第二章・安息の地を求めて ③
中は何もない白い部屋が広がっていた。
床も壁も天井も真っ白い石で構築された部屋。神秘的と思う半面、不気味さも感じたのは、それまで薄暗い洞窟にいたからか、それとも光源もないのに明るいからか埃一つないからか。
「行こう」
本来なら要塞が防衛の為に最も強力な魔物を設置する部屋を戦う事なく通り抜け、心臓部へ繋がる小さな扉を開ける。今度は薄暗い部屋。中心にある台座の上には巨大な結晶が横たわっているのが微かに見えた。
「砕けてはいないようですが……大丈夫ですか?」
散々要塞について語ってきたが、実物を見るのは初めてだ。
「たぶんな」
要塞を動かす結晶はとどのつまりドでかい魔石。魔力が戻れば正常に戻るはずだ。難点をあげるなら、魔石には魔力を補充するには注いでやる必要があることだ。本来なら大した作業ではないが、この体では一苦労だ。
文句を言っていても始まらない。慎重に部屋へ入り、ゆっくりとコアに手を当てて一呼吸。覚悟を決めて手から魔力を放出した途端、大量の魔力が勝手に抜けていく。
「レイナっ!?」
「落ち着け問題ない!」
痛みがないのは嬉しい誤算だ。ただ吸われる勢いも量も凄まじく、数秒で保有する魔力の二割を吸われた。にも関わらず一向に吸収が終らない。このまま空になるまで吸うつもりなのか。
「本当に大丈夫ですか?」
その問いの答えには少し迷った。俺にとって二割でもミリアからすれば自分二人分相当の量が吸収されている訳だ。大丈夫じゃないと言えば心配され、大丈夫だと言えば恐れられる可能性がある。嘘か誠か、悩んでいると灰色だった結晶に小さな光が点り、同時に魔力吸収が収まってくれる。
「ふぅ……思った以上に吸われたが、なんとかなったな」
「……よかった。……どうです? 動かせそうですか?」
「いや、どうだろうな。とりあえず出入口は閉めてみる」
結晶に振れたまま、出入口を閉めろと念じる。
「……どうだ?」
何も起こらない現状に耐えきれず、ミリアに尋ねると少し間抜けな顔で驚く。
「へぇ!? 動かし方……わからないのですか?」
「初めて動かすんだ。分かる訳ないだろ?」
「な?! ダンジョンが深かったらどうしていたんですかっ!?」
「身を隠せばいいだろ! とにかく入り口が閉まっているか確かめてくれ」
凄まじく文句を言いたそうにしながらも口を閉ざし、精霊に指示を出してくれる。けれど、精霊の報告を待っている間に出入口が閉まっているかどうかなど、どうでもよくなる出来事が起こる。
「おはようございます。マスター」
突如知らない声が響き、呼吸の仕方を一瞬忘れてしまうものの体は勝手に声のした場所から距離を取ってくれた。
「っ! 待ってやめて!」
距離を取った俺とは違い、攻撃をしかけようとしていたミリアは声の主を見て慌てて攻撃中止の命令を出す。
「……人間?」
自分の言葉を即座に否定する。人であれば暗闇に紛れようと存在を認識できる。落ち着いて見ればやはり人ではなかった。ズタボロの侍女衣装から僅かに見える関節が人の物ではない。
「ゴーレム、ですか?」
色白い肌の色や桃色の髪の毛を土で作れるのか疑問だが、それ以外に思いつかない。
「……だと思うが……」
「否定と肯定を致します。稼働に必要な構造等はゴーレムと同様でございますが、身体を構成する材質に違いがあります」
土に石、金銀銅、素材が違ってもどれもゴーレムだ。
否定の否定をしたいと身体が疼くが、先に口を挟まれてしまう。
「では貴女なんですか?」
というミリアの質問には沈黙を貫き通される。
「……あの?」
困惑するミリアと目が合い首を傾げられるが頭を振るう。
「……答えられない理由があるのか?」
「肯定致します。マスター以外の質問に答える許可を頂いておりません」
「マスターってのは俺のことか?」
「肯定」
何故そうなるのか、思いつく原因は魔力を注いだからだが、わざわざ今 究明する理由はない。
「彼女の質問にも答えてくれ」
「承知しました。当機は当要塞の管理及びマスターのケアを任されるべく、ゴーレム設計を元に製造された個体、ドールとなります」
ドールという個体についても知りたいことは多いが、要塞の管理という言葉でそれどころではなくなる。
「要塞の動かし方がわかるのか?」
「肯定。要塞はコアに触れ命じる、または当機に命じることでマスターのお望みを叶えられます」
「なら要塞を移動させろ」
「できません」
お望みを叶えると言ったよな? という言葉を必死に飲み込む。
「理由は?」
「当要塞を動かす為に必要な魔力の不足」
一体どれだけの魔力が必要になるのかわからないが、劣悪な環境下でも時間が経てば多少なりに魔力は回復する、回復した魔力をコアに注いでいけばいずれは動かせるだけの魔力は貯まるだろう。しかしミリアの飢えや脱水を考えるとあまり長い時間引き篭もってもいられない。
「わかった。とりあえず入り口を封鎖してくれ」
「すでに実行済みです」
ミリアに視線を向ければ、確認している彼女も頷いてくれた。
