商人は満足そうに頷いた。

「リクオくんの工房の絨毯はいつ見ても美しいねえ。世界中で人気になったのも納得だよ」

「ありがとうございます。ひとえに商人殿に目を掛けて頂いたおかげです」

 リクオと商人の付き合いは三年になる。

 たまたま村を訪れた商人が、リクオの作る絨毯のデザインに目を付けて投資し、数年で世界的なブランドにまで押し上げたのだ。

 おかげでリクオは三十歳半ばにして自分の工房を持ち、人を雇えるまでになった。

「来期は前期より三割増しの生産計画を予定しております」

 リクオの提案に商人は首を横に振った。

「一割増しにしよう。作りすぎてはブランドの価値が下がっちゃうからねえ。それから来期もうちの専売でよろしく。正式な契約は来月の打ち合わせのときに」

「わかりました、そのように致します。来月もよろしくお願い致しします」

 契約の目処がつきリクオと商人は握手した。

「夜の宴会まで時間がございますが、どこか行かれますか?」

 リクオが尋ねると商人は困った顔になった。

「この村には何度か来てるけど、娯楽施設が少ないからねえ。何か面白い観光地とか無い?」

「ううん、いかんせん小さな村ですから……」

 リクオが考え込むと、商人がふと思い出したように言った。

「そうだそうだ、『鳳凰』を見に行こうよ! サファリツアーとかあるでしょ?」

『鳳凰』は村周辺の草原のみに生息する大型鳥のことで、村の天然記念物になっている。全身金色で頭頂部に羽冠を持つダチョウといった見た目をしている。

 正式名称は『ソウゲンオウゴンステレイス』だが、長いので誰ともなく『鳳凰』と呼ぶようになった。

 美しい風貌が観光客に人気で、幸せを運ぶ鳥とも言われている。

「縁起物だから一度は見てみたかったんだよねえ!」

 すっかり乗り気になっている商人に、リクオは丁重に言った。

「ツアーはありますけど朝出発ですよ。もう十二時過ぎですから今日の分はもう終了しています。商人殿は今夜お帰りですから、来月にしてはいかがでしょうか?」

 しかし商人は全く引く様子を見せなかった。

「良いから良いから、今すぐ行こうよ!」

 この商人は言い出すと絶対にやらなければ気が済まないのだ。

 リクオは内心呆れながらサファリツアーの運営会社に電話を掛けた。


 一時間後、リクオと商人は大型の4WD車に乗ってサバンナを走っていた。

「鳳凰楽しみだねえ!」

 嬉しそうに笑う商人に反して、リクオの表情は浮かなかった。

 ツアー会社に頼み込んで本来の時間外に催行してもらったから、八人乗りの車はリクオと商人の貸し切りで、ツアー会社としては完全に赤字だ。

 そしてその補填はリクオが身銭を切ることになっていた。

 車内の空気を明るくしようと、運転手が振り向いて声を掛けてくる。

「リクオさん、そんな暗い顔しないでくださいよ!」

 ドライバーのカイという青年は白い歯を見せて笑った。

 狭い村なので人付き合いが濃く、リクオもカイもお互いによく知っている。カイはいつも金欠だから、突発で入ったこの仕事を喜んでいた。


 しばらく何も無い草原地帯を走っていたが、カイが急に声を上げた。

「ほらほらお客さん! あそこにいますよ! 見えますか!?」

 カイの指差す方向を見ると、鳳凰が遠くの方へ駆けていくのが薄ぼんやりと見えた。

「全然見えないよ! もっと近づいてよ!?」

 商人は声を張り上げて叫んだ。

 しかしカイは

「人慣れさせないために遠くから眺めるだけなんですよ。鳳凰は昔、ハンティングさで数を減らしてしまって。レンジャーの見回りや保護活動、それから人工繁殖のおかげで増えてはきたんですけど」

