第三章・再始動
「いい天気ですね!」
久方ぶりの外にはしゃぐミリア、くるくると回りながら歩き、危なっかしい。
「転ぶぞ」
「だいじょーぶですよー」
そう言う奴にやめろと言っても聞きはしない。放置してもいいが、実際に前を向いて歩かねば危険だ。少々強引な手ではあるが、辞めさせるために少しだけ憂う表情を作る。
「俺の心配は必要ない訳か」
「あ、……ごめんなさい」
ミリアの性格を考慮するべきだった。心底申し訳なさそうにされて俺の方が申し訳なくなる。
「いや、わかってくれたなら謝る必要はないよ」
「……はい」
この手は二度と使わないと誓う。
「そういえば、町を楽しみにしているのは知っているけど、何が楽しみなんだ?」
元気を取り戻してもらうために、明るい話題を選び振る。
「え? いえ、そのぉ……町に行くのが久しぶりで楽しみというだけで……何が楽しみっていうのはないんです」
町に行くのは久しぶりという言葉に訝しむ。俺と合流する前まで、どこにいたと言うのか。ただ今話題するのは避けるべきだと感じ、何食わぬ顔を作る。
「そうか……なら色々見て回ろう。一緒に」
「はい。でもその前にやる事がありますよ?」
わかりますか? という表情。
ミリアが牢屋に来る前に何かを食べていたかはわからないが、昨夜から何も食べていないのは確かだ。
「腹ごしらえか?」
「ぶっぶー違いますぅ。第二問です! そうする為には何が必要でしょう?」
あぁなるほど。働かざる者食うべからず、ということだ。
「となると最初はギルドで仕事探しか?」
「見て回るだけじゃ嫌です。見て回って買わなくちゃ楽しくありません!」
反論の余地はない。食べる遊ぶ悪巧み、自分でやってこそ、指を咥えて見ているだけなど空しいだけだ。
「そうだな。でもギルトよりも先に行く場所がある」
「お知り合いの所、ですよね? 忘れていませんよ?」
ならいいと、町を目指して歩き続ける。
穏やかな平地を風と共に歩み進めて小さい丘を上っていく。
「レイっ! 早く来てください! 見えましたよ!」
先に丘の天辺に付いたミリアが大きく手を振りながら向かう先を指さす。
「ほら早く!」
「別に町は初めてじゃないだろ?」
歩む速度を軽く早めてミリアの隣に立つ。
平原の中央に鎮座し、東西南北に道を伸ばす巨大な町。
「あれが商業国家、商都リスタッツァ」
手に入らないものはないとさえ謳われる町だ。俺の求める物もきっとあるだろう。
「そろそろフードを被って行こうか」
リスタッツァは活気溢れるいい街だが、言い換えてしまうと、作る売る買う、それさえできれば誰でも歓迎する町。お世辞にも治安がいい町とは言い難い。女の二人旅ではいらん面倒に寄ってくる。
「大人になれたのは嬉しいですけど、こういうのは嫌ですね」
文句を垂らしながら、布に紐をつけただけの簡易な外套を頭まで被るミリア。
「我慢してくれ」
エルフは男女問わず全員が美しい容姿の上、森から出てくる個体が少ない種族だ。目をつけられる理由しかない。
「もしレイが攫われたら私が助けてあげますからね?」
年下の皮肉など年上の俺が寛大な心で許してやろう。
「じゃぁ俺はフードはいらないなぁ?」
「あ! ずるいですよ?!」
フードを脱ごうとする俺をやや乱暴に止めたミリアは、そのままフードの上から頭をもみくちゃにしてくる。
「やったな?」
仕返しをして逃げて、じゃれ合って笑い合って、そうしている内に町の入り口にたどり着いた。
「わぁぁぁ……すごい。人がいっぱいですよ!」
入り口だけで百以上の人だかり。ミリアが目を輝かせる横で、俺は今日中に町に入れるのかを心配する。
「おーい、そこなフードの二人。商人じゃないならこっちだぞ!」
周りを見渡せば頭までフードを被っているのは俺たちだけ、そして言っている通り、周りは皆何かしらで荷物を抱えた者ばかりだ。列を離れて呼んでくれた兵士に歩み寄るとにっこりと爽やかな笑顔を見せてくれた。
「ようこそ再始動の町リスタッツァへ。フードを取って名前と目的を教えてくれ」
「俺はレイナ。こっちはミリアだ。目的は金稼ぎだ」
フードを取らずに答えてみたが、持っているペンを軽く回して取れと命令される。
「勘弁してもらえないか?」
「悪いがそれはできない相談だ。最近は犯罪行動が多くてな、警備を厳重にしたばかりだ」
