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君の背中にはレッテルがある  作者: 川住河住
第三章【傷女】
21/32

21話 そして扉は開かれた

「それから僕は、あかねと距離を取るようにした。『おまじない』に頼りすぎたから。能力を使わせすぎたせいで、あんなことになったんだから……」

「だから、校内であんなに顔を合わせないようにしていたのか」

「うん。家の中でも部屋には入れないし、できるだけ顔を合わせないように過ごしてきた」

「でも、あかねちゃんの意識は戻ったし、大事にはならなかったんだろ。それなのにどうしてお前がレッテルを貼ることになるんだよ。そもそもあの子のレッテルは何だ?」

 幽霊が背後から身を乗り出して聞いてくる。

「栃尾あかねのレッテルは【傷女】(しょうじょ)。傷の女と書いて【傷女】。それは僕が貼り付けた。でも」

「でも、何だよ?」

「……どういう経緯で貼り付けたのか、正直よく覚えていないんだ」

「はぁ? どういうことだよ」

 彼が呆れと怒りのこもった声を上げる。だが、それも無理はない。あかねの両腕の傷を見たところまでは、僕もはっきりと覚えている。しかし、その後のことがどうにも思い出せない。そこだけぽっかりと記憶が抜け落ちていしまっているのだ。

「いつの間にか僕も眠ってしまっていて、目が覚めたら布団の上だった」

「はぁ? 倒れたぺったんちゃんと添い寝したのか? 意味が分からん」

「違う違う。なぜか僕は布団に寝ていて、あかねは意識を取り戻していて立っていたんだよ。それを見て僕は、彼女に対して【傷女】と言ってしまったんだよ」

「ますます意味が分からん! よく思い出せ!」

 先ほどから幽霊は、そればかり言っている。だが、支離滅裂な説明を聞けばそんな反応になっても無理はない。けれど、本当に覚えていないし思い出せないのだ。

「思い出す努力はするけど、こっちの問題はどうするかな」

 僕は固く閉じられた離れ屋の戸を指さす。幽霊は低い声でうーんと唸る。

 先ほど離れ屋の戸は開かれた。しかし、すぐに閉じられてしまった。あかねの姿を見ることはおろか、声さえ聞くことができなかった。これでは救いようがない。

「幽霊の俺が戸の前で裸踊りをしても効果がないだろうからな。どうしたものか」

 たとえお前が生身の人間だったとしても、男の裸踊りなんて見たいとは思わない。それに、そんなことで戸を開けてくれるものか。もしそれで成功したら神様も驚く奇跡だろう。

「あの、真実さん。ここに来るなんて珍しいですね。どうかなさいましたか?」

 戸の向こうから小さな声が聞こえてくる。その声は、紛れもなく栃尾あかねのものだ。

 僕は一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから返事をする。

「今日、学校を休んだから心配になって来たんだよ。体調はどう?」

「ご心配をおかけしてすみません。もう大丈夫です。明日には学校に行けると思います」

 本当だろうか。声だけ聞くと元気がないことは明らかだ。

「そうだ、お弁当ごちそうさま。でも、体調が悪かったらお弁当作りは休んで良かったのに」

「お気遣いありがとうございます。でも真実さんのお弁当は、どうしても私が作りたくて……」

 それを聞いて少し恥ずかしくなった。だが、背後からの冷やかしですぐ冷静になる。

「ねぇ、あかねさん。あの約束は破棄するから。ここを開けて顔を見せてくれないかな」

 かつて僕とあかねの間で結んだ約束。家でも学校でもお互いに顔を合わせないというもの。家ではドア越しに話をするようにした。学校でも余程のことがない限り、話さないよう努めた。だが最近は、学校で何度か彼女から話しかけられたことがある。

「最近は、約束を破っていたよね。だから、もういいんじゃないかな」

 この約束は、あかねが倒れて以降に結んだ。

 理由は二つ。

 これ以上、彼女の能力に頼らないという戒め。

 そして僕が彼女のレッテルを見たくないという身勝手な理由。

 あれからずっと約束は守られてきた。もちろん、同じ学校で同じクラスにいる以上、完全に顔を見せないなんてできるわけがない。それでも何か理由がない限り、小中高とお互い顔を合わせず、話さずに生活してきた。それなのにどうしてだろう。

「申し訳ございません。真実さんの顔色があまり良くなかったので、つい声を……」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。僕は、見た目よりも丈夫なんだよ」

「はい。昔はいつも泣いていらっしゃいましたけれど、今は泣かなくなりましたものね」

 使用人、いや、幼馴染からの強烈な言葉の暴力。レッテルを言い当てられるよりも強力。

「あ、すみません。失礼なことを……」

「いや、あかねの言う通りだよ。あの頃の僕は、いつも泣いてばかりいたから」

 丈夫にならなければいけなかった。

 強くならなければいけなかった。

 そうしなければ、また彼女に頼ってしまうと思ったから。

「……懐かしいです」

「え?」

「昔は、家でも学校でも名前で呼び合っていましたから」

「ああ、うん。初めて会ったのは小学生の頃だし、呼び捨てが普通だったから」

「いっしょに登下校もしていましたよね」

「そうだね。いっしょに寄り道したり公園で遊んだりもした」

「あの頃は毎日がとても楽しかったです。また……できたらいいのですけれど……」

 あかねのか細い声が聞こえてくる。それは、悲痛な叫びにも聞こえる。

 約束を結んでからは名前で呼び合うことも、いっしょに帰ることも、遊ぶこともなくなった。

 『おまじない』は言うまでもないことだが、あれから一度もしてもらっていない。

「ねぇ、あかね。ここを開けてほしい。直接顔を合わせて話がしたいんだ」

 返事はない。

 しかし、扉の向こう側にまだ彼女がいることは確かだ。

「ここを開けてくれたら、明日からまたいっしょに登下校するから」

「お。いつになく必死だな」

 黙っていた幽霊が茶々を入れてくる。何とでも言えばいい。あかねのレッテルは、僕が貼りつけたものだ。だから、僕が剥がさなければいけないのだ。それが僕の役目だから。 

 扉の向こうから僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。やはり彼女は、そこにいてくれる。

「今まで無視してごめん」

「いいえ……」

「今までつき離してごめん」

「いいえ……」

「自分勝手なお願いだとは思っている。だけど、あかねを助けたいんだ!」

 返事がなくなった。

 ダメか。そう思った時、カチャリと鍵の音。閉じられていた扉は、ゆっくりと開かれる。

「あかね!」

 目の前に立つ彼女を見て、叫ばずにいられなかった。

 あの冬の日の姿と重なって見えたから。

 顔色は悪く、ひどく虚ろな目をしていて、立っているのもやっとのように震えている。

「真実、さん……」

 ハッキリと僕の名前を呼んでくれた。だが次の瞬間、ふっと前のめりに倒れ込んだ。

 慌てて支えるが、彼女は足に力が入っていないのか、ぐったりとその場に崩れ落ちる。

「おい! あかね! しっかりしろ! あかね!」

 僕は大声で呼びかける。起きろ。起きてくれ。お願いだから、目を覚ましてくれ。

 しかし僕の声が玄関に虚しく響くだけで、彼女は一向に目を開けようとしない。それでも、彼女の手を握って何度も呼びかけ続ける。諦めてたまるか。


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