 と答えて、車を近づけようとしなかった。

「ふうん、そうなの」

 商人がつまらなそうに呟く。

 リクオはカイのサービス精神の無さにやきもきしていたが、当のカイ本人は気づいていないようだった。

 その後も何度か鳳凰と遭遇したが、変わらず遠くから観察するだけだった。


 その夜、リクオは村一番のホテルのレストランで商人を手厚くもてなしていた。

 次から次へと豪勢な料理と高価な酒が運ばれてくる。

 商人は食べ物にうるさいので、毎回手の込んだ宴席を用意する必要があった。

「昼間は鳳凰が全然見られなかったね!」

 商人が酒で顔を真っ赤にしながらぷんぷんと怒った。

「申し訳ない! 運転手のカイがルールに厳しいやつで……」

 リクオは平謝りするが商人の癇癪は収まらない。

「リクオくんからも言ってくれれば良かったのにさあ!」

「それは……重ね重ね申し訳ない」

 謝るばかりのリクオの態度に、商人の苛立ちは更にエスカレートしていく。

「リクオくんって本当に気が利かないよねえ! 接待だって毎回同じ店でさあ!?」

 そうはいっても田舎だから接待に使えるのがここくらいしか無いのだが――リクオが内心ぼやいたとき。

「不味い酒に不味い飯! 遠くからわざわざ来てやってるんだから、もっと美味いもんを用意しておけよなあ!」

 商人のグラスの中身がリクオの顔面目がけて飛んできた。

 直撃した液体が頭から体へ滴り落ちていく。

 酒の冷たさと込み上げる怒りでリクオの体はぶるぶる震える。

 その様子に商人は不服そうに言った。

「なんだなんだその態度は。誰のおかげで商売できてると思ってるんだよ!」

 リクオははっと我に返り深呼吸し、か細い声で呟いた。

「商人殿のおかげです……」

「わかっていれば良いんだよ」

 商人が口角を横に引き延ばしてチェシャ猫のように笑った。


 騒ぎを聞きつけて厨房の方から人が来た。

 給仕ではなくコック帽を被っており、胸に『料理長・クーゴ』と書かれた名札を付けている。

「お客様、大丈夫でしょうか」

 そう言ってリクオにタオルを差し出す。リクオは黙って受け取った。

 商人はリクオに構わずに料理長のクーゴに説教を始めた。

「何回か来てるけどいつも同じような食材ばっかりなんだよねえ。何とかならないの?」

 料理長のクーゴは帽子を押さえて謝った。

「大変申し訳ございません。辺鄙な村で交易が少なく、食材が偏ってしまいまして……。お客様のご希望の食材があれば取り寄せるようにいたします」

 クーゴの答えに商人は顔をしかめた。

「そういうことじゃなくてさ、ここでしか食べられないようなのを食べたいんだよ。この村でしか栽培してないような果物とか、他には……」

 商人は少し考えた後、妙案が浮かんだというような表情で言った。

「鳳凰とか、食べたら美味しいんじゃない?」

 突拍子の無い発言に場の空気が一瞬止まった。

 リクオが恐る恐る割って入る。

「……あの、商人殿、鳳凰は天然記念物ですよ。食べるなんてもってのほかです」

「食べるなって言われるとかえって食べたくなるよねえ」

「だから駄目ですってば!」

 二人が押し問答をしているところにクーゴが口を挟む。

「鳳凰料理を提供すれば、評価を改めて頂けますか?」

「おいクーゴ、何を言ってるんだ!」

 リクオが慌てて止めるが、それを耳にした商人は、

「もちろんだとも!」

 と満面の笑みを浮かべた。

 それから金ぴかの腕時計をちらっと見て、

「もうこんな時間だ。リクオくん、また来月に打ち合わせに来るから、そのときに料理をよろしく! できてなかったら二度と来ないよ! じゃあね!」

 と言い残して慌ただしく店を出て行った。


 嵐のように商人が去った後、場にはリクオとクーゴと食べかけの料理が取り残された。

「何勝手に約束してるんだよ! 鳳凰なんて食わせられるわけないだろ!?」

 リクオが怒鳴りつけると、クーゴが憤慨した様子で言い返す。

「料理人が料理をけなされて平気でいられると思うか!?」

 二人は友人で、リクオは一応は客だというのに、クーゴはもはや敬語を使うことを忘れていた。

 リクオはテーブルに突っ伏してぼやいた。

「はぁ……どうすればいいんだ……。あの人は本気だぞ……」

 今までも何度か酔っ払った商人が無理難題を吹っ掛けてきたことがあった。酔いが醒めた後もしっかり覚えているので、その度にリクオは要求に応えるべく奔走する羽目になった。

