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君の背中にはレッテルがある  作者: 川住河住
第一章【ズレ】
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6話 エスコート

 秋葉駅から万代駅(ばんだい)に向かう電車に乗り込むと、すぐに扉が閉まって発車した。

 席は空いているけれど、なんとなく座る気になれなかった。

 万代駅までは二十分もあれば着くだろう。吊革につかまって立っていてもそれほど苦にならないはずだ。それに、立っている方が集中して考えられる気がした。

 ただ一つの例外を除けば。

「【ズレ】って何だろうな」

 例外が話しかけてきた。

「黒い影って何だろうな」

 いつもと違って真面目な話だったので返答する。

「メガネちゃん。明るくていい子だよな」

「うん。本当にいい人だよ」

 僕を色眼鏡なしで見てくれる数少ない人だと思う。

「僕をちゃん付けで呼んだり、男なのに妹扱いしたりするのは、【ズレ】だと思う?」

「人との接し方が他の人と違う。ズレているということか」

 電車が駅に止まり、扉が開いて人が入ってくる。そして電車がまた動き出した。

「昨年、僕が入学して図書委員会に入ったばかりの時は、さん付けで呼ばれていた」

「それなら普通だな。ちゃん付けになったのはいつからだ?」

「昨年末くらいからだと思う。それまでも当番でいっしょになることがあって、仕事上必要なことを話すことはあったけど。昨年の十二月くらいから私的なことも話すようになったかな」

 しかし、特にこれといってきっかけがあったようには思えない。

「お前に会う前からあの子の様子を見てきたが、別にいじめられているようでもないな」

 確かに委員会でも男女共に自然と話しているし、廊下で友達と並んで歩く姿も見かける。いじめられているわけでも、友達がいないわけでもない。他人からレッテルを貼られるような人ではないはずなのに。けれど彼女の背中には、レッテルが貼られている。それが良い評価やイメージなら良いのだが。

「黒い影なんて抱えているってことは、悪い評価なんだろうなぁ。笑えない」

「弱気になるなよ。俺も協力するんだ。しっかり頼むぜ」

 その後も万代駅に着くまで幽霊と話し合ったが、答えは見つからなかった。



 万代駅の地上改札口を抜けると、多くの人で賑わっていた。

 高校名の書かれたスポーツ鞄を肩にかけた学生の集団。仲の良さそうな男女のカップル。杖をついて歩いている老齢の女性。改札前の公共スペースでは物産展が催されている。

 しかも今日は週末の土曜日だ。様々な要因が重なってこの混雑が出来上がっているのだろう。

 人にぶつからないように気をつけて駅の待合室に向かう。そこにも人はいるけれど、改札前ほど混んではいなかった。

 おかげで待ち人もすぐに見つかった。その人は春らしい淡いピンク、桜色のカーディガンを着ていた。

「おはよう」

「おはようございます。早いですね」

 待合室の時計を確認すると、津川先輩と約束した時刻にはなっていなかった。

「つい癖で早く家を出ちゃって」

「先輩の家は遠いですからね。家から高校まで一時間くらいかかるんでしたっけ」

「そうなの。いつも朝起きるのが辛いよ」

 けれど、少しも眠そうな仕草を見せない先輩。早起きが慣れているからだろうか。

「今日はどうしますか。万代駅の地下にも本屋がありましたよね。そこにしますか?」

「駅地下でもいいけど、品揃えの良いデパートの方の本屋にしない?」

「はい。いいですよ。荷物持ちは任せてください」

「では、エスコートよろしく」

 図書委員会の仕事じゃないですか、とは、彼女の笑顔を見たら言えなかった。

 背後でニヤニヤと笑みを浮かべている幽霊がいる気がしたけれど、気のせいだと思う。

 人の流れに乗って万代駅前商店街を歩いていく。デパートに近づくほどに人の多さがどんどん増していく。ここの商店街は、秋葉駅前商店街と違っていつも賑わっている。若者に人気の服屋や飲食店が並び、いくつもの業種の店が入っているデパートが近くにあるのだから当然か。