「……一難去ったな」
「えぇようやく」
安全だとわかった途端、ミリアはその場に座り込んだ。
俺を牢屋から出した瞬間から、戦えるのは自分だけだとずっと気を張り詰めていたのだろう。
「休むのはいいが、隅でしろ」
「あ、うん」
立つのも億劫なのか、ミリアは這って隅に移動して壁に背を預けた。
「さてドール。要塞に魔力を入れる方法はどうすればいい?」
「コアに触れて頂き、魔力を注入して頂くのが最も効率的なものになります」
最も、ということは他に方法があると言うことだ。
「他に方法が?」
肯定と答えるだけで、どうやるのかは言わない。もう少し融通を聞かせてほしいものだ。
「命じて頂ければ当機がマスターの魔力を抽出し注入致します。またドールは総称であり、当機の名称ではありません」
名前が違うと主張するが、名乗りはしない人形に沸々と怒りにも似た感情が沸いてくる。
「名前は?」
「フランと申します。魔力注入は手動と自動、どちらになさいますか?」
「頼んでいいかな? フラン」
「承知いたしました。抽出の間、要塞外への移動はお控えください」
後は任せてミリアの隣に腰を落ち着かせる。久々に魔力に拠る補助なしで走った為に足が少し痛む。痛みを少しでも和らげる為に胡坐をかいて脹脛を揉み解していると肩が重たくなる。
「全く」
普段の俺なら重たいと退かすだろうが、ここまで来れた経緯を考えるとぞんざいに扱う訳にもいかない。ゆっくりとミリアを倒して頭を膝の上に置く。
「……ん」
姿勢が変わって寝づらいのか、ミリアは軽く寝返りを打った。無防備に眠る姿であっても美しいミリアを改めて見ていると、少しばかり嫉妬の念を抱く。この身は勇者の好みのみを詰め込んだもので、幼く儚く、男どもの庇護欲を満たすだけのような容姿だ。いずれは成長してこの容姿ともおさらばできるならばいいが、生憎とこの身は成長できる肉体ではなく、美しく成長した彼女が少し羨ましい。
しかし、この身でなければ出来なかった事も多く、抱いた負の感情を頭を振って払う。
「マスター、お眠りの際は寝具を使用することを強く勧めます」
人に似た肉体を有する種族であれば誰もがそう思うだろうが、ここには何もない空間が二つと通路しかない。どこに寝床があるというのか。
しかし、フランがない物を勧めるだろうか? とも考える。
「どこにも見当たらないが?」
「肯定。当要塞のインベントリーに保管されており、肉眼での確認は不可能です」
「そうか!」
言われて気づいたことに自分の浅薄を恥じる。
要塞は内部に存在する物を回収することができる。インベントリーが基本設備の一つであるとに気づけた筈だ。
しかし、問題が一つある。
「要塞のインベントリーを確認する方法は?」
「魔力を纏う手でコアに触れていただければアクセス可能です」
またかと落胆する。痛みを我慢すればいいだけの話だか、痛みは一時的なものではなく蓄積する。何度も魔力放出したり、長時間の魔力放出は致命傷になり兼ねない。少量ずつとは言え、連日の魔力放出ですでに左手は折れているかのような痛みを伴っている。
「申し訳ありません。マスターの落胆が理解に至れません」
フランに俺が膨大な魔力を持ちながらそれを扱えない、宝の持ち腐れをしている旨を伝える。
「承知しました。当機はマスターの利益を第一に考えております。が、当案件に対して当機はマスターの利がどちらに存在するかを判断できません。教授をお願いします」
何が知りたいのか、黙ってフランの言葉を待つが、彼女はそれ以降口を動かすことをしてくれない。
「……許可する」
「ありがとうございます。当機はマスターの魔力で動くことを可能にしておりますが、その他の用途で魔力を使用することはマスターの不利益になる行為であると判断し行いません。ですが当機に使用の許可していただければ、マスターにインベントリーを見ていただくことは可能です、また命じていただければ取り出すことも可能となります。当機にはどちらがマスターの望む利益に繋がるか判断できません。教授をお願いします」
アイテム袋の類は、闇属性の魔力で異空間に干渉する術を万人に扱える様にした魔道具であり、異空間は作った魔力の持ち主のみが干渉できる代物。魔力を譲渡しても渡した時点で受け取った側の魔力と混ざり合い、渡した側の魔力ではなくなり、受け取った側の魔力として認識される。つまりフランの言ったやり方で同じ袋に手を突っ込んでも中身は全く違うものになってしまう。これは盗難を防ぐ意味合いも強く、実現不可能というのが一般的結論だ。しかしザウルが勇者のインベントリーから武具を取り出していたように、抜け道は確かに存在する。
「お前がドールだからできる、というわけか?」
「肯定致します」
ゴーレムのような創造体は主人の魔力を動力としており、自らの魔力を持ち合わせていない。故に混ざる物がないというわけだ。しかしそれでは新たな問題が生まれてしまう。
「俺の魔力で要塞の倉庫を見ても俺のインベントリーになるんじゃないのか?」