 鳳凰を用意できずに機嫌を損ねたら、来期の契約を結んでもらえない可能性が高い。

 悩めるリクオにクーゴは平然と言い放った。

「鳳凰なんてその辺の草むらにいるのを捕まえればいいだろ。猟銃は俺が持ってるし」

 リクオは目をひんむいた。

「お前正気か? 天然記念物だっていうのに?」

「指定されたのはつい最近じゃないか。俺たちの祖父母世代はよく焼いて食ってたって言うし。一度料理してみたかったんだよな」

「それは昔の話だろ! 俺は賛成しないぞ!」

「じゃあ新しい取引先を探すか? お前にそれができるのか?」

 クーゴに痛いところを突かれてリクオは押し黙った。

 まだ若いリクオが自分の工房を持てたのは商人のおかげだ。

 それにブランディグは商人が一手に担っており、新しい取引先が見つかったとしても、ブランドを上手く維持できる保証は無かった。

「……わかった。クーゴ、鳳凰を捕ってきてくれ」

 リクオが言うと、クーゴはきょとんとして、

「何言ってるんだ、お前も一緒に行くんだよ」

 と事もなげに言った。



 明後日の早朝、リクオとクーゴは草原を車で走っていた。

 リクオがハンドルを握り、後部座席ではクーゴが双眼鏡を構えている。その左隣には猟銃と大型の保冷庫。

「どうしてこんなことに……」

 ぼやくリクオに対して、

「俺は車の免許を持ってないから仕方ないだろ」

 とクーゴは平然と言い放った。

 三十分ほど走り回って鳳凰が出そうなポイントを発見し、車を停めた。

 クーゴが双眼鏡で丹念に周囲を見回す。

 リクオは恐る恐る尋ねた。

「……お前、本当に鳳凰を狩るつもりか? バレたら懲役刑も有り得るぞ?」

 しかしクーゴは意外なことを言った。

「いいや? 天然記念物を殺したらさすがに駄目だろ」

「えっ、じゃあ何のために銃を……?」

「シッ!」

 クーゴはリクオを制止すると自分の双眼鏡を手渡して、車の右方向を指し示した。

 リクオが窓を開けてを覗くと、一キロほど先で二頭の動物が走っているのが見えた。

 一頭は鳳凰で、もう一頭はネコ科の大型肉食獣だ。鳳凰が大ネコに追いかけられているところだった。

 クーゴの方をちらっと見ると彼は猟銃を構えていた。

 リクオは双眼鏡に視線を戻すと、二頭の距離は数メートルまで縮んでいた。

 大ネコが飛びかかって鳳凰が倒れる。鳳凰は暴れたがやがて動かなくなり、大ネコは悠々と食事を始めた。

 そのとき、パン! パン! と後部座席から銃声が響いた。

 大ネコの体から血が噴き出して倒れ込む光景が、レンズの中でありありと映る。

「手応えありだ。行こうぜ」

 クーゴの言葉でリクオは正気にかえり、ハンドルを握る。その手は汗ばんでいた。


 倒れた二頭の鳥獣のそばに車を停めて座席から観察する。

 鳳凰は大ネコに噛み殺されていたが、内蔵以外食べられずに綺麗な状態だとリクオは思った。

「さあ解体するか」

 クーゴは車のステップから飛び降りると、大型ナイフで鳳凰の体を器用に捌き始めた。

「この場でやるのかよ」

 リクオは焦って声を掛けたが、クーゴは手を淡々と動かし続けた。

「すぐ血抜きしないと不味くなる」

「解体しているところを見られたら完全に密猟者だぞ」

「死んだ象から取った象牙は合法なんだから、これだって問題無いだろ」

「そういうもんか?」

「それに最悪バレても、工房長殿なら金で揉み消せるんじゃないか」

「俺を何だと思ってるんだ!」

「ははっ、そんなに不安ならレンジャーが来ないか見張っててくれ」

 クーゴに笑われたリクオは渋々と運転席から警戒を張り巡らせた。


 クーゴは自前の猟銃を持っているだけあって獲物の解体も手慣れていた。

 ばらし終えた肉の積み込みをリクオが手伝おうと車を降りかけたとき、何かが接近してくることに気づいた。

 車だ。

 サファリツアーで乗ったものと同じような車種だが、何やら雰囲気が違う。

 双眼鏡を覗いて、乗っているのが迷彩服のレンジャーだと気づきリクオは叫んだ。

「クーゴ、本当にレンジャーが来た!」

「くそ、逃げるぞ!」

 クーゴが慌てて乗り込んだのを確認して車を急発進させる。

 リクオはアクセルを全力で踏み続けたが、パトロール車との運転技術の差は明らかで、ぐんぐんと距離は縮まる。

 二台の距離が百メートルほどになったとき、パトロール車の拡声器から声が聞こえた。

「そこの車、停まれー!」

 サファリツアーの運転手をしていたカイの声だった。

「あいつ、金欠だからってレンジャーまでやってるのかよ!」

 リクオが独りごちたとき、パトロール車の方から銃声が響いた。

「撃ってきた!?」

 慌ててサイドミラーを見ると、レンジャーの銃は真上を向いていた。

「威嚇射撃だ! 仕方ねえ、いくらか捨てるぞ!」

 後部座席のクーゴがそう叫んで窓から何かを投げ捨てた。

