アイザックの哀愁
何とか家が人の住める形となった頃、アイザック様が言った。
「そろそろ王都に戻ろうと思うんだけど、君も一緒にどうかな?」
「⋯⋯何故ですか?」
アイザック様が戻られるのは分かる、でも私をどうして⋯⋯と思ってしまう。
「お姉さんの披露宴だろう?普通行くものじゃない?」
「私は結婚式に参列しましたので行くつもりはありません」
アイザック様には、はっきり言うに限る。ニュアンスを察してじゃあどうも伝わらない。
「ご実家の皆さんも出席されると聞いている、行こう」
癖だろうか、行こうと言って手を差し出した。
私はその手を何だろうかと凝視しながら一歩後ろに下がる。
「これから仕事探しもありますので、お気を付けてお帰り下さい。それとお手伝いありがとうございました」
私は胸の前で両手をバイバイと振り、ペコリと一礼して家の中に戻った。
「お嬢様、アイザック様のお話は何だったのですか?」
マーサが心配そうに窓の外をカーテン越しに見ながら言う。
「あぁ、お帰りになるんですって」
そう言って作業に戻ろうとすると
「まだ外に居られますけど」
「ん?何かしてるの?見える?」
「手の平でしょうか、ぼんやり見てらっしゃいます」
「手の平を?嫌だわ、汚れてたのかしら?」
私はあまり気にする事なく荷物を持って二階へと上がった。
するとマーサが追いかけてきて
「パトリシアお嬢様、もしや振ったのですか?」
「フッタって何?」
小声でマーサが言う。
「告白をですよ、呆然と立ち尽くしておいでなので」
「ブッ、違うわよ。失礼でしょう幾ら何でも。お姉様の披露宴に行こうと言われたの」
「あぁ、王都でも豪華にされるんでしたよね」
やっとマーサも納得した様だ。
「それをお断りしたの」
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アイザックは呆然と立ち尽くした。
跪けば良かったか?
ただここは真っ昼間の往来、跪くには恥ずかし過ぎた。
「断られるとは思わなかったな」
握られ無かった可哀想な手の平を見つめてポツリと言った。
その数メートル後ろで痛々しげにお供の者達が青ざめたのを彼はすっかり忘れていた。
アイザックはこれまで女性に断られた経験が無かった。
誰もかれもアイザックを公爵家の跡取りとして見ていて、何を置いても優先させようとする者ばかりだった。
手を差し出せば誰もが頬を染め光栄だと囁いた。
周りにはいつも令嬢達が侍り、アイザックを巡って諍いが絶えなかった。
だからパトリシアに興味が出たのか?
幾らこちらから歩み寄っても彼女は口で躱し態度で躱し、まるでこちらに興味を向けない。
馬車の中でこれまでの事を話してくれたので歩み寄れたと思ったら又遠くに感じられる。
何とか接点をと思いこの街まで来て新居の手伝いもしたのに褒美の一つも無い。
褒美?彼女に何を要求する気だった?
アイザックは真っ昼間の往来でパトリシアの家の前を行ったり来たりしながら考え込んでいた。
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翌日、気を取り直したアイザックはお別れの挨拶に領主館を訪れていた。
「急遽、王都に戻る事となりました。夫人にはお世話になりました」
何時もの崩した態度は鳴りを潜め、キリリと挨拶を交わしたアイザックはやはり腐っても⋯⋯いえ流石公爵家の跡取りだけはあった。
「そう、パトリシアの新居の事でバタバタしてご案内も満足に出来ずに御免なさいね」
おばさまは申し訳なさそうに言った。
「いえ又来ますのでその際にお願いします」
またキッパリと言ってパトリシアに向き合った。
「本当に来なくて良いんですね」
「はい、お気を付けてお帰り下さい」
パトリシアはニッコリ笑った。
「ねえ、パトリシアちゃん。アイザック様にお礼もして無いんじゃないの?」
「あ、うっかりしてました。どうしましょうか」
もう何か買いに行く時間も無いだろう、うっかりしていた。
「そうだ!お昼は召し上がって居るでしょうから軽いサンドイッチでもお作りしたら?」
「でももう時間が⋯⋯」
「大丈夫です!待てます!その位」
間髪を入れずにアイザック様はお返事をされた。
「そうですか?では厨房をお借りしますね、おば様」
そう言ってパトリシアは厨房で簡単なハムとチーズを挟んだだけのサンドイッチを作った。
それを余っていたお菓子の箱に入れ荷物から手編みのレースを選びそれで包んだ。
アイザックは感激して従者が受取ろうとした包みを渡さず自分で持って帰っていった。
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王都に帰る馬車の中アイザックは一人ニヤけていた。
何度も何度もレースを広げ、菓子箱を開け、食べる訳でも無くサンドイッチを眺めた。
「召し上がりますか?」
従者が声を掛ける。
「とんでもない、見ただけだよ」
慌てて蓋を被せる。
「そうは仰っても先程から何度も開けてご覧になって居るでは有りませんか、小腹が空いていらっしゃるのではないのですか?」
「小腹?空いてない。馬車で揺れるから形が崩れてないか確認しているだけだ」
「確認でございますか、それでは私が⋯⋯」
従者は良かれと思って手を差し出す。
「いや、気にしなくていい」
アイザックは箱を遠ざける様に体を捻った。
気にしなくていいと言われても従者にしてみればその度毎に飲み物を準備したり、或いは馬車を止めての準備がある。
それなのに頻繁に見られては従者とて落ち着かない。
しかしいつもクールなアイザック様が子供の様でちょっと笑えた。
従者は子供の頃母に作ってもらった弁当を思い出した。
そう言えば嬉しくて何度も弁当を詰める母の横から覗いたっけ。
平民出身の彼は懐かしく思い出していた。
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