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勇者亡き世界に魔王は憂う  作者: 雲乃内晴
第五章・望みの果てに
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第五章・望みの果てに ⑭

「あー嬢ちゃん、そろそろうちの若ぇのも参加させてやりたいんだが、いいか?」

 

荷揚げ場を見れば、早くしてくれと頼むような視線ではなく、早くしろよと苛立ちが込められた視線を向けられている事に気付く。


「これ以上待たせたら殺されそうだな」


 了承と受け取ったエスケリーオが合図をすると荷揚げ場からぞろぞろと男どもが押し寄せてくる。

 貴族たちが好む立食形式の食卓も屈強な男たちの前ではたちまち安い酒場に早変わりだ。


「旦那! 酒はねぇのかい!?」


 早速の注文にエスカリーオが対応しにいき、入れ替わりでネイビルとルザリーが席に座る。町の大通りを歩く時の自分の様に疲弊したルザリーを見て親近感が沸いてくる。


「し、死ぬかと思ったよぉ」


「小さいってのはそれだけで大変だよな」


「流石レイちん! 同じちびっことしてわかってくれるよね!」


 微笑むだけで同意はしない。ちびと自分で言うのは良いが、言われて認める気にはなれない。


「あっそうそうネイちんから話聞いたよ。僕はおじさんと他の獣人族との間を取り持てばいいんでしょ?」


「そうなるか? 詳しい話はまたおっさんが戻ってから聞こう」


 快く請け負ってくれそうなルザリーに感謝を述べて、しばらく四人だけで食卓を囲って過ごす。


「もう食べれない!!」


 腹を苦しそうに撫でるルザリー。他二人も概ね食事を終わり、たまに摘まむ程度の頃合いで切り出す。


「少し耳を貸してくれ、昨日あったことを伝えておきたい」


「やっと? こんな待遇を受けれるような出来事なんて想像しにくいのよね」


 ネイビルの愚痴を無視して昨日あった事を包み隠さずに伝える。反応は様々であった。


「じゃじゃレイちんは魔狼と戦って無事に帰ってきた事だよね!? それってすごすぎない?!」


 勇者と共に行動をしていたことを知らないルザリーだけが驚き、ネイビルは魔狼と和解しようとしたことに疑念を抱く。二人の反応は予想通りだったが、ミリアの反応だけは怒る心配される呆れられるとどれも考えられ、予想が付かなかった。


 横目で盗み見れば、ミリアは唇を噛み締めていた。その唇に謝罪を込めて優しく触れてやめさせた。


「許せ、おっさんを見捨てて逃げようとも思ったんだがな。お前の顔がちらついた」


「はぁぁぁあああ。イチャついてないで質問に答えてくれるかしら?!」


「たくっ察しろよ。でなんだ、あぁ魔族と会話ができないなんて思い込みだぞ」


 嘘だと言いたげな視線が真実を確かめる為にミリアへ向けられる。


「本当ですよ。種全体で人と共存を考える種は少ないのは確かですが、魔犬族を筆頭に魔熊族や蛇人族、意味合いが少し変わってしまいますが睡魔族も共存してもいいと考える個体はいますから」


「そうじゃなくて! そうじゃなくて……魔族は殺戮だけ好む種族のことでしょ?! 対話なんて……」


「なら聞くがネイビル。自分の目で魔族を見たことがあるか?」


 静かに首を振るのはわかっていた。


 魔王不在の現魔族領で取り決めが続いているかはわからないが、先代の魔王が人の姿を変われる者しか人間領に行くことを許さないと定めてからというもの、一目で魔族とわかる者が人間領に行くことはなくなった。この取り決めが定まったのは五百年ほど前、人族で魔族を見たと言える者は相当稀だ。