 パトロール車は落下物に気づいて急停止した。レンジャーたちが降りて落下物を調べ始める。

 その間に二人の車は走り去った。


 逃げ延びた二人は、営業時間前のレストランの厨房に保冷庫を運び込んだ。

「持ち帰れたのはこれだけか」

 クーゴが調理台にどんと赤身肉の塊を置いた。二十キロはありそうだ。

「これだけあれば十分だろ。さっきは何を捨てたんだ?」

 リクオが尋ねるとクーゴは頭を掻いた。

「頭部だよ。頭頂部の羽冠が高値で裏取引されるんだ」

「それをやっちまったら本当に密猟者だろ……」

 リクオは呆れ顔で見たが、

「まあまあ、試作するからお前は席で待ってろよ」

 とクーゴは汚れた服を着替えながら笑った。


 三十分後、テーブルで待っていたリクオの元に、苦虫を噛み潰したような顔のクーゴが料理を運んできた。

 皿にはミディアムレアに焼かれたカットステーキが載っている。中心部分のピンク色が美しく、香ばしい香りが食欲をそそる。

「これが鳳凰の肉か。赤身が多くて意外と美味そうじゃないか」

 リクオが褒めるがクーゴは渋い顔のままだった。

「いいから一口食ってみろ」

 促されるままフォークを手に取り肉を口に運ぶ。

「うっ……」

 リクオは悶絶した。

 口に入れた途端に広がる獣臭さ。

 やたらと弾力があって固い肉質。

 臭いに耐えながら咀嚼し、水と一緒にようやく飲み込んで叫んだ。

「何でこんなに不味いんだよ!? お前、俺たちの祖父母世代は焼いて食ってたって言ってただろ!」

 クーゴは神妙な顔になった。

「俺のばあちゃんは確かに言ってた。昔より肉が不味くなったのかもしれない」

「そんなことあるかよ?」

 リクオが問うと、クーゴは「可能性はある」と言った。

「考えられるのは餌だ。昔はもっと人里近くに生息していたから、人間の出した残飯を食ってたんだと思う。そうやって育った鳳凰の肉はきっと美味かったんだ」

「だが今は野生下で草や虫しか食べてないから不味い……ってことか?」

 クーゴが頷いた。

「でも美味しく調理すれば良いだけの話だろ? お前は村一番の料理人だろ!」

 リクオが持ち上げるが、クーゴはわざとらしく両手を上げて降参のポーズを取った。

「いくら俺でもこれだけ素材が不味いとどうしようもない」

 それを聞いてリクオはがっくりと項垂れた。

「どうすりゃいいんだ! マシな餌を食べてる鳳凰なんているわけが――」

 そこまで口にして、ふと昨日のカイの言葉を思い出した。

『――人工繁殖のおかげで増えてはきたんですけど――』

「……いや、心当たりがあった」

 リクオは携帯電話を取り出し、ある施設にアポイントメントを取った。



 翌日、リクオは村の外れにある木造の建物の前にいた。

 看板には『鳥獣保護センター』と書かれている。

 リクオが入り口のチャイムを鳴らすと、見知った人物が出てきた。

「はいはいリクオさん、お待ちしてました!」

 元気良く出迎えてくれたのは運転手でレンジャーのカイだった。

「カイ!? 何でお前がここにいるんだ?」

「運転手の仕事が無いときはここで働いてるんですよ。俺、万年金欠なもんで!」

「トリプルワークなんかしてたら体壊すぞ……」

 リクオは呆れたが、カイは笑いながら言った。

「俺は頑丈だから平気ですよ! で、今日は鳳凰を観察したいとのことでしたね。ご案内します」

 二人は飼育場へ移動した。

 広い柵に囲まれた内側で数頭の鳳凰がとことこ歩き回っている。

 リクオは柵の近くにいた一頭を観察した。間近で見ると目がぐりっと大きく愛嬌がある。鳳凰の特徴である羽冠もピンと立って美しい。

 最初から商人をここに連れてくれば満足してくれたかもしれないと、リクオは手遅れながら考えた。

 だが今は何とかして肉を手に入れなければならない――そう思いながら鳳凰を眺め入るリクオにカイが声を掛けた。

「綺麗でしょう。俺も時々世話してるんですよ」

「ああ、よく手入れされてるな。餌は何をやってるんだ?」

「市場からもらった野菜くずとかですよ」

 それを聞いてリクオは安堵した。

「そうか、健康そうな体つきをしてるもんな」

 他愛もない会話のつもりだったが、カイがジトッとした目でリクオを見つめてきた。

「値踏みするような言い方しますね。……何か隠してませんか?」

「何かって何だよ」

「昨日、鳳凰を密猟したやつがいたんですよ」

 急にその話題を振られてリクオは動揺した。

「そ、そうか、お前も巻き込まれて災難だったな」

「どうしてリクオさんは俺がその場にいたことを知ってるんですか?」

「えっ……」

 言葉に詰まった。カイが畳み掛けるように問い詰める。

「さっき『トリプルワーク』って言ったのは俺がサファリツアーと保護センター以外で働いてるのを知ってるからですよね。でもパトロール車の仕事は昨日が初めてで、まだ誰にも話してないんですよ」

