パトリシアの背後霊
カチャカチャ……。
商店奥の事務室では、今日も売り上げの計算を皆で手分けしてやっている。
ある者は硬貨を金種ごとに分け10枚ずつの山を作り、またある者は伝票の番号順を確認している。
昼間の客足が途絶えたところで一度中間の締めをしているので、それほど長くは掛からない。
パトリシアは回収された伝票の番号順に並べたものを計算している。
計算には最近開発されたソローバーンという便利道具を使い、暗算での集計より正確で早くなったと好評らしい。
パトリシアもこの便利道具が面白く、暇な時間も練習していたらいつの間にか凄いスピードで計算が出来るようになってしまった。
元々手先が器用で、集中力があるので当然とも言えるが、周りから余りの早さにビックリされる。
「店長、終わりました」
「うわ、早いね。こっちはまだだよ」
三人がかりで現金を数えているがまだ出来ないらしい。
伝票も最初は箱に投げ入れていたが、それでは番号順にするのに時間が掛かる為、パトリシアがある提案をして格段のスピードアップとなった。
「この伝票みたいに何かいいアイディア無いかい?」
伝票は会計が終わったら、板に長い釘を打ち付けたものに四隅の部分を通すだけ。
予め穴をキリで開けておけば力もいらず、その後が楽になる。
この提案はメイソン店長から王都本店に報告され、全店で採用される事となった。
処理の終わった伝票はその穴にひもを通して綺麗に保管も出来た。
これにより仕事の効率化になり、パトリシアには特別ボーナスが出た。
これを聞きつけた従業員は何かアイディアを出そうとみんな必死になっている。
「アイディアですか」
「硬貨扱うと手が真っ黒、何か無いの?パトリシアさん」
そう言うのはベテラン社員のマリナさんだ。
皆手荒れが酷いのよ……とか言っている。
何か無いだろうか……と考えながら仕事を終えた。
家まで今日は店長とは違う方に送って頂いて帰り着く。
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「お嬢様、お帰りなさい」
「パトリシアお帰り」
「ただいま」……ん?と一声多い気が。
「何でアイザック様が居るんですか?」
アイザック様の後ろには苦笑を浮かべた従者や護衛の方々が。
「待っていたんだよ、遅かったね」
「いつもこの時間です」
「体に悪いな、僕の秘書なら……」
「マーサ、お腹すいちゃった、何かある?」
アイザック様の話をさりげなく遮り聞く。
「僕が持ってきたパイがあるよ」
アイザック様、取り敢えずご飯です!
「ハイ直ぐに用意出来ます。手を洗ってきてくださいね」
私が洗面所に行くと後ろから、背後霊の様な一団がぞろぞろ付いて来る。
「チョット、何で付いてくるんですか」
パトリシアは『貴方の後ろに背後霊』と言う怖い小説を思い出した。
主人公に思いを残すたくさんの霊達がゾロゾロ付いて回る、世にも恐ろしい小説だ。
これを読んだ子供の頃は、トイレにも暫く一人で行けなかった。
するとアイザック様の後ろから従者がひょいと顔を出した。
「アイザック様、レディーがお花を摘みに行かれます。ご遠慮致しましょう」
「トイレじゃ有りません!」
私は真っ赤になって言った。
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食事を終えた私にアイザック様は聞いてきた。
「何を難しく考えているんだ?」
余計な事を言わない様になのか、私が答えるより早くマーサが話題を替える。
「先日パトリシアお嬢様の提案したアイディアが採用されてボーナスを頂いたんですよ」
マーサが自分の事の様に言う。
「それは凄いな、どんなアイディアなんだい?」
「大した事無いのです、ただボーナスが頂けたので、ねっ」
マーサと顔を見合わせて頷き合う。
「何かご馳走して貰おうかな?」
「残念でした。もう有りません」
「そんな」
情けない顔をしながらアイザック様がしょんぼりする。
「ここの支払いです。足りない分は分割にして頂いたので」
そう聞くとアイザック様は何とも微妙な表情になる。
「済まなかった、そうだよな。借金は一刻も早く返したいよな」
反省してくれたのは良いのだが、何故か馴れ馴れしく感じるのは気の所為ではないだろう。
「所で今日の御用件は」
「引っ越し挨拶」
「もう大分経ちますが」
変な事を言う人だ。
「お隣を買ったのでご挨拶をね」
「どなたが?」
「僕が」
「何故」
「ホテルは何だか落ち着かなくて」
「⋯⋯」
そう言えばここの所、急ピッチでお隣が全面リフォームしているとマーサに聞いていた。
パトリシアの頭の中では『隣の背後霊』と本の内容が変換された。