「否定します。当要塞のインベントリーはコアからのアクセスを限定されておりますが、万人が同じ内容物を確認及び取り出しが可能な設計となっています」
それを知ったからには命じなければならない事柄がある。
「俺か、俺が許した者が直接言わない限り、インベントリーから物を出すことを禁止する」
「承知しております。この女性に関してはお許しになられるのでしょうか?」
「……あぁこの娘は俺同様と考えていい」
「畏まりました。ではインベントリーにアクセス致します。お目をお閉じください。視覚情報を共有致します」
言われた通り瞼を閉じると、黒一色に染まる筈のそこには膨大な文字の羅列が浮かび上がる。普段なら袋や箱に入れた手を動かして取り出す中身を選ぶものだが、入れてる手がない今回はどうやって選べばいいのかわからずにいると文字列が勝手に横に流れていき、簡素な寝具の文字が中心に訪れる。
「続いて寝具を出す場所の指定をお願いします」
文字が消えたと思ったら今度は要塞の間取り図が広がる。入り口があって通路、通路から大広間が広がって心臓部と書かれている。
「ん? ここには出せないのか?」
心臓部と書かれたこの部屋には×印が書かれており、尋ねると案の定だった。
「わかった。なら広間に頼む。ついでに魔力の抽出もしておいてくれ」
「承りました。……以上で取り出し作業を終了致します。お疲れさまでした」
普段通りの闇だけになり、瞼を開ける。
「フラン、悪いが広間の明かりを消してミリアをベッドまで運んでくれるか?」
消せるかわからなかったが、フランはできないとは言わずに承知を口にし、ミリアを抱き抱えて部屋を出ていく。見送って暇になった俺は要塞のインベントリーの中身を思い出す。
布切れや空の水筒、折れた剣に凹んだ鎧などの如何にも冒険者が持っていたと分かる物がある中で、棚に机や椅子、食器などのここで生活していたような痕跡が示されていた。
生活していたのなら俺の前に持ち主がいたことになるが、そいつがどうなったのか、なぜこんな生き物が行き来しない場所に入り口を設けたのか。疑問は次々と降り注ぐ。
わからない事の多さに苛立ち、それを放置しなければならないことにむず痒さも感じる。今考えるべきはこれからどうするべきかだ。しかし、生来目的を定める事が苦手な俺は目指す場所がなかなか定まらず、余計に鬱憤が貯まる。
「マスター、報告致します」
怒りが爆発する寸前で届いたフランの声に感謝しつつ要件を聞くと、淡々とした報告に事態の深刻さが理解できなかった。
「悪い、もう一度頼む」
「当要塞に対して、攻撃反応を感知致しました」
状況が理解できない内に、要塞を揺るがす衝撃が訪れた。
「被弾。対応の指示をお願いします」
執拗な追跡に煩わしいと思いながらも、このタイミングだったことには感謝してもいい。
「レイナ!!!! 今の衝撃はなんですか?!」
「追手だ。フラン……今ある魔力量で移動はできないか?」
距離や移動先などを聞き返されそうな質問を避けると、望んだ通りの短い返事が貰えた。
「可能」
「移動させろ、今ある全て……全ての魔力を使って東に向かえ」
コアに移した魔力を全て使うということはフランが稼働できなくなると考えたが、生き延びる事ができなければ無駄な心配だ。
「承知しました。続けて報告します、当要塞内部に侵入者を検知」
その報告にミリアが床を蹴る。
「迎撃に向かいます!」
「待てミリア!!」
咄嗟的に呼び止めたのは、後戻りが出来る彼女を行かせていいのかがわからなかったからだ。
「レイナ?」
「……俺も一緒に行く」
しかし二度に渡って彼女は覚悟を示した、これ以上は侮辱していると変わらない。
「え? ですが……」
「俺はもう……仲間を失いたくない」
ミリアは少しだけ微笑んだ後、楽しそうに「では」と切り出した。
「私も勇者を見習いまして、レイ、そう呼んでもよろしいですか? 仲間なのですからいいですよね?」
この状況でそんなことを聞いてくる大胆さに思わず笑いが零れる。
「好きにしろ」
にこにこと嬉しそうにするミリアを眺めていると、再び要塞が揺れて現実に引き戻される。
「また攻撃か?」
「否定。移動を開始しました」
言われて納得する。侵入できている以上、もはや道を塞ぐものは何もない。無闇な攻撃は魔力の浪費でしかない。
「報告。敵勢力の後退を確認」
「なに?!」
訳がわからず、ミリアに視線を向けるが彼女も分からない様子だった。とは言え理由などどうでもよく、撤退してくれるのであれば歓迎すべき事態と喜んだのも束の間。
「訂正します。後退する集団から数名が前進」
手放しで喜べなくなったが、それでも喜べる報告で安堵する。
「行くぞ。覚悟はいいな?」
頷きを確認し、床を蹴った。
長いと思い悩みましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。
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