「あっ」

「どうしました?」

 横断歩道で信号待ちをしている時、先輩が思い出したように口を開いた。向かう予定の本屋が入っているデパートは、もう目と鼻の先だ。

「今年、ちゃんとお花見してない」

「言われてみたら僕も。だけど、この時期だと桜の花は、もう散ってしまいましたね」

「どうしても忘れちゃうんだよね。秋葉市内は、モミジの木ばかりだから」

「桜の木は、大きな公園とか川沿いにありますよ」

 信号が青に変わったので歩き始める。

「私の場合、秋葉駅から商店街を通って秋功学園に行くから見る機会がほとんどなかったよ。真実ちゃんは、地元だから通学途中に見られるんじゃない。確か自転車通学?」

「自転車で通えるんですけど、体力作りのために徒歩で行くように言われています」

「何それ。厳しい」

「文武両道が学園の基本方針ですから」

 そうこうしているうちにデパートに到着した。先輩といっしょにフロアガイドを確認し、本屋がある階までエレベーターで昇る。一階上がるごとに人が乗ったり降りたりしていくため、小さな箱は常に混んでいた。僕らが本屋のある階で降りる時もひと苦労だった。

 本屋の入口付近に特設コーナーが作られ、児童書のキャラクターを模した着ぐるみがいた。着ぐるみらしからぬ軽快な動きを見せて、幼い子ども達を惹きつけている。

 ふと気づけば津川先輩もそちらに目をやっていた。彼女も昔読んだ作品なのかもしれない。

「懐かしいですか?」

「えっ? あ、うん。懐かしい、かな」

 反応が悪い。どこか上の空だ。やはり朝が早かったら眠いのだろうか。

「先輩は、購入リストを見て本を探してください。それを僕がカゴに入れていきますから」

 僕は、入口にあったカゴを取って準備する。十冊くらいなら一つのカゴで収まるだろう。

 先日津川先輩から頼まれたのは、図書室に新しく入れる本を購入するから一緒に来てほしいというものだった。ちょうど週末の予定はなかったので二つ返事で了承する。しかし、ここより品揃えは劣るけれど、学校近くの本屋ではダメだったのだろうか。

「次は『ブラック企業の倒し方』……。高校生がこんな本を読むの?」

「今はパートやアルバイトでも長時間労働させたり残業代を払わなかったり、違法労働させるところが多いらしいですよ。だから関心はあるんじゃないですか?」

「そうだよね。じゃなかったらアンケートで上位に選ばれないものね」

 もちろん、秋功学園の図書室の本を全て図書委員が購入しているわけではない。今回は、購入希望書籍のアンケートで上位に挙がったジャンルやタイトルの本を買いに来たのだ。津川先輩の話では、代々図書委員長と翌年の委員長になる人に任される仕事だという。つまり僕は、次期図書委員長になるということか。

「重くない?」

 先輩が気遣って尋ねてくる。ハードカバーが四冊、文庫が三冊、新書が二冊、カゴに入っている。ずしりと腕に負担がかかっているけれど、辛いと感じるほど重くない。

「大丈夫ですよ」

「あと一冊で最後だから。がんばって」

「はい。次期委員長としてしっかりと務めます」

「あはは。この仕事をやった人が必ず委員長になるわけじゃないよ」

 僕の勘違い? なんだか思い上がっていたみたいで恥ずかしい。

「でも来年、真実ちゃんが生徒会役員じゃなくて図書委員長になってくれたら嬉しいなぁ」

 先輩は、背を向けたまま言った。僕は、何と返したら良いか分からなかった。

 最後の一冊をカゴに入れてレジに持って行き、支払いは津川先輩に任せた。

「領収書は『秋功学園高等学校』でお願いします。それと、袋は二つに分けていただけますか」

 非常に丁寧な物腰でお願いする先輩。こういうところも真面目な彼女らしいと思った。

 購入した書籍は、ほんの数分で二つの紙袋に入れられた。僕たちの後ろにカゴを持った人が並び、レジ周辺が混んできた。僕は、袋を両方とも持って先に書店を出る。二つに分けられたおかげで腕にかかる負担も半分ずつになった。後輩想いの優しい先輩の配慮に感謝だ。

「もう、それじゃ袋を二つに分けてもらった意味がないでしょ」

 会計を済ませた津川先輩がトコトコやってきた。何故だか少し怒っている。

 彼女は、無言で右手を差し出してきた。お手を要求しているわけでないことは分かる。

 しかし――。

「ここで袋を一つ渡してしまうと、僕が来た意味がなくなると思いませんか?」

「私の可愛い後輩の可愛くないところ。屁理屈をつくところ」

「僕はともかく、先輩は可愛いと思います」

 肩をポカリと叩かれた。あまり痛くない。

「これからどうしようか」

 先輩は、ズレた眼鏡を直してから尋ねてくる。

 幸い、今日は一日空けてある。このまま先輩と一緒にどこかで遊ぶのも良いかもしれない。












「香夏子ちゃん?」

 誰かが津川先輩に声をかけた。


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