報道の余波
この事件は大きく新聞各社が書き立てた。
有名商会、会長令嬢による暴行傷害事件。新聞によっては殺人未遂、と書き立てたところもある。
何せ相手は高位貴族、犯人は会長令嬢だとしても所詮は平民女性。
身分制度の厳しいこの国では到底許されない事だ。
しかも初対面で、無抵抗の年上侯爵未亡人をいきなり暴行、重傷を負わせている。
同行中の貴族令嬢にも謂れなき、名誉毀損。
パトリシアが驚いたのは、自分は勘当されて既に平民だと思っていたのだ。
しかし実際は、まだ除籍手続きもされておらず、今だにパトリシア・サンチェスとなっていた事。
この事件は一方的に平民女性の妄想と思い込みによる暴行事件として裁かれる。
自分が片想いしている相手が仲良くしている貴族令嬢を、一方的に貶めて無関係のたまたまその場に居合わせた侯爵未亡人に暴行したと言うものだった。
どうも往来で貴族令嬢相手に『売り子』と連呼した事、警察署ですれ違った際の言動が罪をなすりつける様な態度であった事。
多分あの調子では取り調べ中にもパトリシアが悪いとやらかしたのかも知れない。
相手が貴族女性ニ名という事で重い刑罰になるらしい。
法律に詳しい者の話だと、良くて終身刑として修道院への送致、普通ならば死刑、永久国外追放又は鉱山送りの刑。
商会は商売が立ち行かなくなりそうだ。
多くの者が路頭に迷う事になる。
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そんな中、エリアルおば様の元には続々とお見舞い客やお見舞い品が押し寄せていた。
おば様をゆっくり休ませたいとの事で、パトリシアが休んでいたアイザック様が押さえていた部屋が、その為に使用される。
「君はもしかしてパトリシア嬢ではないのかね?」
パトリシアが振り返ると、ある車椅子で白髪の老齢紳士が声を掛けて来た。
特別室に出入りしようとしていたところを見かけたらしい。
何処かでお会いした事があるのだろうが、見覚えはあるもののそれが何処なのか思い出せなかった。
「はい、そうです。何処かでお会いしましたよね。はっきりとは思い出せないのですが」
「はははは。それは仕方ないだろう、あの頃はいくつだったかな?君は幼かったからね」
「幼い頃?」
「親戚の法事だったかな、少し話をしてね。覚えてはいないかもしれんが」
「もしかして知識と人脈作りを勧めて下さった方ですか?」
「おや、嬉しいね。覚えていてくれたんだ」
「勿論です、あの時の方なんですね」
「長生きするものだね、カーターよ。覚えていてくれたようだ」
「左様でございますね、宜しゅうございました」
車椅子を押していた執事らしき男性が言う。
「では改めて。私はオーウェン・トンプソン。エリアル・クラークの年の離れた従兄弟なんだよ」
「そうなのですね、パトリシアと申します。家を出ていますので家名はありません」
「おや、サンチェス家ではなくなったのかね?」
「少し込み入った事情がありまして。まだ除籍はしていないようですが」
「ふむ、そうか。詮索はよそう」
「おば様にはもうお会いになったのですか?」
「いや眠っているらしいから遠慮したよ」
「どちらかに滞在されていらっしゃるのですか?」
「あぁ、別荘を持っているからね。また来る事にしよう、その時はまた会えるかね?」
「はい、喜んで」
そう言ってトンプソン氏は去って行かれた。
ある意味パトリシアの根幹をなす言葉をくれた人。
パトリシアは何だか縁を感じるのであった。
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そしてある意味パトリシアにとって有り難くない出来事があった。
両親が訪ねて来たのである。
新聞でも大きく取り上げられたので世間体の為と思われる。
明らかに娘を心配して……という風を装いながら。
まだ除籍手続きをしていないので、あちこちでいろいろと聞かれるのだろう。
辻褄合わせの為か、もみ手でも見えるかのようだ。
「パトリシア、あなた怪我は無いの?」
「心配したんだぞ、随分酷い目にあったようだな」
普通の親子関係ならどんなに嬉しかった事だろうか、普通の親子なら。
「えぇ、私の方は大丈夫です。酷い目に遭われたのはエリアルおば様ですわ」
「全く、どんな教育をしたらあんな娘が出来るのかしら。ねえ、あなた」
「あぁ、親の顔が見てみたいものだ」
あなた達にそんな事が言えるのかしら?……と思いつつも他の方々がいらっしゃるのでグッと堪えた。
その時、アイザック様が帰ってこられた。
「これはアイザック様ではありませんか。ご無沙汰しております」
目ざとく見つけた父親がいち早く声を掛ける。
「これはサンチェスご夫妻。こちらこそご無沙汰しております」
アイザック様は私を気にしながら答えた。
「アイザック様こそ、ここには何故?侯爵未亡人と個人的にお付き合いがおありですかな?」
「えぇ。大変お世話になっているのですよ」
「まぁ、そうですのね。ところでロザリンドは元気にしておりますかしら?なかなか会えないので心配で」
「えぇ。元気にしておられると思います。私はご友人の結婚祝いを預かってお渡しした時以来、お会いしていないので」
「まぁ。そうですわね、色々とお忙しいでしょうし……」
「気になられるのであれば、王都の屋敷をお訪ねになっては如何ですか?」
「宜しいので?では是非伺いますわ」
母親は嬉しそうだ、中々敷居が高いのだろう。
「先触れを出しておきましょう。今から直ぐお立ち下さい。行き違いになるといけませんから」
アイザック様が言うと私達の事は頭から消えたようだ。
「そうさせてもらえると。パトリシア、では元気で」
「えぇ。道中、お気を付けて」
あっさり去りゆく両親を複雑な面持ちで見つめるパトリシアであった。
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