一触即発
ロザリンドの両親はひそひそと声をひそめて、何やら企んでいる様だった。
「あれで良かったのだろうか?ご挨拶もちゃんとしていなくて」
後悔はしていないものの、少々不安になった父親が言う。
「良いんですの!私達の娘にした事を思えばあの位⋯⋯」
母親は自信満々で言い放った。
「うむ、それもそうだ」
ロザリンドの妄言を信じている二人は、彼方から頭を下げるのが当然だと思い、あの様な暴挙に出ていた。
「それにしても、まだ知らされていない様ですね」
「領地にいたからか?息子のやらかしを知ったら、飛んで来て土下座でもいい位だ」
「そうですわよ。危うくあの子と赤ちゃんの命が危なかったのですもの」
「それと慰謝料はどの位当てに出来るだろうか?」
「将来の公爵の仕出かしですもの。当然揉み消しに躍起になるでしょう」
「婚約者もいらっしゃらない。彼の将来を考えたら、汚点を残す訳にはいかんからな!」
「それを当てにして色々買い込みましたでしょう?口止め料も込みで相当頂けると思いますの」
そう。公爵家から慰謝料を貰えると思い込んでいる二人は、連日散財を繰り返していた。
かなりの金額を見込んでいる為に、より高級品を大量に買い込んだり、食事や観劇と言ったものにも使いまくっていた。
「ロザリンドも無事回復したし、良い事尽くめだ!」
「そうですね、ロザリンドをこちらに嫁がせて良かったですわ」
「あちらのご両親と晩餐でお会いするだろう。どんな顔をするか見ものだな」
「えぇ、これからは立場が逆転しましてよ」
「しかし、顔に出してはいかん。あくまであちらの誠意を受け取るのだから」
「そうですわね。公爵様がその話題に触れるまでは黙っていましょう」
「あくまでこちらは渋々誠意を受け取るのだ。物欲しそうな顔をしない様に気を付けねば」
「あら、私は元からそんな顔しておりませんわ」
二人は笑いが止まらなかった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「お爺様はどういうおつもりか⁉︎」
ここは別館の応接室。
今日到着した両親、弟とその婚約者、アイザックと執事がこれまでの顛末を話していた。
これからロザリンド様のお見舞いに部屋を訪れると言っていたので、急遽話す事となった。
事情を知っているのとそうで無いのとでは混乱が起こる。
「そんな酷い事!」
母が倒れそうになる。隣に居た父が支える。
「兄様があんまりにも可哀想じゃ無いか」
「そんな悪意があるなんて⋯⋯」
弟の婚約者も余りの事に茫然として言う。
「私もお爺様の真意が見えない。でも何かお考えがあっての事」
「それにしてもアイザックにだって名誉があります」
自分の息子を虚仮にされて母親の怒りは相当のものだ。
「彼方のご両親もペラペラ喋る様な事はないと思うが、どこから漏れるやも知れん」
「考えればおかしいと思う事なのに、頭が悪いのかなぁ?」
弟が辛辣に言った。
「お爺様に聞いてみよう、今どちらに?」
「朝からお出掛けです」
「お一人で?」
「はい、晩餐までにはお戻りとの事です」
「早く帰られたら、こちらに案内してくれ」
「畏まりました」
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
結局、お爺様は晩餐前にお戻りになった。
アイザックの両親達はあの後感情を押し殺し、ロザリンド様のお見舞いがてら挨拶に伺った。
型通りの挨拶の後、労いの言葉をかけて、晩餐でお会いしましょうという事になった。
あちらの両親は意味ありげな目配せをするし、言葉の端々に棘が感じられたと弟の感想だ。
しかし当のロザリンド様は落ち着いた笑みで、相変わらず何を考えているのか理解の及ばない方の様だ。
そうしていよいよ晩餐の時間になった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
食事が終わり、食後のコーヒーが配された所で、公爵が口を開いた。
「皆ももう既に知っている事と思うが、公爵位を譲る事とした。陛下の御前で報告して署名したら完了となる」
「あなた、まだ引退は早いと先日から言っているではありませんの」
ロザリンドはあくまでも離婚するまでは公爵夫人で居たかった。
「あぁ、ロザリンドの事は話してあるから、出席はしなくて良いぞ」
「そんな事ではありません!」
「もう決まった事だ。口出しは許さん!」
「公爵様、ロザリンドは病み上がりにございます。お腹に子も居ります故に言葉には……その……」
ロザリンドの父、サンチェス伯爵が言葉を濁して言う。
「デーヴィッド、ヒルデと共に公爵家を頼む」
「はい、畏まりました。心して務めます」
ロザリンドはナプキンを握りしめて、ブルブル震えている。
「撤回しては頂けませんのね」
「そうだ、移住計画も延びに延びたが、陛下への謁見が終わったら発つ事とする」
「私はこちらで出産をと何度も言っているでは無いですか!もうボケたの?」
辺りが静まり返った。皆息を飲んで成り行きを見守った。
「ロザリンド、我儘は許さんと言った筈だが?」
公爵がロザリンドを窘める。
「あなた、もう我慢できません!言わせて貰いますけどこのような事態になったのに、私に対しての思いやりが無いのですか?」
「どのような事態なのだ?」
「公爵様、娘にそれを言わせるのですか?我々も我慢の限界です!アイザック君どう責任を取るのかね」
サンチェス伯爵は声を荒げて言う。
「そうですわ、ロザリンドも私達も公爵家を思えばこそ、口を噤んでおりましたがあんまりでございます」
公爵のロザリンドへの愛を疑わない両親が、口を挟む。
「ほう、どういう事なのか聞かせて貰おうか」
公爵はにやりと笑って言った。
評価とブックマークをお願いします~<(_ _)>




