第五章・望みの果てに ⑬
「フランとかについて、もっと知っておいた方がいいんじゃないかと思ってな」
好奇心を否定するつもりはないが、魔王城に行けば保管されている様々な品が手に入る。使える物は使い、使えそうにない物は売る。下手にダンジョンや依頼を受けるよりも実りがいいのは確実だ。
「……では、当面の目標はそうしましょうか?」
「いいのか?」
魔王城、当然魔族領にあり、行ったことのあるミリアに改めて危険を説きそうになる。
「はい。それに……敵が魔物なら、私も気兼ねなく戦えますよ?」
「ふふ、なるほど、確かにな。ならこの町でやらなきゃならないことが終わったら、そうするか?」
当面の目標が定まり、ご馳走を口に運ぶ。しかし料理が口の中に入ることはなかった、俺の腕をネイビルが掴んだからだ。
「さっきから聞いていたけど、その話は私も混ぜるべきだと思うのだけれど?」
「いや、聞こえていたのならわかるだろ? 話していたのはこの町を出るときの話だ」
「えぇわかっているわよ? ……何? 置いていくつもり?」
「逆に聞くが、付いてくるつもりか?」
ネイビルは正面の椅子に腰を掛けて挑発する様に大げさに足を組む、悪いかと言いたげなふてぶてしい態度に鼻が鳴る。
「連れていくつもりはないぞ?」
「どうしてか、聞いてもいいかしら?」
怒りを込めたドスの効いた声音、目つきも元が鋭いだけに凶器の域に達している。ふざけた返答は火に油を注ぐものと、真実を告げる。
「俺たちが逃亡者だからだ」
「……そう。で? それ……私を置いていく理由になっていないんだけど?」
その通りだ。逃亡者に付いてくる訳がない、勝手に離れて行ってくれると決めつけていただけ。
「付いてくる利がないだろ」
「それは貴女が決めることじゃないでしょう?」
正論ばかりが返ってくることでもはや勝手にしろと言いたくなるが、そうなればフランに要塞、正体なども明かす必要が出てくる。
「事情がある。それに魔族領へ行くことも聞こえていただろ? ネイビル、言っちゃ悪いが戦力不足だ」
怒ると覚悟しての言葉だった。だからこそネイビルが疲れを帯びた微笑みを浮かべたことに驚きは隠せなかった。
「最初からそう言ってくれればいいのよ。変に言い訳なんてしないでね」
「随分……、潔いな?」
「元々実力を言われたら諦めるつもりだったわ。弱いって言われて喜ぶ人はいない。それを分かっている上で敢えて言うってことは、それだけの事情があるってことでしょ?」
手の上で転がされていた様でなんともむずがゆい。
「で本題よ。今すぐ町を発つ訳じゃないのよね? だったらその間に見合う実力が身に付いてたら、改めて考えてほしいのだけれど?」
少し迷うものの、能力が簡単に身に付くとは思えないのと、その間に信頼できるかの見定めるのもありだと判断して頷くことにした。
「ちなみに聞くが、ルザリーは?」
会話に参加せずに料理を貪っているルザリー、お世辞にも自分で物を考えて行動できるタイプには見えない。
「あの子のことは……私も迷っているのよ。これからも一緒にとは思うのだけど……私一人だとね」
見捨てるとも捉えられる発言に自分は冷たい奴だと自責に苦しむネイビルだが、俺は逆に優しいと思った。
利のないパーティメンバーは切られて当然だ。パーティは慣れ合う為でも傷を舐め合う為でもなく、一人では難しいことを共に達成するために組むもの。魔術師が前衛のできない者とは組めないと主張する事は当然の権利であり、ルザリーとこれからも一緒に仕事ができるかを考えるだけ優しいってものだ。
「つまりルザリーが前衛として機能すれば問題ない訳だな?」
「そうだけど、あの子はスカウトよ?」
言われるまでもない。しかし、前衛に求められるのは後衛に攻撃をさせない事、つまり鎧に身を固めて攻撃を請け負うのが前衛ではない。
「まぁ任せておけ」
元々彼女たちの生活が安定するまでは共に依頼を受けていくつもりでいたが、不当な要求に屈しないだけの実力を持てば、生活の安定は自然と見込めるようになるだろう。問題はその間の収入が少ない点だが、高そうな酒を両手に持って戻ったエスケリーオの財力を頼ればそれも容易。
「なんだよ嬢ちゃん、んな目で見んじゃねぇよ!」
自身がどんな目で見られているかをわかるエスカリーオは、品定めされる目線に歯を剝き出して嫌がる。
「すまん、仕事の話をしていてな」
宴が台無しになる可能性からと宴の最中はしないと取り決めていたが、明日の食い扶持にも困る冒険者は多い。
「わかったよぉ。酒はお預けか?」
「冗談言うなよ」
エスカリーオから酒を掠め取り、早々に封を切る。
「依頼にもらった護衛についてだが、俺が四六時中ってのは難しい、別件があるからな? でだ、俺がいない間はネイビルとルザリーの二人が就くって場合はどうだ?」
恩人の提案であってもしっかりと吟味するエスカリーオ。この様子ならこちらが遠慮せずとも無理なものは無理と言ってくれそうだ。
「二人の実力を保証できるかい?」
求められる基準がわからないまま頷くことはできないが、仮に基準が魔狼と戦えるか、であっても頷くことはできない。
「いや、悪いができない。だが俺が鍛え上げる、ではダメか?」
「嬢ちゃん、ダメか? なんて聞くんじゃねぇよ。断れなくなるだろ?」
言いながら俺の手に収まる酒を奪うエスカリーオ。恩を着せた発言をしてしまった為に奪い返し辛い。
「まぁいいだろ。嬢ちゃんが別件をしている間って事だしな。ただし条件が二つある、一つはルザリーちゃんに俺の頼みを聞いてもらいたいのと、もう一つは全員俺の屋敷で寝泊りしてもらう」
後者はむしろ助かるだけだが、前者がわからない。俺でもなくミリアやネイビルでもない、ルザリーにしかできない頼み、皆目見当も付かない。
「恥ずかしい話だがな、俺ァ獣人が嫌いだった」
どうして過去形になったのかも気になるが、好きなったから近くに置きたいということがどういう事か、ネイビルと俺の思考は同じ答えに辿り着いた。
「最低ね」
「誤解だネイビルさん! 夜伽を頼みたいって話じゃねぇよ! この町じゃ俺の獣人嫌いは有名なんだよ! だからルザリーちゃんが近くにいてくれりゃぁ他の獣人が怯えずに済むと思ってんだよ」
有名と言う割に獣人の張本人は大層満足そうに食いまくっている現状に疑問を抱く。
「上手くやってんだ。聞くんじゃねぇぞ?」
先手を打たれてしまい、聞くに利けなくなる。
「理由はわかった。本人次第だが……」
「聞いてくるわ」
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