 カイは一息吐き、リクオを見据えて言った。

「密猟者はリクオさんなんですね」

 あまりにも鮮やかに言い当てられてリクオは何も言えなかった。

 カイはため息を吐いた。

「何でそんなことしたんですか! リクオさんは理由無くそんなことする人じゃないでしょう。俺に話してくださいよ!」

 リクオは諦めて、商人に鳳凰を食べさせなければ契約が危うい旨を正直に話した。

 話を聞き終えたときカイは憤慨していた。

「商人はひどいやつですけど、それを聞き入れるリクオさんもリクオさんですよ!」

 一回り近く年下のカイにもっともな説教をされてリクオは小さくなった。

「俺だってこんなことしたくないけど……工房の命運が懸かってるんだ」

 年長者のリクオの泣き言を聞いて、カイも困った表情になった。

「確かに取引停止はまずいですね……リクオさんの絨毯は村の主力産業ですし」

「そうだろう? だから鳳凰を譲ってくれ」

「それとこれとは別ですよ!」

 二人が言い争っていると、近くにいた鳳凰が急にどっかりと座り込んだ。苦しそうに息を荒らげている。

「具合でも悪いのか?」

 リクオが心配するが、普段から世話をしているカイは平然としていた。

「いや、こいつは……まあちょっと見ててくださいよ」

 鳳凰は数分間力んでバッと立ち上がった。

 その瞬間、巨大な黄色の卵がゴロンと地面に落ちる。

 産み終えた鳳凰はすっきりした様子で飼育場の奥の方に歩いて行った。

「今は産卵期なんですよ。この柵にはメスしか入れてないから無精卵ですけど」

 カイの解説を聞きながらリクオは地面の卵をまじまじと見つめた。

 ビビッドな黄色で、大きさはボウリングのボールほどもある。

「まさに金の卵って見た目だな」

 縁起物が好きな商人が気に入りそうだと考えたとき、リクオの頭に一つの可能性がよぎった。

 商人は鳳凰の“肉”とは指定しなかった。

 ならば卵でも条件に当てはまるのではないか、と。

「この卵をもらっていいか。どうせ無精卵なんだし良いだろ」

「えっ……それは……」

 思いがけない提案にカイが戸惑う。

 返答が来る前にリクオは財布から紙幣を数枚取り出してカイの手に握らせた。

「金に困っているんだろ。お前が黙っていればわからないって」

 これではクーゴに言われたとおりの悪徳商人ではないか――リクオは暗い気分になったが、工房の存続のためにはなりふり構っていられなかった。

 カイはしばらく悩んでいたが、最終的に自分のポケットにそっと札をしまい込んだ。


 リクオは卵をバッグに隠して営業時間のレストランを訪れた。

 すぐにクーゴが出てきてスタッフの休憩室に招き入れる。他の料理人は厨房に出ていて、部屋は二人だけだった。

「肉は手に入ったか?」

 期待の眼差しを向けるクーゴにリクオは首を横に振った。

「すまない、肉は無理だった。けど代わりにこれを持ってきた」

 リクオは卵を取り出して机の上に置いた。

「鳳凰の卵だ。これで料理を作ってくれ」

「はあー……鳥の図体がでかいと卵もでかくなるんだな」

 クーゴは初めて見る巨大な黄色の卵に目を丸くした。

「しかし、どう調理したもんかな……」

 クーゴが考え込むのでリクオは不安になった。

「難しいのか?」

「普通に料理しても大量の卵料理ができるだけだしな。度肝を抜かれるようなもんを作らないと、あの人は納得しないよな?」

