パトリシアの困惑
メイソン店長に抱きついた女性、彼女はこの商会の会長の娘フェリシナだった。
「離して下さい、フェリシナお嬢様」
メイソン店長は豊かな胸をギュウギュウ押し当てられて真っ赤になって言った。
「メイソンったら会議が終わったらすぐに帰っちゃうんですもの。来ちゃったわ」
燃える様なウエーブの掛かった真っ赤な髪、白い肌が露出の多いドレスで、パトリシアでさえも顔より胸に目が釘付けになる。
「あら。この方どなた?」
「チョット離して下さい、従業員です」
「あらそうなの?気が利かないわね。こう言う時は気を利かせなさい」
「済みませんでした。気が利きませんで。店長、では日帰り慰安旅行の件計画を立てておきます」
「あぁ、済まないね。フェリシナお嬢様、護衛はどうしました?」
「彼等なら隣でお茶を飲んでるわ」
パトリシアが部屋を出ると、二人の護衛らしき男性が慣れているのかお茶を飲んでいた。
「パトリシアさん、こっちこっち」
マリナさんが手招きするので給湯室まで足を向ける。
「あのお嬢様、凄かったでしょう?」
「えぇ、マリナさん何かご存知なんですか?」
「もう有名なのよ、フェリシナお嬢様がメイソン店長に夢中なの。ああやって突然訪ねて来ては、自慢のお胸をこうやって⋯⋯」
身振り手振りでマリナさんの熱演が続く。
「初めてじゃ無いんですか。ああ言った事」
「もうね、女の武器を全面に出して落としに掛かってるわよ」
マリナさんによると良くある事らしい。
パトリシアは自分とは真逆な女性に困惑しつつ、業務に戻った。
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あの後メイソン店長は引き摺られる様にして、どこかに連れて行かれた。
メイソン店長の腕には、ぶら下がる様に纏わりついた彼女が、パトリシアをひと睨みして出て行った。
「パトリシアさんを睨んで行ったわね。これは敵認定されたかな?大変だーこれから」
マリナさんの言葉にみんな作業しながら頷いている。
「何が大変なんですか?」
「前もね、売り場の子が目を付けられて大変だったの」
「それは……その子がメイソン店長とおつき合いがあったとか?」
「そうじゃなくてね、可能性を潰そうとしてるみたい。その子本店から転勤命令が出て、この街から出たくなかった彼女は結局辞めたのよ」
「そんな⋯⋯酷い。その時店長は?」
「本店からの命令じゃね、従わない訳にはいかないでしょう。随分掛け合ったみたいだけど」
「⋯⋯」
「会長は商売には厳しいお方だけど娘には甘いの。甘やかしているからやりたい放題なのよ」
「私この街に居たいです。全てがこの街にありますから」
「睨んで行ったって事は敵認定されたって事よ、用心しないとね」
パトリシアは背筋が寒くなった。
まだ家の借金が残っている、この状態で仕事を失えばマーサにそれだけ負担が掛かってしまう。
何としてもそれだけは避けたかったパトリシアは、不安になりながらも仕事を終えて帰宅した。
店長は結局戻って来なかった。
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「お帰りなさい、お嬢様。あら、今日は店長ご一緒では無いんですか?」
何時もなら、上がりはしないが玄関先まで送ってくれる人である。
「ただいま。店長お仕事でね」
「そうだ、今日もお手紙来てますよ。アイザック様から」
「⋯⋯」
「毎日毎日、よく続きますね。何を書く事があるんでしょうか?⋯⋯ってお嬢様どうかしましたか?」
「いえ、何でも無いの。手を洗ってくるわ。今日はシチューなんでしょう、楽しみ」
そう言って洗面所に消えたパトリシアの後ろ姿を、シチューをかき回しながらマーサは見ていた。
「何かあったのかしら?」
いつもと違う雰囲気にマーサは敏感に気が付いた。
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パトリシアはアイザックからの手紙を読んでいた。
何時もの何でもない話題。
今日は空の青さがとても綺麗だったとか、視察で訪れた田舎の風景だとかを事細かに書いて来て、何時も見せてあげたいと結ばれていた。
そして王都での流行りの商品の話題や、人の噂、本の知識などが書かれてあった。
内容が日記の様な、覚え書きの様な不思議な手紙は、一日も欠かさず届いていた。
パトリシアはたまにこちらの様子を送っているが、手紙が届いたととても嬉しそうな返事が、すぐに送られてくる。
側に居る時よりも、彼を身近に感じる事が出来るのだから、不思議なものだ。
パトリシアは暫し不安なことを忘れて微笑んでいた。
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