迫り来る足音
パトリシアは図書館を出て、中古ドレスショップでドレスやバッグを購入して帰途についた。
夕食の時間に妹を除く家族で食事をしていると、父がとんでもない事を言いだした。
「ウオッホン、えーセシリアには後で知らせるとして、皆に知らせたい事がある」
「知らせたい事?」
姉が聞いているが母はすまして落ち着いている……まさかあの話?
「手紙が来てな、来月父さんの古くからの友人。⋯⋯と言ってもだいぶ年上なんだがこちらに暫く滞在される事となった」
「お父様より年上でご友人なの?今迄伺った事もないけど。この辺に何しにいらっしゃるの?」
この辺は特段見るべきものも無い、そう言って姉が聞く。
「いや、色々と商談でな。相手は公爵様だぞ」
父は大層嬉しそうだ。
公爵ってあの?声を漏らさず心の中で悲鳴を上げた自分を褒めたい!
「とてもそのお年には見えない上品で穏やかで優しくてロマンスグレーの紳士なのよ」
母が私を見ながら微笑んでそう言った。
私に対してこんなことは滅多にない。
余りにもあからさますぎて何も言えなかった。
「如何言う経緯で御友人になられたの?お父様」
姉が食らいつく。
「いや昔世話になったことがあってな、アハハハ⋯⋯」
笑って大部分を誤魔化した。
「暫くってどの位滞在されるんですの?」
姉は余り身内以外のお年を召した方々と相性が良くない⋯⋯と言うか嫌いだと家族には言っている。
家の中に、祖父母や親戚以外で滞在されるのは、気詰まりだとでも言いたげな口調だった。
「二週間はいらっしゃると思うが」
「えー二週間もですの?私苦手なのよね」
そう姉が言うと母が助け舟を出す。
「ロザリンド。貴方は婚約者との交流で忙しいでしょうから、お相手はパトリシアにお願いするわ」
「えっ!」私は思わず大きな声を出した。
「お相手ってお父様のご友人でしょう?お父様とお母様でなさればいいじゃないですか」
姉が不審に思ったのか言ってくれる。
「丁度忙しくてね、パトリシアお願い出来ないかい?」
「私は婚約者を自分で探していますので忙しいのです、お断りします」
間髪入れずにお断りだ。
「その方、もしかして子供さんかお孫さんでもいらっしゃるの?」
姉は私に公爵家から縁談が来たのかもと警戒しているようだ。
うん、多分そう。相手本人だけどね。
「さぁ、どうだったかなぁ?」
父がわざとらしくとぼける。
「友人なのにそこは知らないのですか?」
私は冷たい口調で問い詰める。
「そうよ、変じゃない。分かった、私がお相手するわ」
姉は私に公爵家が品定めに来ることを、本能的にキャッチしたらしい。
あわよくば自分が成り代わろうとしているか、縁談を潰そうとしているかどちらかだと思う。
「貴方にお相手が務まる訳無いでしょう。パトリシアにお願いしましょう」
母が慌てて言う。
しかし姉はそれを聞いて確信したのか、自分が面倒を見ると言って聞かない。
「お姉様にお願いします。私は忙しいので」
「任せて頂戴、私がお相手するわ」
良い様に誤解してくれたお蔭で危機は脱したようだ。
「ご馳走様でした」
そう言って早々に席を立った。
両親は何か言いたげだったがそれ以上声は掛からなかった。