到着
「マーサ、見て。ほらあそこに……」
先程から子供に戻ったように興奮が止まらない。
今迄屋敷では息を殺して生きてきた。
それが自由になって一気に感情が溢れ出る。
「なんて素敵な所なのかしら。今迄知らずにいたなんて勿体無い事」
「さようでございますね、心なしか空気が澄んでいるように感じます」
「でしょう?気のせいじゃないわよね。何ていい所なのかしら」
「マーサ、今可愛い花が咲いてたわ。見た?あー、通り過ぎちゃった」
馬車が進むにつれ、パトリシアお嬢様はどんどん元気になっていかれる。
マーサは嬉しかった、こんなにお喋りする子供のようなお嬢様を初めて見た気がする。
いつも必要最低限の会話しか交わさないお嬢様の情緒が乏しいのかと、心配もしたのだ。
あの家では常に姉と妹を優先し、ほったらかしにされたパトリシアお嬢様が、感情を殺し過ごして来られた。
こんな可愛い一面がおありになったのだと思うと、安心する事が出来た。
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大きな門を抜け、賑わいのある目抜き通りの先に立派な門構えの邸宅があった。
馬車を降りると、沢山の使用人の先に母と同年代とは思えないほど若々しいその女性が居た。
初対面だと思っていたおばは、どこか懐かしい感じがする柔和な女性だった。
「貴方がパトリシアね、ようこそ我が家へ」
「パトリシアです、この度は急なお願いに快く応じて下さって有り難うございます」
「覚えているかしら、私達初対面ではないのよ」
「そうなのですか、記憶力は良い方なのですが覚えていないのです。残念だわ」
「幼い時に法事でお会いしたのよ。でもすぐにあなたのお母様が来てね⋯⋯」
「えっ?」
「ここでは立ち話もなんだから中に入りましょう、疲れてない?」
「はい、大丈夫です」
そう言いながら立派な屋敷の中に招かれた。
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広い屋敷の応接室に通された私は、華美に飾られてはいないけれど上品に、計算し尽くされた調度品の数々に目を奪われた。
色彩や大きさが絶妙なバランスで、思わずうなってしまう程のセンスの良さを感じさせた。
「素晴らしい見せ方ですね、絶妙のバランスで色や配置もいいですね」
思わず口にした一言におばは嬉しそうに微笑んだ。
「あら、気が付いて貰えた?あなたのイメージにしてみたのよ」
「わざわざ私の為にですか?」
「えぇ。以前の一度会った時のイメージで飾ったのだけど、変わりはないようね」
「おばさまは、お客様によって調度品を変えたりなさるんですか?」
「その方のイメージにするのが好きなの。使用人からは不評よ、頻繁に模様替えを指示するから」
「驚きました」
「気に入った方だけよ。只のお客様にはそんな事しないわ。安心して」
「おもてなしの心が感じられます。どの方もお喜びになるでしょう?」
「それが残念な事に気が付かない方の方が多いのよ、居心地は良さそうだけどね」
「そうなんですか」
「でもやっぱりあなたは気が付いてくれたわ」
「予想されていたんですか?」
「私と感性が似ている気がしてね、幼い子供にしては賢くて時と場所を弁えてた。他の姉妹と違ってね。以前と変わっていなければ気に入って貰えるかと思ったのよ」
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おばは名前をエリアル・クラークと言う。
ご主人は今は亡きローガン・クラーク侯爵で、お二人の間には二人のご子息がいらっしゃるらしい。
お二人共今は外国へ留学中で、手紙も滅多に寄越さないのよ、と笑って話された。
でも息子達の婚約者達が度々顔を出してくれるそうで、寂しくは無いのだそう。
侯爵家もご長男が継がれる事が決まっていて、長男の婚約者は王城に現在行儀見習い中だと言う。
時間が合えば紹介するわね、と言われとても嬉しくなった。
領地に引きこもっていた為に、友人がいないのである。
姉達の様にお茶会だのパーティだの行けば知り合えるのだろうが、行く機会が与えられずにいた為だ。
今話題のお菓子と美味しい紅茶と頂きながら、いろんなお話を聞くことができた。
それだけでも、今まで味わえなかった充実した気持ちになる事が出来た。
ここに来られた事は、私の人生で一番の収穫となるだろう事を、予感させて胸がときめいた。
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皆さんいかがお過ごしですか?




