優しかったあの子
夏の暑い日、当時小学2年生だった私、カナは公園で友達4人と遊んでいた。
最後に遊んだのはかくれんぼで、最後に見つかったのはミカという女の子だった。かくれんぼが終わったとき、ちょうど夕暮れ時だったので、その日はそのまま帰った。
だが、次の日からミカの様子がどうもおかしくなった。
優等生だったはずのミカが授業中に寝ていて怒られたり、テストで酷い点を取っても平然としていた。
変化は言動にも表れた。一人称が「私」から「俺」に変わり、態度はどんどん粗暴になっていった。ミカのお母さんは当然頭を抱えており、病院にも連れていったそうだが、何の病気も見つからなかったそうだ。
私がこんなことを思い出したのは、社会人2年目に実家に帰っている途中、最後にミカとかくれんぼをして遊んだ公園の前を通り過ぎようとしたときだった。
ミカの様子がおかしくなってからは、みんな、だんだんミカに近づかなくなっていった。私だってそうだ。でも、公園を見ると嫌でも思い出す。昔の優しかったミカを。遊んでいた頃の記憶を。
フラフラと誘い込まれるように、私は公園に入った。
「懐かしい。変わってないなあ」
そんなことを呟きながら、ふと目に止まったのは公衆トイレだ。ミカはこの裏に隠れていた。
何となく、公衆トイレの裏に入ってみた。すると、ぽつんと使い古されたような人形が落ちていた。
「子どもの落し物かな」
そう思った私は、近くの交番に届けようと、人形を手に取った。
いや、正確には手に取ろうとした、だ。
ぐるんと視界が回り、気がついたら空を見上げていた。
立ち上がろうにも何故か体に力が入らない。
ふと、視界が暗くなった。
「久しぶり」
その声に驚く。
だってその声は……私の声だったのだから。
「驚いてる?驚いてるよね。私もそうだったから。小学2年生からずっとずっと誰かに手に取ってもらえるのを待っていたの。ね、カナ。私、ミカだよ」
え!?っと声を上げたはずが声が出ない。
「声、出ないよね。今のカナ、人形だもん。えっと鏡あるかな、あ、カバンに入ってる。ほら、これ」
見せてくれた鏡にはさっき手に取ろうとした人形が映っていた。
何で?どうして?
「誰かが手に取ってくれたら魂がその人と交換できるよ。大丈夫。魂は寿命を取らないから。これからはカナの記憶を元に生きるね。私、疲れちゃったの。人形でいるとね、瞬きもできないの。でも、お腹がすくことも、痛みを感じることも、寒さを感じることもないの。捨てられない限り、希望はあるよ。」
ニコッと笑う自分、もといミカに恐怖を覚えた。
「大丈夫。心配しなくてもこの公園は無くならないから。今でも色んな人が利用してるよ。この公衆トイレの裏にくる人はいなかったけど。まあ、私たちみたいにかくれんぼをする子どもたちがいればいいね。じゃあ、ありがとう」
ミカはカナにくるりと背を向けると、歩いていった。
「待って、行かないで。助けて」
そんな叫びは届くはずもなく、虚しさだけが残った。
これからどうしよう。どうしたらいいんだろう。
そんなことを考えるので精一杯だったカナには「ごめんね」と呟いたミカの言葉は届かなかった。
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。
体がどんどん濡れていく。瞬きもできないので目にも容赦なく雨は降りそそぐ。
「痛っ!?冷たっ!?」
反射的にそう思ったが、実際はそんなことはなかった。痛みも冷たさも感じない。
いつまでこうしていればいいんだろう。
何もすることがない。何もすることができない。
心が壊れそうだ。
カナは泣きたい気持ちでいっぱいだったが、無情にも、涙を流すことさえ許されることはなかった。