兵士の目つきが少しだけ警戒の色を濃くする。顔を見られたなくないのは後ろめたい行為をしている者も同じだからだ。
無言でにらみ合うが、時間が経つだけ立場を悪くする。
「仕方ねぇ」
フードを取って軽く髪を直す。
「あ、レイだけずるい」
「待てミリア。そっちも女だ。わかるだろ? 面倒は御免なんだ聞いてんか?」
見惚れるのは構わないが、顔を出している時間は短くしたい。少し強めの口調で意識を仕事へ向けさせる。
「んあ? すまん。そういうことだったか。そっちのお嬢さん少しいいか?」
了承を得る気などなく、言うなりミリアのフードを軽く持ち上げ顔を覗き込む。
「顔は覚えたからな? 行っていいぞ」
急いでフードを被りなおし、次の仕事へ行こうとする兵士の腕を掴む。
「女主人が営む宿を紹介してもらえないか?」
そんな宿を探す羽目になったのは誰の責任か、など責めるつもりはないが、目は口よりも物を言うらしい。
「悪かったよ。南区の中央広場から西に伸びる通りを行くと白山羊に包まれ停って店があるよ。すぐ向かうか?」
首を振り、頼み事をしようと口を動かすが、先を越される。
「こっちで使いを出しておく。二名でいいよな?」
少し自慢気な所が傷だが、手際の良さは文句のつけようがない完璧さ。
「助かる。ありがとう」
では、と手本のような敬礼をして仕事へと戻っていった。
「今から宿の心配ですか?」
中央区に足先を向けながらミリアの答える。
「覚えておくといい、大きい町であればあるほど宿の確保は最優先だ」
「どうしてですか?」
「前を見て歩け。……確保を優先するのは宿の数より人の数の方が多いからだ」
人の川に流されながら中央区を目指す現状、人の多さは明白だ。
余りの多さに命の危険すら感じるレベルだ。
「レイ、大丈夫ですか?」
川に身を委ねる事 数分後、ミリアにそう尋ねられた。
「平きぃ痛っ! 誰だ足踏みやがった奴は!!」
「私の前を、歩いてください」
ミリアに抱き込まれながら歩くのは非常に歩きづらいものだが、それで命の危険を感じずに済むのなら我慢するべきだ。この身は余りに小さく、背後を歩く人々が俺を認識せずにぶつかってくる。危うく転びそうになったのは一回や二回じゃない。もしこの人波で転んだなら、俺は生きて立ち上がれない方に賭ける。
「勇者と一緒の時はどうしていたんですか?」
「ん? あいつは初めて訪れる町でもやたらと裏道に詳しかったんだよ」
何かしらの力が働いていたと目星をつけていたが、結局どんな能力だったのかはわからず終い。
「あ、裏通りを使ってもいいんですね?」
迷子にならないのなら、と返事をしようとするが横から突き飛ばされる。
「こっちです」
転びそうになった俺の腕を掴んだミリアに引っ張られる。転ばない様にだけを考えて必死に足を動かし、たどり着いたのは裏道だった。少し外れるだけで大通りの喧騒はまるで別世界。通りの地獄を見ていると背後でミリアが精霊に道を尋ねていた。
「うん、うんわかった。ふーちゃんありがとうね」
精霊を戦闘を有利にする道具と考えている者には絶対に思いつかない使い方だ。
「向かう先は中央区、で合ってますよね?」
首肯すると腕を引かれて細い道を進んでいくことになる。角を五つも曲がると方角の感覚は失われる。建物の形や傷、色などから同じところを歩いていないとわかるが、同じ所を回っている気分だ。
「森の方が迷わない自信がある」
「そうですか? どことなく森に似た雰囲気を感じて、私は好きです」
「そうか? あいや、ふふそういえばあいつの故郷では都会をこんくりーとじゃんぐると言うらしいぞ?」
「こんくりーとじゃんぐるぅ、ですかぁ? どうしてそんな風に?」
肩を竦める。理由までは聞いていなかった。
「鉄が空を飛ぶとか、意味のわからん世界らしいからな、深く考えてるだけ無駄だぞ?」
頑張って理由を思案するミリアに言ってやる。面白半分に想像するならいいが、答えを探し続けても永遠にわからないまま、腑が胸で残り続ける覚悟があれば別だが。
「その話は聞いたことあります! ひこーきなる物ですよね!」
勇者が産まれ育った世界の話で会話を弾ませながら、町並みを抜けていく。途中で大通りを横断しなくてはならない町の造りを恨みながら、ようやく中央区にたどり着いた。
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