第二章・安息の地を求めて
人々の生活がより良いものに変化するに連れて、必需品が要らない物になるのはよくある話だ。必要がなくなったものがどうなるか、人でも物でも処分されるのがお決まり。しかし処分されないものもある。特に処分するのに手間がかかるものは残りやすく、古くから存在する町の地下には蜘蛛の巣のように伸びる地下水路が放置されたまま残っている。
「迷いそうだな?」
「風が行くべき道を教えてくれますから」
ミリアは精霊と契約した精霊使い、精霊に自身の魔力を渡す代わりに精霊から様々な恩恵を受けることができる。
ミリアの左手には炎が灯っており、火属性の精霊と契約しているのは正に火を見るよりも明らか。しかし口ぶりから風属性の精霊とも契約している事が伺えた。
「よく同時契約できた」
精霊が他者と契約するのは魔力をより多く調達する為だ。すでに他の精霊と契約している者との契約は、自分に配分される魔力量が減る為嫌がるものだ。
「していないですよ? ふーちゃん……風の子は無償で力を貸してくれています」
脅しているならわかるが、見返りを求めずに力を貸す輩が存在していたとは、素直に驚きだ。
「そんなに驚く事ですか? 勇者だって貴女に見返りは求めていなかったでしょ?」
「馬鹿言うなよ。あいつの無茶に付き合わされて何回死にかけたと思ってる」
「ふふ、それだけ貴女を信頼している証拠ですよ」
「どうだか……、あいつは誰にでも良心があると疑わないからな」
自分を殺しに来た者たちすら殺すことをしなかった。会話で分かり合えると信じていた。その結果がこれだ。
「貴女と分かり合えた事も大きな要因だと思います」
それではまるで俺が殺したと言っているようなものだと、心中で笑っていると同様の考えに至った彼女に突然服を掴んできた。
「ご、ごめんなさい! 貴女が悪いという事ではありません!」
「わかっている。そう思っているなら、今こうして一緒に逃げてはいないだろ?」
胸を撫で下ろす彼女の手をゆっくりと退かす。だが彼女は知らない。勇者が殺される瞬間、戦おうと思えば戦えたにも関わらず、俺はただ見ているだけだった。
「急ごう。逃げたことに気づいて追手が出てくるのも時間の……どうした?」
止まった足を動かして前に進む俺に対して、彼女の足は止めたまま、視線は来た道に向けられていた。
「やけに早いな」
「原因を考えるのは後にしましょう。今は逃げ切ることだけを」
頷いて同意。軽く走って先を急ぐことにした。
程なく走ってわかったことがある。追手は鎧を着ているのに対して、こちらは軽装。走っていればまず追い付かれない。走っていれば。
「頑張って、もう少しだから」
十分も走っていないのに意識が朦朧とし、手を引いてもらわなければ真っすぐ進めない有様。
「悪い、な」
「お礼はここを無事に抜け出した時にいただきます」
終始笑顔を見せてくれるが、心中は穏やかではないだろう。二年を旅に費やした者がここまで貧弱だったのは誤算でしかない筈だ。
「今ならまだ、……ふぅ引き返せるぞ?」
ミリアの面が割れていない現状であれば、後の追及には知らぬ存ぜぬを通せば回避できる筈だ。
「口を動かす前に、足を動かしてください」
しかし、当の本人にその気がなければ怒らせるだけの提案だ。
「止まってください」
文句は言わずに命令に従って足を止めるが、彼女は虚空を見つめたまま。
「問題か?」
知らない者からすれば、突然何もない空間を見ているようにしか見えないその動きは、精霊使いと呼ばれる者たちが精霊と対話している時に見せる特有のものだ。
「……、向かっていた出口に敵とのことです」
「他に逃げ道は?」
無言は肯定とよく言うが、とても有る様には見えなかった。
「……ですが、隠れることはできると思います」
彼女の考えをわからなかった。
例え隠れたとしても、出入口が抑えられている現状では、捕まるまでの時間を先延ばしにしているだけだ。そもそも水路は曲がりくねりはしているが、道そのものは直線的で隠れる場所などどこにあるというのか。
「少し戻った所にダンジョンがあります。そこで身を潜めればあるいは」
「ほぅ……それは朗報だな」
彼女からしてみれば苦肉の策だろう。ダンジョンと呼ばれる場所は、地形が通常では考えられないものが広がり、中にいる魔物は地上にいる魔物とは違う進化を遂げた物が徘徊する危険しかない場所というのが常識だ。
「皮肉じゃない。ダンジョンなら十二分に勝算がある」
「どういうことでしょう?」
後方から迫る追手に目的地への道を塞がれる前にたどり着く必要がある。
「着いてから、な? 今は急ごう」
「……わかりました」
そう言って頷く彼女だったが、やや不満が含まれている様にも見て取れた、しかし宣言通り先を急ぐことを選び、説明は後回しにした。




