運命が導く
今夜は思いがけず、とても楽しい素晴らしい夜を過ごせた。
芝居が評判通りとても面白く、自分がつい興奮して隣を見ると、彼女も同じ所で感じる物があったらしい。
その都度頬を染め興奮した彼女と目が合った。
それにエブリン嬢は本をよく読むらしく話が合い、芝居が終わってからも別れがたく、遠慮する彼女を強引に食事に誘って有意義な時間を過ごせたと思う。
今まで婚約者であるロザリンド嬢のお相手は彼女に合わせる事に精一杯で、お互いに意見を交換したりという事は無く、彼女の要求に対して応えるという図式が出来上がっていた。
幼い時からの刷り込みか、それが当たり前になっていて、今まで疑問に感じた事もなかった。
エブリン嬢とは色々な話題で時間を忘れて話が弾み、ふくよかな彼女が醸し出す柔らかい雰囲気に既視感を覚えた。
そして⋯⋯あぁそうだ、乳母でメイド長のエマによく似た空気感を持っている人なんだと納得した。
「今日は急な誘いに応じてくれて有難う」
「いえ、私の方こそ凄く楽しかったですわ」
「また一緒に行けたら良いんだけれど……」
「それは無理でしょう、ふふっ、今日は特別に神様が用意してくださった機会だったのですわ」
「特別か……確かにそうかもしれないがこれっきりは寂しいな」
「これっきりだからこそ残る思い出もありますわ。私はきっと忘れませんわ」
「私も覚えておくよ。いや忘れない」
「では送ってくださって有難うございました」
「こちらこそ有難う。あ、あの」
「……?」
「握手して貰えないかな?」
「はい」
そう言って差し出された彼女の少し震える温かな小さな手を握った。
「また」
「⋯⋯えぇ、また」
そして握っていた柔らかな手をそっと離して彼女はもう振り返らなかった。
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ロバートは部屋のベッドに寝転んで、今日のことを思い返していた。
ロザリンド嬢には申し訳無いが、彼女と沢山の時間を過ごしても感じる事の出来なかった気持ちの昂りを感じた。
エブリン嬢の事を考えると胸の奥がギュッとなり、苦しい様な切ない気持ちにさせられた。
「もう会えないのかな?」
独り言が口を衝く。
ロザリンド嬢の友人として前にもお茶会で会っていたし、先日も二人でここにやって来ていた。
やはりロザリンド嬢を介さないと無理だよな。
別れて家に入っていく後ろ姿が思い出される。
「振り返らなかったんだよな」
もう既に心は囚われていたが、それを認める訳にはいかなかった。
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一方でエブリンも、楽しい時間を思い返しながら涙が抑え切れなかった。
ずっと好きだった人、そして友人の婚約者。
知り合えた時は既に婚約していた二人。
「彼女の幸せを邪魔しちゃいけないわ」
今まで何度も自分に言い聞かせ、繰り返して来た言葉が虚しく響く。
いつもそっと見ていた、誰にも悟らせないように。
「今日は神様があんまり可哀想に思って下さって、一度だけ願いを叶えてくださったの。だからこれでお終い」
彼が握ってくれた掌を見つめながら自分に言い聞かせる。
ロザリンド様が羨ましくて堪らない。
きっと世界一幸せになるであろう彼女が。
「ロバート様がお幸せになるのを見守る事が出来る?知ってしまったら⋯⋯」
エブリンは頭を何度も振り、一瞬でも考えた諦めの悪い自分を責めた。
そして婚約中の二人から離れる事を決意した。
自分が物欲しそうな浅ましい顔をする前に。
気持ちの整理をつけるには距離と時間が必要だろう。
そして結婚式には笑顔で居よう、暗い感情を向けてはダメ。
「彼は今日を忘れないって言って下さった。それで十分じゃ無いの」
また涙がハラハラと落ちる。
「幸せになって欲しい⋯⋯」
涙でグチャグチャになった顔でエブリンは決意した。
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