「まあそうだよな……うっ、胃が」

 リクオは腹を押さえた。

「すまんが水をくれ」

「はいはい」

 クーゴが部屋の外へ取りに行く。

 その間にリクオはバッグからピルケースを取り出した。透明なプラスチックの円筒が三段重なった形状のものだ。

 クーゴが戻ってきて水の入ったコップを差し出す。

「ほらよ」

「ありがとう」

 リクオはケースの一段目から錠剤を取り出し、水と一緒に飲み干した。

 その様子をクーゴが興味深そうに見つめている。

「それ、何だ?」

「胃薬だよ。仕事柄ストレスも多いから携帯してるんだ」

「そうじゃなくて、そのケースの方だよ」

「ピルケースのことか? 使う分だけ小分けにして持ち運べるんだ。便利だぞ」

「段々……小分け……」

 クーゴは俯いて何か唱えていたが、ぱっと顔を上げた。

「良いアイデアが降りてきたぜ!」

 その顔には満面の笑みが浮かんでいた。



 そして商人が再び村を訪れる日が来た。

 食事をしてから契約の話をすることになったので、リクオはレストランの前で商人を待った。

 約束の十分前に到着したハイヤーを出迎える。

「商人殿、お久しぶりです」

「久しぶり! 今日は約束通り鳳凰を食べさせてくれるんだろうねえ? 仕事の話はそれからだよ?」

 降りてきた商人がリクオの肩をポンポンと叩く。

 やはり契約の成否は料理に懸かっているようだ。

「きっと満足して頂けると思います」

 リクオはそう言ったがあまり自信が無かった。

 クーゴにどんな料理を作るのか聞いても「敵を欺くにはまず味方から」とはぐらかされて教えてもらえなかったのだ。

 給仕に案内されて席に着くと、料理長のクーゴが挨拶に現れた。

「お客様、お久しぶりです。本日はご要望通り鳳凰料理をご用意致しましたので、心ゆくまで美味しい料理をご堪能ください。解説は私がさせて頂きます」

 クーゴが厨房に目配せすると、給仕が料理を運んできた。

 大きな皿の上に巨大な黄色の卵がコロンブスの卵の状態で立っている。

「こ、これは……何?」

 商人は困惑した。

「鳳凰の卵でございます。鳳凰を召し上がりたいといことでしたので、こちらをご用意しました」

 クーゴがさらりと言う。

「えーっ、僕は鳳凰の肉のつもりで言ったんだけど……」

 不満げな声にリクオは心が落ち着かなかった。

 商人はしばらく唸っていたが、

「まあ、僕もはっきり言わなかったし……卵でもここしか食べられないものだから、良しとするか」

 と納得してくれたので、リクオは胸を撫で下ろした。

「じゃ、早く持って行って調理してきてよ」

 商人と同じく、目の前の卵を調理するのだとリクオも思っていた。

 しかしクーゴは首を横に振った。

「料理は既に完成していますよ」

「えっ?」

 商人とリクオは動揺した。

「まさか、ゆで卵ってこと?」

 商人が凝視すると、殻にヒビが数本入っていることに気づいた。殻を横に一周する直線が卵を五等分していて、、だるま落としのようだ。

「この線は一体なんだい?」

 クーゴはその質問に答えなかった。

 代わりに殻の先端をナプキンで掴み――持ち上げた。

 パカッ、と最上段のヒビより上が取れた。

 そして卵本体はDを横にした形になったが、その天辺にはトロトロの半熟卵にマヨネーズを添えた前菜『ウッフ・マヨネーズ』が載っている。