 元々は魔族の手に拠って命を落とす者が少なくなるようにと決められた事だったが、今となっては逆に魔族を知らない者が増えすぎて恐怖だけが膨れ上がってしまった。


「信じろとは言わないが、その前提で話は勧めさせてもらうぞ」


 渋々の納得を得て話を続けようと思うが、エスカリーオが執事と下男を連れて戻ってきた為に中断する。


「嬢ちゃん、ちょっといいか? 例の件だ」


 陽気な雰囲気はなく、切羽詰まった様子。


「魔狼が動いたか?」


 一瞬驚くものの、仲間たちに話したことを察したエスケリーオは空いている俺の正面の長椅子に一人腰掛ける。


「魔狼がってんじゃないんだがな。街道の封鎖が持って二日になった。すまん、俺の力不足だ」


「気にするな。元々長引かせるつもりはない」


「そう言ってくれて有り難いぜ。普段なら俺の主張に同調する奴らばっかなんだがな、女狐が町にいた所為で票が集まらなかった」


 王のいないリスタッツァでは鶴の一声はない。しかしエスカリーオの口調から女狐と呼ばれた者が封鎖に同意すれば鶴の一声となり得るのだとわかった。


「その女狐、もしかしてクレハのことか?」


「嬢ちゃん知ってんのか?! カアアアア俺の事を知らないであの女の事は知ってんなんてショックだぜ」


 エスカリーオの嫉妬は無視する。


「なら、俺の名前を出してみてくれないか?」


「……わかったよぉ。悪いがもう一っ走り頼めるか?」


「わかりやした」


 言い終わる前に踵を返した下男を見送る。


「悪かったな。先に伝えておくべきだった。彼が戻ったら労わせてくれ」


「それには及ばねぇよ、俺の方でさせてもらう。それよりもあの魔狼を倒す算段はできてるのか?」


 その気のない俺に代わって味方を増やそうとネイビルが口を挟む。


「この人、その気はないみたいですよ?」


「ん? 何処かに追っ払うのか?」


「説得したいんですって、ね?」


 すでにその現場を見ているエスカリーオは説得するということには驚かないが、もう一度対話を求めようとすることには驚きを通り越して呆れた。


「嬢ちゃん、そりゃぁ無理だぜ。やられる前にやらねぇと、どうなったのか忘れちまったのか?」


 忘れていないと否定するのも忘れ、空を見上げて喉を鳴らして笑う。

 人が抱く魔族への認識、一人二人のそれを改めるのにすらこれほど苦労するのだ。人全体など夢のまた夢、これを目標に掲げる奴はよっぽど馬鹿だ。そして勝手に後を継ごうとする俺もまた馬鹿。せめてこの場にいる者たちだけでも納得して貰いたかったが、難しそうだと諦めようと思った瞬間だった。


「僕はレイちんとミリちんが言うこと、本当だと思うよ?」


 エスカリーオが獣人との間に緩和剤としてルザリーを起用したのは偶然。しかしルザリーだから起用したのだと思わずにはいられなくなる。


「と言うかね? 僕の故郷では、猫魔族のお陰で自分たちはこうして無事生きていられるんだって教えられるんだけど、外の世界に出てみたら魔族は敵だって人が多くてさぁ? 嘘を教えられたって裏切られた気分になっていたんだけど、二人がそう言うなら僕の故郷の教えは嘘じゃなかったってことだよね!」


「違ぇ。いや違わねぇんだけどそうじゃねぇんだルザリーちゃん。例え魔族が話せたとしてもだ! あの魔狼とは言葉が通じなかったって証明されてんだ! だからもう殺るしかねぇってことなんだよ! そりゃぁ話し合いで解決できるならそれがいいさ!」


「あの状況じゃ無理だった理由がある」


 エスカリーオが近くにいることでできなかった事。


「理由?」


 唯一答えに至れたミリアが声を荒げる。


「待ってください! それは!」


 慌てふためくミリアの手に手を乗せ、笑ってみせる。どんな反応をされるか、不安を隠して笑う。


「俺も――」


「待ってください! 勝手に入られては困ります」


 一世一代の覚悟で魔族であることを明かそうとした途端、別の声が荷揚げ場から届いた。

 全員の視線が俺から外れて荷揚げ場に向けられる。水を差された事よりも言わずに済んだことに安堵していると、ミリアの手に乗せた手が暖かく包まれる。


「心臓に悪いです」


「いや……すまん」


 互いにしか聞こえない小声でやり取りを済ませてから、乱入者がいる荷揚げ場の方面に視線を向けた。

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