誘導
パトリシアは悩みに悩んで変わることを決意した。
今まではどちらかと言うと引きこもりがちで、部屋で本を読むか刺繍やレース編み等を好んでやっていたが、あの日から何事にも前向きになり、明るく外出も頻繁にする様になった。
両親の思惑を知っていると悟らせない為と、独立の為に今のうちにやれることを効率よくやる事を目的とした外出。
家族はお金を手にした事で、ショッピングでもしているのだろうと都合よく解釈してくれた様だ。
あの両親の考えを変えるのはおそらくもう無理だろう、夫婦で似た者同士。
止める者が身近にいない今、あれは余程の事が無い限り実行されると踏んでいる。
パトリシアが悔しいのは、婚約者の居る他の姉妹が特別美しいとか頭がいい訳でも、特別優れたところがある訳でも無い事だ。
自分の意に染まぬことをされる時、理不尽な事をされると感じた時二人は泣いて大騒ぎする為に、両親は甘やかすことで黙らせる道を選んだ。
その為に三姉妹の中で今まで一番手が掛からず、大人しく地味な性格ゆえに侮り、かつ操り易く思われていたのがパトリシアだったのだ。
そして両親は老公爵の件を切り出し易くする為か、小切手も奮発してくれて多額の金額を毎月くれることを約束した。
多分、数ヶ月の事と思ってのことかもしれないがパトリシアは有り難く頂戴した。
「パトリシアお姉様ばっかりズルいー」
妹のセシリアが買い物に付き合いたいと言ってきた。
「セシリアは向こうのお母様とお茶会のお約束でしょう?」
母が言うと頬を膨らませた妹が訴える。
「だって面白くもないんだもの、向こうのお母様とだなんて。息が詰まっちゃうわ」
「婚約者のお母様でしょう、大切にしなければ心証が悪くなりますよ」
「もう、何時でも誘ってくるんだから。鬱陶しいのよ」
「娘ができた様で嬉しいのよ、お茶会で自慢したいのじゃないかしら」
着いてこられるのが不味いのでそう言ってみる。
「パトリシアの言う通り。こんなに可愛がって貰えるなんてそうそう無いことよ」
「だって連れて行かれるお茶会はおばさんばっかりで話の内容もさっぱり分からないのよ。連れて行く意味がわかんないー」
「顔繋ぎじゃないかしら?貴方は子爵夫人となるのよ。今後便宜を図ってもらったりする為よきっと」
我儘な妹を納得させる為さらに言ってみる。
「そうそう。何か便宜を図って貰ったり、融資をお願いすることもあるかもしれないから顔繋ぎね。チャンスよチャンス」
目が途端にギラギラした母からも言われて妹は渋々準備のために部屋に戻っていった。
「お母様、セシリアはあんな調子で大丈夫ですの?あちらにいってボロが出るかもしれませんよ。お嫁に行く前に少し常識を持つ様に教育されないと、こんな筈ではなかったなんて事になりかねませんよ」
母親に私から意識を逸らせる為に、畳み掛ける様に言ってみた。
「⋯⋯」
「うちの評判にも関わりますし⋯⋯」
母はこの一言に弱い、プライドが高く外面が良い為だ。
「そうね、少しばかり甘やかし過ぎたようね。結婚までにはちゃんとさせないと」
そう言って慌てて父の元に向かったようだ。
やるべきことが山積みなのだ、ついてこられては困る。
さて今のうちに。
そうしてマーサをお供にさっさと街へと出かけていった。
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街ではまず図書館から始める。
何せこの領内を滅多に出なかった事で王都にさえ疎い。
国内外について勉強中であった。
国の歴史、王族の系譜、有力貴族の成り立ち、周辺諸国の歴史と動向、貴族に属する者の名前、派閥、それぞれの地域の特産品。ここ数年の天候。平民の暮らし等、どこに行っても困らぬように得意の記憶力を駆使して精力的に勉強し暗記。そして新聞で直近の情勢を知っておく。
まだ子供の頃私にアドバイスをくれた老人が居たのだ。
「パトリシアよく覚えておきなさい、知識は己を守る剣。決してひけらかしてはいけないよ。振るうところを見極めるのだ。人は宝。人脈こそピンチをチャンスに変える切り札となる」
何の話からそのような会話になったのかは覚えていない。
でもその言葉だけは強く印象に残っていた。
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