想いの変化
メイソン店長が共謀無しと言う事で、釈放されたと連絡を受けた。
その場に居合わせただけなのに、随分と長い勾留だったと思う。
パトリシアは事務所に顔を出した。
店はあれから休業状態、従業員は出社しているものの仕事が無く、皆一様に不安な顔をしていた。
「パトリシアさん、大丈夫だった?大変だったわね」
先輩であるマリナさんが声を掛けてくれる。
「はい、私は大丈夫です。其れよりも店長お戻りになったんですよね、こちらに来られましたか?」
「そう、やっと釈放されたの。こちらにはまだよ。私達も心配しているんだけど、家で休んでいるのかしら?」
「そうですよね。お疲れでしょうし⋯⋯」
「ところでその……、あの事件の日は何があったの?」
聞きにくそうに、皆が恐る恐る聞いてくる。
「ほぼ、新聞に書いてある通りです。おば様とウインドーショッピングをしていた時に、たまたま会ってしまって……」
「よりによって領主様に暴力をね。その内、何かやらかすとは思っていたけど⋯⋯まさかそこまでとはね」
マリナさんの言葉にみんな頷いた。
「あの⋯⋯此処、潰れるんでしょうか?」
売り場の店員をしている子が恐る恐る聞いてくる。
「その可能性が高いわね、よりにもよって高位貴族ですもの。タダじゃ済まないわね」
そう言いながら、パトリシアの言葉を待っている様に感じた。
一斉に視線が集まるのを感じる。
「おば様がそこまでの処罰を望むかは何とも。でもおば様の意思とは関係無く、貴族社会が絶対に許さないでしょう」
パトリシアは率直に言った。
「⋯⋯」
皆んな納得したが仕事は失いたく無いのが本音だろう、事務所は重い空気に包まれた。
ガチャ。
その時、渦中のメイソン店長が事務所に入って来た。
「パトリシアさん、来ていたんですか。その後クラーク夫人は?」
「えぇ。一応今の所は安定していますが、頭部なので暫く入院になります」
「パトリシアさんにも迷惑をかけたね、申し訳無かった。もっと早く止めていたらと思うよ。皆んなも済まなかった、今後の事はゆっくり考えよう」
「店長とあの方はお付き合いをされていたのですか?」
マリナさんが聞いてくれる。
「いや、そうじゃ無いんだが。立場上、強く断れなくてあんな事になったんだよ。深く後悔している」
「⋯⋯」
パトリシアは何も言わずに、今の言葉に内心失望していた。
メイソン店長の下心を見た様な気がしたのだ。
思い返せば、あの事件が起きた時も、事務所で鉢合わせた時もそうだ。
はっきりと毅然とした態度で、拒否できた筈なのに。
彼女があんなに体を寄せて誘惑するかの様な態度を、笑って許す。
それがとても不誠実に、パトリシアの目には映った。
もし本当にパトリシアの事を思っているのなら、ああいった事はしない筈だ。
……と言う事は、私の事もこの人は本気じゃない。
ただ手近で気軽に遊びたかった?
今迄、メイソン店長はパトリシアの理想のタイプだった。
紳士的で穏やか、仕事にも熱心。
人当たりが良く、誰にでも常に親切で⋯⋯誰にでも。
これは言い換えると、八方美人的な誰にでもいい顔をする狡さにも取れる。
メイソン店長とは少しばかり近づき過ぎたのかもしれない。
心に嫉妬にも似た不信感が渦巻いた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
その後パトリシアは一人病院へと戻った。
メイソン店長は時間を気にして、おば様への謝罪は明日伺って⋯⋯という事になった。
おば様の病室に顔を出して、病状の変化無しと聞いて控え室の方に戻った。
其処には難しい顔をしたアイザック様とマーサが居て、何やら話し込んでいた。
「ただいま戻りました。マーサ変わった事は無かった?」
「お嬢様、今アイザック様とも話していたのですが⋯⋯」
「いやこれはパトリシアに言うべきじゃ無いよ」
アイザック様が慌てて言う。
「何ですか?驚かないので言って下さい。隠される方が気持ち悪いわ」
「アイザック様、お嬢様も知るべきです。お話ししましょう」
「しかし⋯⋯」
アイザック様は迷っているようだ。
「お嬢様、事務所でメイソン店長とはお会いになりましたか?」
「えぇ。短時間でお話はよく出来なかったけど、謝罪を受けました」
「そうですか。今アイザック様に聞いたのですが、メイソン店長勾留が長かったじゃないですか」
「そうね、同行者にしてはこう何日もと言うのはおかしいわよね」
「お嬢様も薄々気が付いておられますから、お話しましょう」
「⋯⋯」
アイザック様は口をつぐんでいる。
「もう!お嬢様の傷つく事は言いたく無いんですね。もういいです、私から!」
「何なの一体?」
「お嬢様、落ち着いて聞いて下さい。メイソン店長は、あの女性と婚約するおつもりだった様です。かなりお話が進んでいたとの事です」
「そんな事だと思った」
「え、気が付いていたのかい?」
「本人は否定されていましたが、あの様な態度を見ると、とても信じられません」
「会長から話があって、結婚して役員になるつもりだった様だ。ゆくゆくは社長か」
「あの女性が噛み付く訳ですね」
パトリシアの予感は当たった。
メイソン店長のあの笑顔の下に隠された、野心とずる賢さを垣間見た気がした。
パトリシアの中で、今はっきりと線が引かれた、決して飛び越えられない線が。
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