「ど、どうなってるの?」

 商人の困惑した表情に、クーゴは微笑んで言った。

「卵を段々に分割して、それぞれに料理が入っております」

 つまりクーゴは、卵にジャストサイズの料理スタンドを用意し、周囲を鳳凰の卵の殻で覆ったのだ。

「どうぞ召し上がってください」

 クーゴに促された商人はフォークを手にし、ウッフ・マヨネーズを口に運ぶ。

「……うん、マヨネーズソースのバランスが良いねえ」

 商人が美味しそうに咀嚼する。

 給仕がリクオにも同じ料理を運んできた。普通のプレートに載っていたが、リクオは卵の殻が一個分しかないからだと納得した。

 前菜を食べ終えるとクーゴが卵の一段目を外す。

 二段目はどっしりとしたキッシュだった。作りたてではないのに湯気が立ち上っている。殻がティーコゼーのように保温の役割もしているようだった。

 その後も、かきたまスープにエッグ・ベネディクト、締めのデザートと、様々な料理が卵から飛び出した。

 食後のコーヒーを飲みながら商人がクーゴに言う。

「いやあ、美味しかったよお」

「ありがとうございます」

 クーゴは満足そうに微笑んだ。一ヶ月前に料理を罵られた溜飲は下がったようだった。

 商人はリクオに向き直る。

「リクオくんはどれが良かった?」

「デザートが美味しかったですね。カスタードのような見た目なのに、ねっとりもっちりとした不思議な食感でした」

 商人の顔色を窺うのに集中していて、途中の料理の味はほとんど覚えていなかった。

「あれはサンプーチャンって料理だよ! 僕も久しぶりに食べたよ」

 和やかな雰囲気が流れる。

 これなら契約もまとまりそうだとリクオは切り出した。

「商人殿、来期の正式な契約ですが……」

「ああそうだったね。食事もまあまあだったし、もちろん良いよ」

 こうして無事に契約は締結された。


 レストランに迎えのハイヤーが到着し、リクオとクーゴも見送りのために外に出た。

 商人が窓を開けてクーゴに声を掛ける。

「卵の器のアイデアは面白かったよ」

「ありがとうございます」

「でも……本当に“鳳凰の”卵のフルコースだったのかな?」

 えっ、とリクオは思った。間違いなく自分が飼育場から拝借した鳳凰の卵のはずだ。

 しかし横のクーゴをは笑顔が固まっていた。

「まっ、来年は本物を頼むよ」

 そう言って窓を閉めるとハイヤーは走り去ってしまった。

 小さくなる車の影を見送りながらリクオはクーゴに問う。

「なあ、商人殿が何か言ってたけど……」

 クーゴは頭を気まずそうに言った。

「……さすが美食家だな、やっぱりバレてたか」

「どういうことだよ!」

 胸ぐらを掴んで詰問する。

「鳳凰の卵は試作のときに使い切っちゃったんだよ。でも味は鶏卵と変わらなかったから、それで作ったんだ」

「それじゃ普通の卵料理じゃないか!」

「でもお前は気づかなかっただろ? それに契約できたんだから良しってことにしろよ」

 クーゴがリクオの背中を叩く。

 確かに、鳳凰が用意できなかったと正直に言っていれば、商人は怒って帰っていただろう。

 リクオはまだ少し納得がいかなかったが、友の機転に感謝することにした。

 そして次回の契約更新のときには、カイに多めに横流ししてもらおうと心に誓った。

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