パトリシアの涙
エリアルおば様は痛々しい程に頭に包帯を巻かれて、眠っておられた。
パトリシアはおば様の手を握り枕元から離れず、一睡も出来ずに朝を迎えた。
涙は枯れ果て、目は充血し瞼も腫れて一晩で別人の様に憔悴していた。
パトリシアにとって大恩人で、母の優しさを教えてくれた人で、目標としている方なのだ。
「お嬢様、これを……」
マーサが温かいおしぼりを作ってくれた。
そのおしぼりでエリアルおば様のお顔を優しく拭いていく。
また枯れた筈の涙がハラハラと流れ落ちる。
お嬢様にと、お渡ししたつもりだったマーサは…心の中で溜息をついた。
「う、うーん」
おばさまが唸る様な声を出された、覚醒する様だ。
「おば様?エリアルおば様。マーサお医者様を呼んで頂戴」
マーサが慌てて部屋を出て行く。
エリアルおば様は瞼を痙攣させて、目をゆっくりと開けた。
「おば様、ご気分は?痛かったでしょう」
「パトリシアちゃん、なぁにその顔。別人じゃないの……」
「良かった、私の事分かるんですね!」
その時医師と看護師が入って来た。
「良かったですね、お嬢様」
「マーサ」
2人は手を取り合って安堵した。
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それからエリアルおば様のご家族が駆け付けたり、商店の会長や社長を始めとした関係者が謝罪に訪れた。
対応は御家族とエリアルおば様の屋敷の使用人に任せた。
メイソン店長は、関係者という事で警察署に留め置かれて、会うことは叶わなかった。
そして意外な事にアイザック様が駆け付けてきた。
何故知っているのかと思っていると、こちらに常駐の使用人がいるらしい。
知らせを受けて取るものも取り敢えず、早馬を飛ばして来てくれた。
ここ数日、眠る事の出来なかったパトリシアはボロボロの状態で、何とか気力で乗り切っていた様なものだった。
「パトリシア大丈夫かい?酷い顔色だ」
久し振りのアイザック様はパトリシアの顔を腰を曲げて覗き込む様にして聞いた。
「おば様は大丈夫だそうです。しばらくは経過観察しなくてはならないそうですが、意識障害も無いとの事なので。ご心配を……」
「君の事だよ。寝ても食べてもいないんだろう、酷い状態だよ」
「も、申し訳……」
そこまで言った所で、手首を引かれて視界がグッと変わる。
アイザック様がパトリシアを優しく抱き寄せて、背中をトントンとしてくれた。
優しい手の温もりに、抑えていたものがまた吹き出した。
気がつくとわぁわぁ大声で泣いていた。
アイザック様は何も言わなかった。
アイザック様の胸には、パトリシアの涙が大きな跡を作った。
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その後の記憶が無い。
気を失ったらしい、気がつくとベッドに寝かされていた。
他のベッドが見当たらない。
広い部屋、豪華な調度品、此処は特別室?それならおば様は!
ガバッと起き上がりキョロキョロしていると⋯⋯マーサが入って来た。
「マーサ、大変よ。おば様がいらっしゃらないの。おば様の身に何かあったの?」
パトリシアは混乱して言った。
「お隣の部屋で、お休みになっておられますよ。ここはお隣の特別室です」
「マーサ、そんな贅沢を……」
「私ではありません、アイザック様ですよ」
「アイザック様が?」
「こちらがゆっくり休めるだろうとおっしゃって」
「私はもう大丈夫、おば様のところに行くわ」
「其れでしたら大丈夫です。ご長男の奥様とご次男の婚約者の方が、交代で看病される様です。使用人も居りますし」
「……そう。それじゃ却ってお邪魔よね」
本当の肉親じゃ無いパトリシアが、ここは遠慮するのが良いのだろう。
胸元のブラウスをギュッと握って心を落ち着ける、寂しさが胸を突く。
「エリアル様はひと月ほど大事をとって入院だそうです。頭部は後で異常が出ることもあるそうなので」
「そうなの、一先ずは安心ね。ところでアイザック様は?」
「警察署に事情を聞きに出られました、お嬢様が気にされているだろうからと」
「申し訳ないわ。わざわざ駆け付けて下さってお疲れでしょうに」
「お嬢様が心配なんですよ優しい方ですね、アイザック様」
パトリシアは静かに微笑んだ。
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『私の頭の中の⋯⋯幻影』を投稿しました。
良ければ読んでみて下さいね(=´∀`)




